(12)それぞれの受け止め方

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 エルッキと共に子爵家を出たルーカスは、そのまま学校の寮の自室へと戻った。

 そこでは事前に待っていてもらうように言っておいたアルフが待っていた。

 アルフには多少の事情は説明していたので、戻ってきた二人にすぐに声をかけて来た。


「――それで、どうなったんだ?」

「どうもこうも無いな。エルッキの予想通り、あっさり終わったよ」

「当然だな。親父としてはそんなことで一々報告に来るなと考えていたんじゃないかな。ルーカスがいたから無視が出来なかっただけだろう」

「何というか、エルッキの父親らしいというか……。子爵家は全員がそんな感じなのか?」


 あっさりと許されたと聞いて、アルフは何とも言えない顔になった。

 平民からすれば貴族は文字通り雲の上の存在で、気に入らないことがあれば物理的に首を飛ばされても不思議ではない。

 実際には法で縛られているのでそんな簡単にはいかないのだが、あくまでも平民の間では基本的に畏怖の対象とされている。

 いくら実家が上から数えた方が早い大店だとしても、アルフはあくまでも平民でしかないのでその感覚も持ち合わせていた。

 

「幾らなんでもそれは……いや。言われてみれば、否定できないかもな」

「やっぱりか。昨日の時点で大丈夫かとは思っていたんだが、子爵家特有の対応に救われたな」

「おう、それだ! アルフは昨日の時点でこうなることは分かっていたんだろう。何故言わなかったんだ?」

「言えるわけがないだろう。俺が騒いだ時点で終わりになる。エルッキが何も言わなかったから、あのまま何事もなく終わる可能性もあったんだよ。結局、先輩たちが騒いで意味が無くなってしまったけれど」

「もし例の船長が二人だけがいるところで騒いだんだったらそのままで終わったんだろうが、今回は大勢が見ている場所で堂々と――というのが問題だったな」


 アルフに続いてルーカスが説明を付け加えると、エルッキも「そういうことか」と納得した。

 今回の件はあくまでも不特定多数がいる場所で起こったからこそ、隠すことが出来ずに大事になった。

 これがもし船長とエルッキだけしかいない状況で同じことが起こって、さらにエルッキが問題にしなければここまでの事態にはならなかったはずというのがアルフとルーカスの見解だった。

 

「それはいいとして、俺としては今後のことのほうが気になるんだよな。このままで研修は終わりってことはないよな、ルーカス?」

「真面目なのはいいが、少しは休もうと思わないのか。まあ、アルフらしいいえばらしいんだが。――それはともかく、船が一つ丸々無くなったからなあ。人員整理なんかも含めてやることだけは増えているはずだ。あとは各上長の判断次第だろうな」

「つまりは俺だとクルトさんの許可次第ということになるわけか」

「そういうことだ。少なくとも数日は忙しくなるはずだから、後回しにされることも覚悟していたほうがいいな」


 アルフとエルッキを揶揄したメンバーには処分が下るが、それ以外の乗組員たちには特に何かの罰が与えられることはない。

 そもそも同じ現場にいなかった船乗りもいるので、同列に処分されることはない。

 そして船長への追放処分によって船が一隻丸々なくなってしまうのだが、乗っていた乗組員全員がダッツ船長について行くわけではない。

 団に残る船乗りたちをどのように他の船に振り分けるのか、それが決まるまでは少なくともエルモの船が出港することはないだろう。

 

「――このあとで団の事務所に向かうからその時に確認すればいいだろう。バタバタすることは確定しているだろうから数日は動けないぞ」

「やっぱりそうなるか。このまま終わりってことは?」

「どうだろうな。状況次第だが……どうしても乗りたい場合は、俺がいるとき限定とかになる可能性もあると思う」

「なるほどな。それならそれで仕方ないか」


 旗艦に載っている船乗りたちは多くがベテランなので、あの程度の騒ぎでアルフやエルッキへの態度を変える者はいないはずだ。

 ルーカスもそういう心配は全くしていないのだが、それでもこれまで二人と直接関わっていない者たちが何を言うかは分からない。

 

「どちらにしても夏休みの終わりも近づいて来るからな。長期遠征に行くにしてもあと一回か二回程度しかないと思うぞ」

「それもあったか。学校に通っているときと時間の感じ方が全然違うな」

「アルフもそう思っていたか。実はワイも同じだ。それだけ濃い時間を過ごしているんだろうな」

「それは良いことなのか? とにかくこれから事務所に向かうが、二人ともついて来るんだろう?」


 着いてこないという選択肢は取らないだろうなと思いつつも確認をしたルーカスに、アルフとエルッキは当然だろうとばかりに頷いていた。

 そもそも二人とも昨日あったことは大したことがないと受け止めているので、行かないという理由もない。

 それに、昨日の今日で他の船乗りたちがどんな反応をするのか見ておきたいということもある。

 さすがにダッツ船長と同じようなことをする者はいないだろうが、逆に無用なトラブルを避けるために近寄って来なくなる可能性はある。

 ほとぼりが冷めた頃に改めて顔を出すということもできるのだが、それだと折角の夏休み期間という学生にとってのボーナスタイムが無くなってしまう。

 折角楽しく続けられている実地研修がこんなことで終わるのは勘弁してほしいと二人が考えるのは、当然のことであった。

 

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 三人連れ立って『疾風のごとく』の拠点に入ると、一瞬戸惑ったような雰囲気が流れた。

 ただそれは一瞬のことで、すぐにとある声でそれは霧散することになった。

 

「よう、エルッキ! 面倒なことになっているみたいだな」

「ああ、先輩。俺の知らないところで騒ぎになったみたいだな」

「ハッハッハ。さすがエルッキ! お前ならそう言うと思っていたぜ。だが、ルーカスが一緒にいるってことは特に問題は無かったのだろう?」

「ああ。こっちはな。あとは団長が判断するかじゃないか――って、ルーカスが言っていたぞ」


 エルッキに話しかけて来たのはエルモの船に乗っている船大工で、普段から仕事を一緒にしている先輩だった。

 エルッキが入ってきた瞬間は腫物を触るような空気になったのだが、この会話で一気にその緊張感が無くなっていた。

 拠点にいる皆は、貴族の一員であるエルッキに対してどう接していいのか分からなかった。

 そこで普段から会話をしてある程度エルッキの性格を把握していた先輩船大工が話しかけることによって、いつも通りの拠点の空気に戻っていた。

 

「そうか。それならこれから団長のところに行くのか?」

「あ~……っと。ルーカス、どうなんだ?」

「その通りだな。エルッキの親父さんが言ったことを伝えなきゃならないからな。先に言っておくが、団そのものに何かがあるわけではないからそこは安心していいからな」

 

 そのルーカスの言葉で残っていた多少の不安が、船乗りたちから消えていた。

 ルーカスが普段通りにしていたことから子爵家から何らかの罰があるとまでは考えていなかったのだが、それでも何かしらがあってもおかしくはない状況ではあった。

 それが完全に払拭できたことで拠点内の空気は、完全にいつも通りに戻っていた。

 ダッツ船長に関してはこの場にいる皆が罰を受けるのが当然と考えているので、エルッキに恨みのような感情を持っている者はいない。

 あとは団長が最終的にどう処理をするかを待つだけなので、拠点に入ってすぐにある広間に集まっていた船乗りたちは幾分気楽な気持ちでその結果を待つのであった。




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