(11)子爵家の受け止め方

§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§




 地方出身で中央の学校に通っている学生ほとどんどは、夏休み期間中には領地に戻ったりして実家に帰っている。

 王都に実家がある学生はその限りではないのだが、そうした学生も寮ではなく実家に戻るのが常になる。

 そのため寮に残ったままの学生は珍しく、夏休みを含めた長期期間は普段と比べて実に閑散としている。

 そんな学生が多い中で、どういうわけか王都に実家があるエルッキは寮暮らしをしたままでいた。

 なんでも「三男のワイはいずれ家を出なきゃならないのだから、その準備としてちょうどいい」ということをエルッキ本人が言っているところをルーカスは直に聞いていた。

 そんなわけで寮に戻ったルーカスは、そのままエルッキが過ごしている部屋へと向かい先ほど聞いた話を本人から確認を取っていた。

 

「――というわけなんだが、エルッキはどう考えているんだ?」

「は……? ちょっと待て、そもそも罵倒って何のことだ? 何か船長の一人から色々と苦言を言われたはと思うが、あの程度はよくある事だろう」

「……そうなるわけか。まさかと思っていたが、逆に面倒だな」


 ルーカスは、エルモから話を聞いた時には考えてもいなかったのだが、寮まで戻って来る途中にこの展開もあり得るのではないかと思いついていた。

 すなわちエルッキが今言ったように、問題にしていないどころか投げかけられた言葉を『罵倒』だと全く考えていない可能性だ。

 普通ならそれなら全く問題無しでいいじゃないかと思いがちだが、実際問題としてはそうはならない。

 たとえ当人が気にしなかったとしても、噂として話が独り歩きしてしまった時によりややこしくなる可能性があるため放置するという手は取れないためだ。


『人の口には戸が立てられない』とはよく言ったもので、エルモが団員に口をつぐむように言ったとしてもどこからか話は必ず漏れる。

 そうなってしまえば貴族云々という話が出て来てしまうわけで、放置した結果がろくでもない結末を迎えてしまうこともある。

 それに既にダッツ船長へ処分することは決定しているので、どうしてもそこから色々な噂が立てられることになる。

 エルッキ本人が全く気にしていないが故に、それがかえって面倒な事態に繋がることもあるとルーカスは考えていた。

 

「――なんだそれは。随分と面倒なことになるな」

「だからこっちも焦っているんだよ。平民と貴族が直接交わるとこういう問題が起こると分かっていて、防げなかったのが原因の一つだな」

「ワイから言わせれば、こんなことを親父に報告すると逆にどやされそうなんだが?」

「あ~、あの人ならそうなることもあり得るだろうなあ。とはいえ、報告しないわけにはいかないな。このまま報告しないで変な噂が立つよりもはるかにましなはずだ」

「やっぱり、そうなるのか。親父がどう判断するのかは分からんが、家がきちんと処理したという事実が必要になるんだろう?」

「そういうことだな。貴族が体面を気にするように、平民もそういった『確証』が必要になるからな」

「確かにこっちとしては、無責任に噂を立てられると困ったことになるか」


 ルーカスの言いたいことが理解できたのか、エルッキは一度だけ大きなため息を吐いた。

 貴族には貴族のルールがあるように、平民にも暗黙のルール的なものは存在している。

 特に貴族を相手にする際にはそのルールが過剰に働く可能性が高く、今回は見事にそれが悪い方向に働く結果となっている。

 

「――正直なところ、親父にこんなことを報告しても『それで?』で終わりそうなんだがな。こんなことを言ったら引かれそうだが、平民の言葉を一々まともに聞いていたら貴族としてやっていけないぞ?」

「そうだろうなあ。政策のことに関してならともかく、愚痴程度のことを一々民に聞くにはキリがなさすぎるよな」

「そういうことだ。あれしてほしい、これしてほしいとか、全部の願いを叶えるなんてことは不可能だからな」

「まあな。とはいえ今回は、それとは別だからな。身内同士ならなあなあで済む話だろうが、そういうわけにはいかない」

「仕方ないな。出来るだけ急いだほうが良いんだろう? 明日にでも一緒に実家に行くか」


 今日はもう既に夜に差し掛かるような時間になので、突撃するのには失礼が過ぎる。

 緊急事態ともなればそうも言っていられないのだが、エルッキの反応からしてもそこまで急ぐようなことでもない。

 平民側からすれば事件といってもいいような話とはいえ、エルッキからすれば『その程度』のことでしかないからだ。

 そんなことでわざわざ夜に訪ねて行くほうが、エルッキの父親であるアークラ子爵に迷惑をかけることになる。

 

「正直なことをいえば、親父としてもこの程度のことは言われるだろうと言っていたからな。今更すぎるんだが、報告はしておいた方が良いんだろ?」

「そうなのか? いや、確かにそれっぽいことは言われていたか」

「だろ? とはいえ、まさか船乗りたちの方が騒ぐとは予想していないだろうからな。ルーカスの話を聞く限りは、確かに言っておいたほうがいいだろうな」


 そもそも小さい時から工房に出入りしていたエルッキは、親方衆をはじめとした職人たちから様々なことを言われてきている。

 アークラ子爵もそのことを知っているうえで放置してきたので、『今更過ぎる』というエルッキの言い分も正しいことは理解できる。

 今回は、あくまでも船乗り(平民)側の過剰すぎる反応が迷惑をかける結果になっている。

 それに加えて、エルモがダッツ船長を今回の件を理由に処分したがっているという事情もある。

 エルッキの予想では、子爵は「好きにしろ」といって終わると考えているのだがそれを勝手にこちらで判断して動くわけにもいかない。

 

「正直、気は進まないが仕方ないか」

「それは俺も同じだよ、エルッキ。だが逃げ回ると余計に面倒になる可能性があるからさっさと終わらせてしまおう」

「そうするしかないか」


 子供同士の喧嘩を親に報告するような気分になっているエルッキに、ルーカスも本心から同意していた。

 ただ内容はいくら小さなこととはいえ、騒ぎが起きている以上は無視するわけにはいかない。

 そうルーカスから諭されて、エルッキもようやく納得した様子で頷いていた。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 翌日、ルーカスはエルッキと一緒に子爵家を訪ねた。

 アークラ子爵家は技術開発で爵位を貰って発展してきた家だけに、領地というのは存在していない。

 王国各地に散らばっているドワーフの元締めのような存在であるので、一番情報が集まりやすい王都に居を構えている。

 当然ながらその家に生まれたエルッキは王都出身といえるのだが、そもそも貴族と平民が暮らしている地域は明確に区別されているのでルーカスが知っている『王都出身』とはまた違った意味になる。

 

 それはともかくとして肝心のダッツ船長のやらかしに関しては、結論から言えばアークラ子爵の『当人に処分が下されるならそれ以外はどうなっても構わない』という言葉で終わった。

 そもそも平民のドワーフを纏めている家だけに、同じような話はいくらでも出て来るのか非常に話が早かった。

 さらに付け加えると、起こったことを隠そうとせずに早めに報告したこともポイントが高かったようだった。

 事が起こったことを知っているのと知らずにいるのでは出来ることがだいぶ変わってくるようで、当然ながら先んじで知らせてくれて有難いとまで言っていた。

 

 ルーカスに対しては勿論のこと、事件を起こした『疾風のごとく』にもお咎めは無し。

 一々そんなことで貴族家が出ばるつもりはないという言葉を貰ったうえで、ルーカスとエルッキは子爵家を後にするのであった。




§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§


是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。

m(__)m

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る