(13)先のこと

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「くそっ! 何なんだよ、あいつらは!」

 エルモの船にある船員が寝泊まりする大部屋の一角で、新人組のうちの一人の声を上げた。

 今この部屋には新人しかいないので、先輩たちの前では出せないような悪態も遠慮なく上げている。

 ただしその声を上げた新人ともう一人を除いた三人は、完全に迷惑そうな顔になっていた。

 さらにその三人のうちの一人が、呆れた様子になって話しかけた。

「お前たちが苛立つのは好きにすればいいが、俺を巻き込むのはやめてくれよな」

「おいおい。そこは俺たちと言ってくれ。俺も同感だからな。お前らが余計なことをして怒られるのは勝手だが、そこに俺たちを含めないでくれ」

「あ、あの……。僕もそう思います。これ以上、余計なことはしない方が良いと思います」


 新人五人組の中で一番気の弱そうな者がそう言ったことで、声を上げた一人が睨みつけていた。

 ただし荒っぽい子供が多い下町で育てばその程度のことは日常茶飯事なので、気にする様子は無く自分が言った言葉を訂正するつもりはないようだった。

 それを見て他の二人は少し感心した表情になり、苛立っている二人はさらに機嫌を悪くしていた。

 それでも手を出すことをしないのは、ここで苛立ち紛れに暴力沙汰を起こせば本当に船を下ろされると理解できているからだ。

 

 そんな二人にさらに追い打ちをかけるように、最初に梯子を外した新人が続けて言った。

「お前らが何をどう考えているかは、先輩方には丸わかりだろうからな。ここで昼間までと同じようなことをすれば、本気で見放されかねないだろうさ」

「何だよ。昼の時にはお前らだって同じようなことを言っていたじゃねえか! 今更いい子ちゃんか? それともアレを見てビビったのか!?」

「いい子ちゃんでもなんでも好きに呼べばいいさ。ただ俺は、負けると分かっているのにわざわざ突っかかるような馬鹿な真似はしたくないだけだ。馬鹿にはそれすらも分からないんだろうがな」

「「何をっ!?」」

 

 完全に挑発に乗る二人に、様子を見ていた残る二人も完全に呆れた顔になっていた。

 教育係の先輩からは散々馬鹿だの阿呆だのと言われていたが、この二人を見ていればそう言われても仕方ないと納得できる。

 出来ることなら同類と見られたくはないと言いたいところだが、今後の自分たちの行動で見せるしかない。

 

 何かしらの仕事を与えられて行動できれば同類扱いもされなくなるだろうが、今は黙って見ていろと言われているので下手に動くこともできない。

 突っかかり二人組もただ黙って見ているだけの状況にうっ憤が溜まっているだけということもあり得るが、敢えて教育係がそうしているようにも見えるので何も言えることはない。

 とにかく今は、余計なことをせずに黙って言われたとおりに動くことしかできないことがもどかしいところだ。

 明日も狩りを続ける予定になっていると聞いているので、新人たちが出来ることは引き続き何もなさそうだ。

 

 今までにないほどに険悪な空気になる中で、部屋の入口から複数人の声がしてきた。

 この大部屋には新人以外の船乗りも寝泊まりしていて、休憩時間になった先輩たちが三人ほど部屋に入ってきたのだ。

 隠しもしていなかったので当然のようにその先輩船乗りは空気の悪さに気付き、揶揄うように話しかけて来た。

 

「おうおう。なんだ。また懲りずに喧嘩でもしていたのか? 散々駄目だと言われているだろう。また飯抜きにされるぞ」

「あいつはやると言ったら本当にやるからなあ。この間は一日飯が食えなかったからといって死ぬわけじゃないと言っていたな」

「船の中では出来ることが少ないからなあ。その楽しみの一つをなくされるのはきついぜ? なんて言わなくても分かっているか。一度抜かれているしな」


 当事者からすれば笑い事ではないのだが、これが当たり前だと言わんばかりに先輩船乗りは揃って笑い出した。

 彼らにしてみれば、新人たちが喧嘩をしていても所詮は成人したての子供のお遊びの延長という認識しかない。

 船乗りとしてしっかりと鍛えている彼らに、新人たちが向かってきても相手にならないと分かっているからこその余裕だった。

 

 別に魔力操作の訓練は戦闘だけで出来るわけではなく、特に肉体作業が多い船乗りは日常から使って訓練している状態にある。

 アルフが見せたような戦い方は出来ないにしても、筋力だけでは出せないような力を常に出せるようになっている。

 常日頃からそうした訓練をしているからこそ、腕力自慢の新人であっても余裕で対処できる船乗りが乗っているのである。

 

 新人たちもようやくそのことを実感として理解し始めてきたのか、揶揄って来る先輩船乗りに突っかかるようなことはしなかった。

 例の二人でさえも黙ったままなので、昼間にあったアルフの戦いでよほどの衝撃を受けたことがわかる。

 魔力操作のことについてはあの戦いの後に教育係から説明を受けているので、たとえ船乗りとしては下っ端であってもさらにその下に位置付けられている自分たちでは反発する意味がないと教え込まれていた。

 

「――そんなんじゃないッス」

「んを? そうか? それならいいが。どこかで発散しないと変にため込んでおかしなことになるぞ。明日は模擬戦があるんだろう?」

「模擬戦? ……聞いていないッス」

「おっと。まだ言われてなかったのか? まあ、いいか。ここ数日見ているだけでまともに体も動かしていないだろうからここで発散するようにとの配慮だろ」


 初耳の情報に新人たちがどういうことだという顔になる中、先輩船乗りの一人が軽い調子でそう言ってきた。

 模擬戦については既に予定として組み込まれていて、全員に伝えられている。

 新人たちに知られたくなければ口止めをしただろうが、それがないということは別に伝えても構わないだろうと考えてのことだ。

 長い船旅では暇つぶしに模擬戦が行われていて、新人たちにもそれを知ってもらうためにも予定に組み込まれていた。

 

「模擬戦ですか……。それは強制参加なのでしょうか?」

「いんや。それは無いだろうな。もしそうなら今のうちに言われているはずだぜ。別に腕っぷしが強いだけが船乗りの役目じゃないしな」

「そうそう。腕に自信がある奴、計算が得意な奴、目が良い奴――上げればきりが無いが、得意な分野は人それぞれだからなあ」

「腕に自信があるならアピールする意味でも出た方がいいが、そうじゃないなら無理する必要はないさ」

「そうは言っても、今は見ているだけで何もさせてもらえないですよ?」

「それはそうだろう。俺たちも最初はそうだった。色々見ている内に、何をすれば先輩たちの邪魔にならずに仕事が出来るかを覚えて行くもんだ」

「そんなことをせずに、最初から教えてもらえれば……」

「その通りに動けるってか? それじゃあ意味がないだろ。お前らこの船を降りて次の船に乗る時のことを考えているのか? どこに行っても同じように仕事が出来るようになるには必要なことだぞ」

「別の船に……?」


 最初からこの船に乗ることを目標として来ていた新人たちは、揃って思ってもみなかったことを言われたという顔になっていた。

 大型船に乗っている船乗りの数は小型船に比べれば多いが、それでも数に限りがあることには違いない。

 さらに同じ船に乗ってばかりいるよりも、数年単位で複数の船に乗った経験のある船乗りの方が評価される業界でもある。

 もちろんそれには上役からきちんと認められる必要はあるのだが。

 

 とにかく一つの船に乗り続けるということの方が珍しいので、新人は次のことを考えるのは船乗りにとっては当たり前のことだ。

 そうしたことを繰り返してやがて一つの仕事を任せられたり船一つを与えられるような立場になっていくことが、船乗りとして生きる道なのである。




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m(__)m

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