(5)聞く耳

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 船が港を出発した翌日の午前中。ルーカスは舳先に立ちながら過ぎ去る光景を見ていた。

 この世界には海がないので水を切って進む様子は見られないが、その代わりに過去の記憶の世界だと海洋生物だったものたちが中空を漂っている様子が見られる。

 そうした生物たちの中には船を敵と認識して攻撃してくるものもいるが、多くは船には構わず通り過ぎていく。

 ルーカスはこうした光景を見ることが好きで、船に乗っているときには時折こうして風景を見ることを楽しんでいる。

 こちらの世界で生きる住人にとっては当たり前の光景であっても、ルーカスにとっては幻想的に見える。

 勿論、陸地を離れた場所でしか見られない光景も多くみられるので、船乗りの中にはそうした風景を見ることを楽しみにしている者もいる。

 限られた空間で暇をつぶす手段を得ることは意外に難しく、こうした楽しみを見つけることもある意味では必須の条件といえるかもしれない。

 余談ではあるが船の中に常設されているとある部屋にはボードゲームの類が置かれていて、休憩中の船乗りたちがゲームで楽しむ姿を見ることが出来る。

 

 何だかんだで忙しい学校生活を送っていたルーカスは、久しぶりにのんびりした時間を過ごせて満足していた。

 そんな中で、後ろから複数人が近づいて来る足音が聞こえて来たが、敢えて気付いていないふりをした。

 

「――おいおい。船長の息子だか何だか知らねーが、良いご身分だな。仕事もせずにのんびり観光かよ」

「俺たちは必至こいて働いているってのによ。ただ乗りできる奴にも、俺たちの苦労を知ってもらいてーぜ!」


 ニヤニヤしながら近づいてきた二人組は、初日に絡んできた新人組の二人だった。

 彼らに見つかればこうなることが容易に想定できていたので、ルーカスとしても呆れて良いやらホッとしていいやら複雑な気持ちになっていた。

 彼らが来る確率は半々だと考えていたルーカスだったが、こうやってわざわざ網に引っかかってくれた以上はきちんと対応するべく振り返ってからこう返した。

 

「俺に突っかかって来るのもいいが、仕事をしないとまた昼を抜かされることになるぞ?」

「う、うっせーな! 昨日のあれは、あいつがいちゃもんをつけて来たから……」

「へー。俺は、適当に手を抜いていたところを注意されて逆ギレしたと聞いているがね。人に構っている暇があったら早く仕事を覚えたらどうだ」

「うるせえ!! 休憩をどう使おうが俺らの勝手だろうが!」


 言っていること自体は正しいのだが、たった一日しか経っていないこれまでの実績で彼らの言葉の重みは地の底まで落ちている。

 これを挽回するためには必死になって働いているところを見せないと駄目なはずのところを彼らは真逆を行っている。

 そんな彼らの言動を見て、先輩たちから見直されるのは当分先のことだろうなとルーカスはそんなことを考えていた。

 もしくはさっさと辞めてしまって、別の船に乗ることを選択するかもしれない。

 

「はいはい。その通りですね。だったら俺が休憩時間をどう使っても俺の勝手だな。折角気持ちよく風景を見ていたんだから、邪魔しないでくれ」

「風景なんかより、俺たちの相手をしろや! くだらない時間よりもはるかにユイギに仕えるぜ?」

「ユイギ……? ああ、有意義のことか。頼むから言葉くらい正確に使えるようになってくれ。背伸びしてまで難しい言葉を使わなくてもいいから」

「うっせーんだよ! そんなことよりも、模擬戦するぞ。掃除なんてちまちました仕事よりも、こっちのが向いているって見せてやる!」

「いや、面倒だからやらないが? 相手をしてくれそうな乗組員は他にもいるからそいつに頼んだらどうだ?」

 

 いつ魔物が襲って来るか分からないだけに、腕っぷし自慢の乗組員は一定数乗り込んでいる。

 そうした者たちが休憩を使って模擬戦をしていることはよく見かける光景だ。

 目の前にいる二人もそちらよりの思考をしているようだが、何故そうした乗組員に話を持ち掛けないのかと首を傾げてみた。

 実は昨日彼らが食事を抜かされる原因の一つが、見事に返り討ちにあったからということをルーカスは知っていた上で敢えて問いかけている。

 

「し、知らねーよ! それこそ仕事の邪魔になるだろうが。新人は新人同士で仲良くやれば良いんだよ!」

「……新人? お前ら俺が船長の子だって聞いているのに、新人だと思っているのか?」

「小さい時から乗っているって話だろう? だから何だよ。どうせ大人たちの周りをウロチョロ走り回っていただけだろうが」

「あ~、なるほど。そういう認識なのか。ちゃんと話をしたという報告は上がっているんだがなあ……。絶望的に人の話が聞けないタイプだな」


 自分の持っている認識と彼らの話に齟齬があると不思議に思っていたルーカスだったが、その理由を知ってようやく納得できた。

 彼らのようなタイプには、話を聞いても勝手に自分の持っている認識で解釈をして都合のいいように脳内変換をしてからインプットする者がいる。

 ルーカスが魔法を使えるということもきちんと報告したということも書かれていたが、軽く聞き流していたのか、あるいは全く聞いていなかったものと考えていた。

 

「――それはまあ、いいとして。船の上で好き勝手に模擬戦できると考えている時点でアウトだからな。ちゃんと許可を取るようにと言われているだろう?」

「んだそれ!? そんな話は聞いていないな。どうせ適当なことを言って逃げようとしているだけだろう?」

「いや、普通に考えればわかる事だろうに。非常事態というわけでもないだろうに、好き勝手戦闘して事故が起こったらどうするんだ。暇つぶしの模擬戦はちゃんと監視の目がある中でやるんだよ」

「知るかよ、そんなこと! たかが模擬戦で、なんでそんな大げさなことをしなきゃなら駄目なんだ。冒険者ギルドだと簡単に出来たぞ!」


 島とはいえ安定した大地がの上に作られている冒険者ギルドの建物と不安定な船の上を同列に考えている時点で、この新人君が考えがいかに足りないかよくわかる。

 残念なことにこうしたことをきちんと教えないと理解できない人が一定数いるのも事実なので、様々な組織の教育担当はそこで頭を悩ませることになる。

 自分の目の前にいる新人たちだけが特別な存在ではないことはルーカスもよくわかっているので、怒りが浮かんでくることもない。

 新人を募集すれば大抵一人くらいは紛れ込んでくるので、慣れているともいえる。

 

 そして、このまま受け流し続けてもいいのだが、そろそろ時間がもったいないかなとルーカスが思い始めた頃。

 船室へと続く階段室があるドアが開いて、教育担当の船員が来ることが確認できた。

 ルーカスたちがいた帆先からは多少離れていたものの、はっきりとその顔に青筋が立てていることが分かったルーカスはこれ以上は本当に無駄な議論になると分かって口を閉ざした。

 それを見て新人二人は何を勘違いしたのか、勢いづいて今まで以上にドス効かせて凄み始めた。

 

 ただしその威勢も、教育担当が怒鳴り込んで来るまでしか続かなかった。

 その姿を見て二人は一気に威勢を失う――どころか、顔色を青くしている。

 新人教育が始まってからまだ一日と少ししか始まっていないはずなのだが、しっかりとその恐ろしさは叩き込まれているらしい。

 その様子を見てこのまま担当者に任せておいて大丈夫だろうと判断したルーカスは、視線だけを合わせて後は任せるとばかりに再びに流れゆく風景に視線を向けた。




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m(__)m

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