(18)宮廷魔道士
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ルーカスが書いた論文をシャド宮廷魔術師長が精査している間、リチャード国王は黙ったまま様子を見ていた。
シャドの邪魔をしないようにという配慮もあるのだろうが、そこまで時間がかからないと分かっていたからということもある。
というのもルーカスが用意した論文は、論文というのもおこがましいほどに少ない文字数しか書かれていなかったためだ。
ルーカスの知る世界の大学でこれを論文として提出したらすぐにはねられて、再提出を喰らうか落第になってしまうだろう。
ルーカスもそのことは理解した上で、敢えてそのまま提出している。
書く内容がほとんど無かったということもあるが、そこまで濃い内容ではないからという理由もある。
そもそもが誰もが気付きそうな内容であるだけに、ごてごてしく言葉で飾り立てるよりも単純な方がいいと考えている。
もしルーカスが魔法に関する本を出すとすれば、最初の一ページ目でさらりと書けるような内容だ。
シャドは、文書に目を通し始めてから時間にして五分ほどでリチャード国王の顔を見た。
「――シャド、どうであったか」
「内容は問題ないでしょう。色々と突っ込まれる部分はありそうですが、それは今後の追加研究で補えば済むことです。誰もが納得できる状態のままで出すつもりで敢えてこうしているのでしょう?」
確認するような視線をシャドから向けられたルーカスは、頷きながら「その通りです」と返した。
「ふむ。中身も問題は無いのだな?」
「そうですね。もともと誰もが感じていたことをきちんとした言葉にしただけとも言えますからな。基礎研究というのはそういうことの積み重ねですな。もっともそういう積み重ねこそが大事なのですが、それを理解できていない者が多すぎますな」
「なるほどな。確かに利益にならないからとすぐに予算を切ってしまう場合も多いか」
「いくら国といえど原資が無限にあるわけではないので、仕方ありませんな。それは皆も理解しております。一部を除いて、ですが」
「確かに。国は、叩けば金が出て来ると思い込んでいる者が多すぎるな。研究以外のことに関しても」
「――少し話が逸れてしまいましたな。とにかくこれをルーカス殿の研究として発表するのは問題ないでしょう。むしろ学校の一学年生の論文としてはちょうどいい内容と言えます」
「そうか。……もしかしてルーカスはそのことも考えてこれを書いたのか?」
「そうであるともいえますが、そうではないともいえます。もともと内容自体が大したものではなかったので、特に深堀りすることなくそのまま書きましたから」
「そのことが結果的に研究内容そのものを否定しづらくさせておりますな」
ルーカスの言葉に続いてシャドが補足を加えることで、内容そのものには問題がないことがリチャード国王にも理解できた。
何しろ国でトップに立つ宮廷魔術師長の言葉なので、誰もそれを否定できるものではない。
ただしリチャード国王は、敢えてこの論文にはシャドの名前を入れさせるつもりはなかった。
今回宮廷魔術師を呼び出したのは、あくまでもルーカスが発表するものとして問題がないかを確認してもらうためだった。
「うむ。シャドに表に出てもらうつもりはないが……いや。研究者として言うべきことはきちんと言ってもらわねばルーカスのためにはならぬか」
「畏まりました。ではそのように。――とは言っても、先ほども申し上げたように特に問題があるような内容ではありませんからな。補足することはあっても批判するようなことにはなりますまい」
「専門的なことは、宮廷魔術師としての対応で構わぬ。余としてはこれ以上言うことは無いが、そなたからは何かあるか?」
「ございませんな。……いえ、一つだけありますか。この後、ルーカス殿の予定はどうなっておりますかな?」
「私ですか? 陛下から無ければ特に何もございませんが」
「それは良かった。以前から話をしたいと思っていたのだ。この機会に少し話をせぬか?」
「シャド。言うておくが、島の運営については余計なことはするなよ?」
「ご心配なさるな。そちらではなく、ルーカス殿が使うという魔法について話がしたいだけでございます」
「なるほど。それならば余としても問題は無いな。ルーカスも構わぬであろう?」
むしろルーカスとしては、国一番といっても過言ではないシャド宮廷魔術師長と魔法の話が出来るだけでもありがたい。
ルーカスが船の中で読み込んできた魔導書の中には、彼が書いたものもある。
その彼から直接意見が聞くことができる機会などそうそうあるわけもない。
折角シャドから提案してきたのだからと、ルーカスとしては降ってわいてきた話に喜んでいた。
そうした事情からルーカスはすぐに頷き、それを見たリチャード国王とシャドが揃って頷いていた。
そしてリチャード国王と別れたルーカスは、シャドに案内されながら城の別の場所へと向かうことになる。
宮廷魔術師長であるシャドは、城の中に彼自身が使える部屋を持っている。
その部屋の一室である応接室に案内されたルーカスは、シャドからそこでしばらく待っているようにと言われて待っていた。
そして部屋を案内されてから十五分ほどが経つと、再びシャドが戻ってきた。――数人の宮廷魔道士を連れて。
ルーカスが知る限りでは、どこの国にも宮廷魔道士は存在していてそれぞれの国のシンボルをつけている。
宮廷魔道士にシンボルが存在しているのは、騎士たちが統一された装備をつけるのと同じ理論である。
……支給品だからという理由は置いておくとして。
ガルドボーデンの宮廷魔道士のシンボルは、月と太陽があしらわれた青色のマントになる。
宮廷魔道士である以上は城勤めしている際は当然として、それ以外の場所でも極力そのマントをつけることが義務付けられている。
それは貴族が一般のものと比べて豪奢な服装を見につけることと同じように、その者の身分を示すためにそうなっている。
統一された装備は、権威の象徴であるのと同時に見た者が余計なことをしないようにするための抑止力でもある。
そんなマントをつけた宮廷魔道士が、シャド以外に二人部屋に入ってきたのを見てルーカスは恐る恐る口を開いた。
「ええと……宮廷魔道士が三人も揃っているということは、これからつるし上げにでもあうのでしょうか?」
「ハハハ。そなたは冗談も上手いのか。――そんなわけがなかろう。先ほどは私が陛下の下に行くことになったが、この二人も行きたがっておったのよ。間に割り込む形になってしまったから、そのお詫びも兼ねておりますな」
「お詫び……? どういうことでしょうか?」
特に宮廷魔道士から目をつけられるようなことをした覚えがないルーカスとしては首を傾げざるを得ない。
先ほどシャドに見せたばかりの論文はまだまだ世に知られているはずもなく、それ以外に魔法関連の話で宮廷魔道士に知られるようなことはしていないつもりだった。
もっともそれはあくまでもルーカスとしての言い分であって、宮廷魔道士――というよりも王国に宮仕えしている魔法使いからすればまた別の見方ができる。
宮廷魔道士を含めた魔法師団の魔法使いは、中央の学校への入学試験の頃からにわかに注目するようになっていた。
そんなこととはつゆ知らず、シャドも含めていきなり三人の宮廷魔道士に囲まれることになったルーカスは、何かやらかしただろうかと内心で首を傾げていた。
とはいえ思い当ることなど何一つもなく、どういうことかとシャドに問いかけることになった。
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m(__)m
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