(3)エルッキの過去

§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§




 ベンの言葉を聞いたルーカスとアルフの視線が、エルッキからベンへと移った。

 その二人だけではなく、言われた当人であるエルッキも戸惑った様子になっていた。

 そんな三人の様子を見て、ベンが面白そうにクツクツと笑い出した。

 

「そんな不思議そうな顔になるなよ。俺も技術者の端くれだからな。技術者の間で噂になっていることは自然と耳に入って来るのさ」

「ベンが端くれだったら他はどうなるんだってことになると思う。――それはいいとして、その噂ってエルッキに関してのことか?」

「そうだ。なんでもアークラ子爵家が管理しているドッグに、毎日のように出入りしているちっこいのがいるってな。最初は仕事の邪魔にしかならないだろうと思って聞いていたんだが、見たことがある奴は実に楽しそうに話していたぞ」

「それを見て、普通じゃないと気付いたと?」

「ああ。たまたま俺も用事が出来て、その噂のドッグに行く機会があってな。そしたらその話通りにちっこいこいつがドッグの中を駆け巡っていたってわけよ」

 

 実に楽しそうに話をしていたベンを見て、ルーカスは首を傾げた。

 ベンはいい意味でも悪い意味でも頑固な技術者で、子供どころか大人を仕事場に入れることすら拒否するイメージがある。

 そんなベンが、他人の仕事場とはいえ子供が元気に走り回っている姿を見たと言って機嫌良さそうにしている意味が分からなかった。

 

「ボン、そんな顔をするな。ある意味ではお前だって同じだろう? 小さいころから俺の仕事場をウロウロしやがっていたのはどこのどいつだよ」

「あ、ああ~。それを言われると耳が痛いな」

「だろう? んで話を戻すが、そのちっこいのってのがここにいるエルッキだったわけだ。さすがに俺が見た時は親父さんの監視付きだったが、いっさい仕事の邪魔をすることなく楽しそうに駆け巡っていたぜ」

「なんだろう。今のエルッキを見ても全く想像がつかない……と言いたいところだが、容易に想像できる気がするな」


 ルーカスがそう返すと隣にいたアルフが何度もうなずき、エルッキは苦笑をしていた。

 エルッキにしてみれば思い当りがあり過ぎる過去話だけに、否定することもできずに聞いていることしかできない。

 話の中身は別にして、親戚が集まっている場で叔父や叔母に過去の恥ずかしい話を暴露されている気分になっていた。

 

「お、そうなのか? それはよかった。今こうやってこんなところに来ている時点で、想像できることではあったが。とにかくそういうことで、エルッキについては多少知ってはいたわけだ」

「なるほどな。妙にすんなり話を受けると不思議に思っていたんだが、そういう事情があったわけか」

「ああ。俺もしばらく忘れていたんだが、ボンから名前を聞いてもしやと思ってな。子爵の子だって聞いて思い出したわけだ」

「そういうことか。それにしてもそんな小さい時からドッグに出入りしていたって、よく他の技術者も許していたな」

「最初のうちは親父さんと一緒だったらしいが、途中からはお付きと一緒とはいえ親の同行なしで出入りするようになっていたそうだぞ? 何度も行く内に、どこまでが許される範囲か勝手に身について行ったんだろうさ」


 少しでも仕事の邪魔になるようであればドッグ内の作業員も怒ったりしていただろうが、エルッキが作業員から怒鳴られるようなことは無かったらしい。

 中には理不尽な作業員もいて時に怒鳴り声を飛ばされることはあったようだが、それでもエルッキはめげずにドッグに通い続けたそうだ。

 ベンの口からそんな話が次々に披露されて行き、ついにはエルッキが根負けしたように口を開いた。

 

「機関長、お願いですからそのくらいにしてくれ。……さすがに恥ずかしすぎる」

「なんだい。恥ずかしがるようなことじゃないだろ? まあ、いいか。本人が嫌がっているならここまでにしておこう。今は」

「それはいいな。後からたっぷりと話を聞かせてくれよ、ベン」

「おう。任せろ。俺が聞いた話はまだまだたっぷりとあるからな」

 

 ――過去の自分の行いを知っているベンとルーカスという組み合わせは自分にとっては最悪の組み合わせではないのか。

 ここにきてエルッキはそんなことを思って、口元を引きつらせた。

 そんなエルッキの様子を見て、ルーカスと一緒に楽しそうに話を聞いていたアルフはほんの少しだけ同情の視線を向けていた。

 

 

 この世界の船にある機関室は、他の部屋と比べて一番たどり着きづらい場所にある。

 それは別にエルモの船だけというわけでははく、ほぼすべての船が同じような造りになっている。

 機関室が奥に置かれているのは、船が一定の高度を維持するために必要な装置が置かれているためであり、海賊などの襲撃から守れるようにしているためだ。

 もっとも機関室にまで敵が侵入されている時には、大抵の場合は勝敗がついているといっても過言ではない。

 どちらかといえば、魔物などに襲われた場合を想定して重要な機関を守っているという意味合いのほうが強いだろう。

 

 ちなみに機関といってもルーカスの知る世界の理とは違って、乗り物自体を動かすための動力機関ではなく船の高度を維持するための機関が備わっている部屋になる。

 船によって違いはあるが、エルモの船では部屋の三分の一ほどが浮力を生み出すための装置で埋まっている。

 それ以外のスペースは、外敵の攻撃から船を守るための防御や攻撃をするための魔道具が置かれている。

 ただ戦闘時には乗組員が直接戦うことになるので、基本的にはそこまで派手な兵器があるわけではない。

 

 魔道具が戦闘用の道具として開発・使用されることは昔からある事だが、これまで大型化されることなく研究されている。

 その理由は単純で、大型化すればするほど多くのエネルギーが必要になり、そのエネルギーを確保することが不可能だからだ。

 人が持っている魔力には限度があり、兵器と呼べるような威力を持った魔道具を賄うまでには至らない。

 魔石も船に積んで運べるような濃度が高い魔力を持った魔石などほとんど存在せず、あったとしても国宝クラスになって一般では手が出せるようなものではない。

 

 昔から魔力消費を抑えた兵器の研究はされ続けているが、実用化どころか技術的なブレイクスルーすら起こっていないのが現状だ。

 それが良いことなのかは置いておくとして、技術的な開発が出来ていないからこそ強力な兵器を積んだ幾隻もの船が戦争をするというような事態にはなっていない。

 もっともこの世界には魔法があるんで大規模戦闘自体はあるので、大量破壊が全く起らないというわけではない。

 ただそれはあくまでも個人の能力であって、スイッチを押せば誰でも効果が発揮されるようなものではない。

 

 それでも機関室にある魔道具がこの世界の技術が詰まった場所であることには違いなく、ベンが部外者立ち入り禁止を申し付けるのは当然のことだ。

 それを考えれば、ベンがルーカスは言わずもがなエルッキのことをどれほど信用しているのかということも推し量れる。

 そんな事情をよく分かっているからこそ、ルーカスも一緒になってエルッキのことを揶揄っている。

 エルッキ自身もそれこそ昔から頑固な技術者たちと触れ合ってきたからこそ、二人のやり取りが信用あってのことだということも理解していた。

 

 そんな三人のやり取りを見て、必要がない場合は機関室に近づくのはやめておこうとアルフが密かに決心していたことには誰も気づかないのであった。




§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§


是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。

m(__)m

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る