(5)先への道筋
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迷い船の乗組員による抗議活動(もどき)は、翌日になっても続いた。
とはいえ自分たちの船の中で騒ぐだけ騒いで、こちらの要求通りに島に近づいて来ることまではしていなかった。
相手の方も島に近づけば本気で迎え撃とうとしていることを理解しているのか、言葉だけの抗議をするだけに留まっている。
それを弱腰と見るか、作戦のうちと見るかは意見が分かれるところだろう。
前日と似たような報告をすることになった藤花は、困惑の表情を見せている。
「――これはどういうつもりでしょう。周りで騒いだところで、うるさいと思うだけで意味がないと思うのですが……」
「そうでもないさ。向こうにしてみれば、実際に現地で抗議行動をしていたという事実さえあればいいんだ」
「……私には、良くわかりません。何の利にもならないのではありませんか?」
「まあね。実際今のところは、島にとっては何の痛痒を感じないような結果しか出ていない。でも相手からするとそうでもないな」
意味が分からないと首を傾げた藤花に、ルーカスはさらに説明を加えた。
今までの相手側の行動から分かっていることは、少なくとも味方に余計な存在を与えるような行動をとるつもりがないということだ。
それだけを見れば弱腰と言われても仕方がないだろう。
ただ現地で船員たちが騒いだという事実があれば、外交を通じて非人道的な扱いをされたと正式に抗議することが出来る。
それはルーカスの浮遊島やガルドボーデン王国に向けてのものだけではなく、ハリュワード王国内に向けての行動にもなりえるということだ。
「――つまりは国民か、あるいは敵対的な勢力に向けての言い訳に使われているということでしょうか」
「そういうことだな。もっとも島への上陸を完全に諦めたというわけでもないだろうさ。今のところは国内向けへの実績作りといったところじゃないか?」
「外敵を作って国内統治に利用するとは聞きましたが、これもその一環ともいえるわけですね」
「そうそう。あとは、もしかするとガルドボーデン王国の騎士団が向かっているという情報がまだ伝わってない可能性もあるな。だから悠長に抗議だけしているというわけだ」
「王国の、というよりは王家の動きは、私たちにとっても予想外に早かったですから向こうがそう考えていてもおかしくはないですね」
「だろ? まあ、これはあくまでも想定を低く見た場合だから、実際には既に伝わっている可能性も考えて動いた方がいいけれどな」
相手の能力を高く見積もり過ぎて腰が引けるのも問題だが、弱く見積もり過ぎる方が問題だ。
結局はどちらのパターンでもいいように柔軟に対処していくしかない。
「あと。これは前にも言ったけれど、絶対に上陸だけはさせてはいけないな。間違いなく領有権を主張してくるからな」
「それもよくわかりませんよね。三隻の船で多く見積もっても百名程度。現在の島の人口よりも確かに多いですが、それが上陸しただけで領有権を主張するというのは」
「これも今言ったことを同じだろう。要は既成事実化することを狙っているだけのことだ。あとは何度も同じことを繰り返し主張することで、それを事実だと認めさせてしまうのだろうさ」
「いくら主張しても、事実と違えば意味がないでしょうに」
会話をしていくうちに呆れが進んで行く藤花に対して、ルーカスは曖昧に笑って誤魔化した。
ルーカスが持っている前世の記憶の中には、似たようなことをして既成事実化したことが何度も起こっていたのだから笑えない。
それが情報戦によるものだと言われてしまえばそれまでなのだが、だからこそ馬鹿らしいと無視してしまうと最悪はとんでもない結果を招くことになりかねない。
そうならないためには、まずは相手の主張の前提となる『島への上陸』だけは何としても防がなければならない。
「俺たちの立ち回りとしては、相手の思惑に乗らないようにすることが一番重要だからな。今は内部に余計な扇動に乗っかる人がいないことが有難い」
「確かに。島に住んでいる住人が少ないお陰で、変なことをしていればすぐに分かってしまいますから」
「それもあるが、帰属意識が強い人たちが揃っていたからな。本当にリチャード国王はいい仕事をしてくれるよ。移動先がただの小さな島だってのに、しっかりと言い聞かせてくれていたからな」
「逆にそれだとガルドボーデン王国にとって有利になりかねませんが……」
「それはそれでいいんじゃないか? 国家として独立しているならともかく、今は独立都市にすらなっていないレベルだからな」
「問題は国家レベルになったときですが……今から心配しても仕方ないですか。まずはしっかりと自らの意思で維持できるようにすることが先決ですね」
藤花が出した結論に、ルーカスも「そういうこと」と答えを返した。
島の運営を開始した当初はできる限り余計な思惑が入って来ないように立ち回っていたが、今では少し柔軟な対応に変わっている。
これにはリチャード国王の対応も影響しているが、何よりもガルドボーデン王国の貴族が考えていたよりも直接的に手を出してこなかったことが上げられる。
勿論だからといって油断するつもりなど毛頭なく、内政干渉に繋がるような動きをしてくれば対抗措置を講じていくつもりだ。
「確かに先の話をしすぎるのも良くないか。それに、恐らく午後には騎士団も到着するだろう。そうなれば、島の方ですることはなくなるさ。あとは王国にいる俺たちの仕事だ」
「はい。ですが、マスターご自身も出られるのですか? 私たちに任せていただいてもよろしいのですが?」
「折角学園が長期休暇に入っているからね。出られる限りは出るよ。交渉とかは任せるけれど、同席だけはしておく感じで」
「畏まりました。駐在員たちにはそのように伝えておきます。――フフ。彼らも驚くでしょうね」
「そんなに? 別に難癖をつけるつもりは無いんだけれどな。初めて外敵らしい外敵が来たんだから、しっかりと筋道だけは作っておかないといけないだろう?」
「そうですね。それも含めて伝えておきます」
普段通り学校に通う日であればいつも通りの日常を過ごすつもりだったが、今は幸か不幸か学校は休みになっている。
学校全体が休みになっているわけではないが、野営訓練に人手を取られているため訓練が終わっているルーカスたちは休暇を言い渡されている。
その休みを利用して、島で起こっていることをどう解決していくか見守って生きたいというのがルーカスの本音だ。
一度筋道さえできてしまえば、あとは類似の事件が起こってもルーカス自身が出なくても王都に滞在している駐在員だけで対処することが可能になる。
できる限りルーカス自身が関与することを今から減らして行かないと、将来島が大きくなっていった時には首が回らなくなってしまう。
今後のことはともかくとして、今は島に居付いている迷い船の対処をしなくてはならない。
王都に滞在しているという他国の貴族については、ルーカスたちが口を出せるような状態にはなっていないので気にしなくてもいい。
正直なところを言ってしまうと、王国の騎士団がついた時点でルーカスたちが出来ることは、その後の王国との交渉以外にはほとんど無くなってしまう。
このまま何事も無く騎士団に回収されて終わればいいとルーカスも考えていたが、そうは問屋が卸さないという報告を受け取ることになった。
それは、藤花との話を終えて一時間ほど経ったあとのことだった。
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是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。
m(__)m
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