(6)見守るベテラン

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 ルーカスが視線を前方に向けてからすぐに、後ろから声が掛けられた。

「ボンも色々と大変だなあ。あんな奴らの相手をしなきゃならんとは」

 背後からの声にルーカスが振り向くと、二人の船乗りが笑いながら近寄って来ていた。

 その二人は五年ほど前からエルモの船に乗っている者たちで、ベテランからはからかい気味にようやく一人前と言われるような立ち位置にいる。

「おいおい。お前がそれを言うのか? この船に乗ったその日に、あいつらみたいにボンに突っかかって行った奴はどこのどいつだ」

「ちょっ、おまっ!? 今更そんな話題を出すなよ! どこかの親戚の親父か、お前は。それに、一緒になって突っかかった奴が言っていいセリフじゃねぇぞ!」

「おう! あの時は若かったな! ガハハ!」

「ガハハ、じゃねーっての!」


 ほぼ同じ時期に船に乗ってきたからか、ルーカスの目の前にいる二人は仲が良い。

 今もその片鱗を見せる掛け合いに、ルーカスは小さく笑ってから揶揄いの表情を浮かべた。

 

「すっかり忘れていたが、言われてみればそんなこともあったな。いや~、あの時はお互いに若かった」

「若かったというか、ボンの場合は普通はガキだったというんじゃねえか? 今が十二……十三か。だから八才かそこらだっただろう」

「確かになあ。今思えばむしろ、よくあれで済ませてくれたよ」

「何を言っていやがる。それなりに腕っぷしに自信があった俺たちを相手に、大立ち回りを見せてくれたボンが。あれをきっかけに一気に自信を失ったんだぜ?」

「それこそ何を言っていやがる。腕っぷし自慢が多いこの船の中でも五本の指に入るような奴らが。自信を失っていたら、そんなことにはならねーよ」

「そりゃ、当たり前だな。天才というだけじゃなく、しっかりと目の前で努力を見せつけられればな。いくら馬鹿な俺たちでも同じように努力を続けるようになるさ」


 新人二人組をネタにして、三人は昔話に花を咲かせる。

 乗組員の中でも若手組に入る二人だけに、ルーカスとも比較的年齢も近い。

 ルーカスが以前雇い船長にお願いしたアーロンと同じ年代で、今目の前にいる二人はエルモの船に残った組になる。

 エルモの船に残った組と出て言った組のどちらかが優秀というわけではなく、アーロンとは出来ることが違うためにこの船に残った二人になる。

 

「――コホン。俺たちのことはいいとして、ボンはあの二人はどうなると思う?」

「さてな。船に乗って二日目だからな。まだまだどうなるかなんてわからないさ。ただ一つ言えることは、どこかの誰かさんと同じように妙なプライドをなくすことが出来れば残ることが出来るんじゃないか?」

「一体誰のことかは置いておくとして、確かにそれもそうか。やっぱり一度プライドを折るとかしないと駄目か?」

「さて、どうなるかな。それに今回は俺だけじゃなく、アルフやエルッキも乗っているからな。それがどう転ぶかにもよると思うな」


 ルーカスだけではなく、アルフやエルッキが同じ船に乗っていることで新人たちにどういう影響を与えるかはまだ分からない。

 中央の学校でAクラスになっているということはしっかりと実力もあるからなのだが、それを新人たちが本当の意味で理解できるかはわからない。

 そういう意味では、今回の新人研修は担当にとっても未知な要素が多いといえる。

 新人五人のうち何人が今現在の自分の実力を見定めて、その上で努力を積み重ねていくことが出来るか――それが今後の彼らの力を作って行くことになるはずだ。

 

「ボンは良いとして、あの二人のことか。期待していいのか?」

「エルッキ……機関長と一緒にいるドワーフの方は、戦闘はそこまでだな。といってもガキ大将程度に負けるような実力じゃないが」

「ボン。さすがにガキ大将は可哀そうすぎるぜ。奴らだって一応選ばれてこの船に乗っているという自覚はあるだろうしな。特にさっきの二人はそうだろうぜ」

「ギルドがどう選んだかは分からないが、それなりの数の中から選ばれているだろうからなあ。それなのに、まだ成人すらしていない子供に負けるとは思いもしないだろうさ」


 ガルドボーデン王国にある探索者の船団の中で、『疾風のごとく』の実力は随一とも言われている。

 そんな船団の中の旗艦で新人の募集があれば、探索者を目指す若者が殺到するのは当然だろう。

 多くの応募の中から自分が『選ばれた』と分かっていれば、その若さが故に勘違いをしてしまっても仕方ない。

 その実力者である自分たちが、まだ学校に通っているだけの学生に負けるはずがないと思い込んでしまうのも理解できることではある。

 

「仕方ないさ。エルッキだってアルフほどではないが、子供の時からしっかりとした武技を教わっているんだ。基礎がしっかりと出来ている奴は、そうそう負けることはないさ」

「俺らもそれを身をもって知った口だから何も言えないな。それはいいとして、ボンの口ぶりだともう一人の方はもっとできるようだが?」

「アルフか? あいつの実力ならそれこそ明日になれば嫌でも見ることが出来るだろうさ。船の上での戦闘は慣れていないから手間取るだろうが、その辺は俺が補佐するから心配ない」

「おっと。ボンのお墨付きがあるのか。それは明日が楽しみだな。……新人どもにとっては気の毒だが」

「少なくとも初手に兄さん方が出ることにはならないさ。いざとなれば俺が出るからな」

「ボン。それはオーバーキルって言うんだぜ?」


 いささか呆れた様子で言ってきた相手に、ルーカスは無言のまま肩を竦めた。

 オーバーキルになるのは目の前にいる二人も同じことなのだが、その二人よりも実力が上のルーカスが反論しても返り討ちに遭うだけなので意味がない。

 

 そんな四方山話はともかくとして、三人が揃って認識しているように翌日にはいわゆる『危険地帯』に突入する予定になっている。

 人が住んでいる大地が中空を移動しているこの世界では、特殊な地域を特定したうえで移動することはかなり難しい。

 ただ主に探索者からの情報で、どのくらいの距離に魔物が発生している危険地帯があると予測することは可能だ。

 探索者が言う危険地帯には台風などの自然発生によるものと、魔物の大量発生などが上げられるが、そうした情報が探索者ギルドでは日々更新されているのである。

 

『疾風のごとく』でもギルドに集まる情報は定期的に買っているので、そうした情報をもとに今回の航路も決めている。

 勿論事前に仕入れた情報で危険地帯が推測できたとしても、必ずしもその場所で遭遇できるわけではない。

 先に上げた台風などの自然現象は既に無くなっているということもあるし、魔物の群れは移動していることもある。

 あくまでも予測でしかないので、常に見張りが欠かせないのは言うまでもないことだ。

 

「明日に向かう場所は、さほど難しくないところとはいえ万が一ということはあるからな。お前らも油断するなよ……って、わざわざ言うことでもなかったか」

「ハッハハ! さすがのボンも新人共に引っ張られているらしいな。けどまあ、そういうことはいくらでも言ってもらって構わないぜ。俺らも気合が入り直すからな」

「そうだな。お前の場合は油断しすぎて失敗することもあるからな。ボンから気を引き締める言葉を貰えればそれも無くなるだろうさ」

「何おう……!」

 

 じゃれ合う二人の掛け合いに、ルーカスも笑って返した。

 常に気を張っていると疲れてしまうので今は平時と変わらない様子でいる二人だが、いざとなれば切り替えて即対応できるだけの能力は持っている。

 こうしたやり取りもまた『いざという時』が発生した場合に備えての大切な時間だということは、皆が分かっているのである。




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m(__)m

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