(15)兄さん

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 迷い船事件は、ハリュワード王国にとって一体何のために起こしたのかとガルドボーデン王国側にとっては首を傾げる結果で終わった。

 そんな状態でも事件が起きた以上は、当事者同士でしっかりと決着をつけないといけない。

 そうしないと後々まで事件のことを引きずることになり、お互いに引くに引けなくなってしまう。

 そんなことからガルドボーデン王国の騎士団によって回収されることになった三隻の迷い船は、二隻だけハリュワード王国へと戻ることになった。

 残りの一隻は法を犯したことで罰から逃れることは出来ずに、ガルドボーデン王国に接収されることとなった。

 そしてその船は、そっくりそのまま実害を受けた中継島に帰属することになる。

 これがガルドボーデン王国の近くで起きた事件なら中継島所属にはならなかったのだろうが、騎士団が来る前に起きたということでそういう結果になっている。

 実際に対処をしたのも中継島が雇っていた探索者だったということもあって、あっさりと帰属問題は決着することになっていた。

 

 出来れば船体が欲しいと願ってはいたものの、本当に棚からぼたもち的に手に入れる結果になったので、ルーカスは手に入れた船の扱いについて動く必要があった。

 当然だが船体だけがあっても船そのものが勝手に動くわけもなく、それを操る人員が必要になる。

 その人員の伝手は勿論、ルーカスがこれまで探索者として生きて来た間に出来た人脈を使うことになった。

 そしてその中から選んだ人物との打ち合わせのために、ルーカスは『疾風のごとく』に所属している探索者がよく集まっている食堂に向かった。

 

「――んお~? ぼんじゃねーか。久しぶりだな。元気してたか?」

「おお。元気も元気。ちゃんと学生しているぞ」

「ぼんが学生なあ。話を聞いた時には驚いたが、こうして姿を見るとちゃんとしているらしいなあ」

「抜かせ。それよりもアーロンはいるか?」

「あっちの個室にいるぜ。あいつが珍しく船に乗っていないと思ったが、そうか。ぼんに呼ばれていたのか」


 店内にいた顔見知りの探索者とそんな会話をしつつ、ルーカスは教えてもらった部屋へと入って行った。

 そして広いホールに雑多に置かれていたテーブルで食事と軽い酒を楽しんでいた若い探索者が、ルーカスと会話をしていたベテランに首を傾げて聞いていた。

 

「兄貴。あのガキは何なんだ? 妙にこの場の雰囲気に慣れていたみたいだが」

「お? なんだ、お前は知らんかったのか。……他にも知らないという顔をしている奴らがいるな。ぼんが船から離れて半年近くになるから仕方ないといえば仕方ないのか?」

「そもそも今店にいてぼんを知らない奴らは、本船に乗ったことがないような奴らばかりだからな。顔を見るのも初めてなんじゃないか?」

「それもそうか。仕方ねえ。今見たぼんを知らないって奴らは、しっかりと話を聞けよ。俺が教えてやっから」

 

 そう言いながらもルーカスが話しかけたその男は、真面目な顔をして話を始めた。

 そしてその話を聞いていた『疾風のごとく』の中でも新人扱いの者たちは、きちんと聞きつつも途中から話半分で聞き流すようになっていった。

 話をしていた探索者もそういう反応が返ってくることは百も承知で話をしている。

 聞き流して話を聞いているメンバーは、後でしっかりと先輩探索者に絞られることになるはずなので今はそれでも問題はない。

 むしろ今後ののために利用されることになるだろうと、敢えて厭きられる立場になることを受け入れていた。

 

 そんなホールの様子など気にすることなく案内された個室へと入ったルーカスは、すでに目的の人物が座って寛いでいる姿を見て話しかけた。

「なんだ。もうとっくに食事をしていると思っていたんだがな」

「おう。ルーカス、久しぶりだな。それに、昼食ならもう終わったさ。お前が来るのが遅すぎるんだ」

「それは済まなかったな。というか、学校を抜けられる時間はきちんと伝えていただろう?」

「勿論、聞いていたさ。真面目な話になりそうだったから先に済ませておいただけだ。お前は気にせずに何か頼むと良い。昼は取っていないんだろう?」

「いや。こっちも簡単に済ませられるものだけ取ってきたから気にするな」

 そんな会話をしつつルーカスは、その人物の目の前に腰を下ろした。

 

 会話の様子からも分かる通り、ルーカスの目の前に座るその人物は昔馴染みと言っていい存在になる。

 名前はアーロンといって、年は二十歳になる探索者でルーカスとは特に仲が良かった人物になる。

 最近では『疾風のごとく』のエルモが船長である旗艦とは違う船に乗っていたので交流は少なくなっていたが、アーロンが同じ船に乗っていた時はほぼ二人で何かをしていることが常だった。

 そもそもエルモが船長をしている船は『疾風のごとく』の旗艦になるので、年若い探索者が乗ることは少ない。

 そんな中でルーカスとアーロンは、特別な存在だったともいえる。

 結果として、八歳ほど離れているとはいえ二人が仲良くなるのは当然の結果だったといえるかもしれない。

 

「そうか。それじゃあ、話をするか。――いや、話をしましょう。ボス」

「……なんか、アーロンに遜られると変な気分になるな」

「その言い草はないでしょう、ボス。それにこれは必要なことです。今後のためにも」

「だよなあ……仕方ない。慣れるしかないか」


 ルーカスがこの場にアーロンを呼んだのは、迷い船事件で手に入れた船を運用するための船長になってもらうためだ。

 大航海時代の帆船と同じく単独行動をするこの世界の船でも、探索者の上下関係は厳しくなっている。

 そのためいくらルーカスがまだ子供とはいっても、アーロンにとっては紛れもなく上司になるので変に周囲が誤解するような態度を取ることはできない。

 むしろどう見てもまだ子供だとみられるルーカスだからこそ、より明確に態度として示さなければならないともいえる。

 

「――まあ、いいや。それよりもそんな態度を取るってことは船長を引き受けてくれるということでいいんだな?」

「むしろ断る理由がないな。勿論、可愛い弟分から頼まれたからということもあるが」

「そう言ってくれると嬉しいよ、兄さん」

 

 アーロンはルーカスと同じ孤児であり、見方によってはエルモが育てて来たともいえる。

 より正確にいえば孤児院にいたアーロンを『疾風のごとく』として引き取ったことになるのだが、代表であるエルモが親代わりともいえなくはない。

 そう考えるとルーカスとアーロンは義理の兄弟であると言っても間違いではないのだ。

 ちなみに『疾風のごとく』が孤児を引き取って育てるようになったのは、エルモがルーカスを育て始めてからのことになる。

 それはエルモが子育てに目覚めたというわけではなく、人を育てることの大切さをルーカスから知ったからという事情があったりする。

 

「ハハ。ルーカスからそう呼ばれるのも久しぶりだ……ですね。駄目だな。早く慣れないと、他の奴らに舐められる」

「とりあえず、事情を知っている奴らで周りを固めるしかないんじゃないか?」

「そうするか。その前に、誰を入れるかは俺が選んでいいのか?」

「むしろお願いすることになるな。俺は学校があるから一々会ってたらいつまで経っても出航できなくなる。もしくは兄さんが選んでおいて後からまとめて会うかになる」


 ルーカスは、船の乗組員に関してはアーロンに任せるつもりでいた。

 一度出航すると何日も顔を突き合わせて行動しなければならないので、乗組員同士の相性は非常に重要になる。

 ルーカスが回収した船に乗るわけではないので、アーロンに任せた方が良いと考えているのである。




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m(__)m

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