(18)粗食

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 訓練初日の夕食は、筆舌に尽くしがたい結果となった。

 お湯を沸かす、配られた野菜と肉を同時にいれて煮込む、塩を入れて味を調える。以上。

 そんな調理で終わったのだから、どう考えても美味いと言えるわけもなく特に貴族の子供にとっては耐えがたいほどの味に思えたらしい。

 中には口にすることすら拒否する生徒も出たようだが、教師陣は特に注意をすることなく好きにさせていた。

 訓練期間は三日有るので、町に戻るまで空腹のままでいられるはずがないという思惑も見て取れる。

 何よりも二日目は、軽い運動を含めて体を動かすことが主体となっているので体がもつはずがない。

 教師の対応も慣れたものだったので、毎年のように繰り返されていることということがよくわかる。

 ちなみにルーカス自体は食料補給が満足に出来ない船の上の生活に慣れているので、味を無視して食事ができるという微妙な特技を持っているので問題はなかった。

 

 その一方で、やはりというかカイルをはじめとした貴族組は何とか苦労して飲み込んでいるありさまだった。

 ルーカスたちのいるグループにはカロリーナ王女がいるのだが、その王女でさえ同じものを口にすると言われてルーカスをはじめとした平民たちは驚いていた。

 どうやら初代国王からの伝統のようで、たとえ王族であっても訓練中は特別食が用意されることはない。

 そこまでするのかと驚くルーカスだったが、別に悪い慣習ではないと思っているので下手に口に出すつもりはなかった。

 

 ――とはいえ、ルーカスが口出しをするつもりがなかったとしても、相手から話かけられると答えなければならない。

「ルーカスはこういった食事は食べ慣れているのでしょうか?」

「食べ慣れていると言うと語弊があるが、初めて食べるというわけではないかな。船に長く乗っていれば、どうしても食事が制限されることがある。そういう時には似たようなものが出て来ることはあるかな」

「そう……。食べなくてはいけないと分かっていても、どうしても喉を通らなくて。何かいい方法はないでしょうか?」

「いい方法かどうかはわかりませんが、思い当る方法がないわけではありません」

 

 ルーカスがそう言葉にすると、貴族組だけでははなくアルフともう一人の平民も注目してきた。

 どちらも平民の中でも裕福な家庭に生まれているので、この食事には苦労していた。

 

「そんなに注目されても困るんだけれど……まあ、いいか。カロ……いや、カイル。一つ聞くけれど、食事をしていて誰かがいるせいで全く楽しく感じなかったことはないか?」

「何故私に……いや、そうか。確かにそういった経験はあるな。父上に怒られたときなんかでもいいのだろう?」

「そうそう。要するに、嫌な相手とか嫌なことがあって味が全く感じられないような経験って、誰しも一度は二度は経験しているんじゃないか? その時のことを思い出しながら食べてみるといい」


 食事の時の思い出したくもない経験を無理に思い出すようにと言われた面々は、そんなことをしてどうなるのかという表情をしながら渋々といった様子で手元にあるスープもどきを口にした。

 すると最初は恐る恐るだったフォークの動きがだんだんと早くなっていき、どうにかみられる程度の速度にまで上がった。

 どうやら自分の助言(?)が役に立ったらしいと、ルーカスは内心で胸をなで下ろしていた。

 

 ルーカスが言ったことは、詐欺的な要素も含まれている。

 要するに『不味い』という感覚に集中してしまっていたことに対して、別の情報を入れることによって一時的に問題から逸らしたわけだ。

 味覚自体を消すことは絶対に出来ないので、脳の処理を他の問題に集中させたともいえる。

 わざわざ同じ食事中という設定にしたのは、その時に感じていた味を思い出させるようにして今現在感じている味だと誤認させる意味もあった。

 結果的に『味がしない』と感じるような状態にまで持っていくことが出来たということになる。

 

「これならまあ、何とか……」

「ですが、姫。根本的な問題解決にはなっていませんよ」

「それは分かっていますよ、カイル。ですが、今はとりあえず目の前にある料理を片付けることに集中しましょう。明日以降は自分たちでどうにか手を入れていくしかないでしょう」

「……を料理と言うのは食材を作っている農民たちに失礼すぎるとは思いますが。とにかく姫が言いたいことは分かりました。――そういうことだそうだよ。ルーカス」

「いや、何故ここで俺を引き合いに出すかな。料理に関しては、俺じゃなく他に詳しい人はいるだろう? ――って、コラ。視線を逸らすなよ」

 

 ルーカスが周囲を見回してみると、グループの仲間たちはわざとらしく一斉に視線を逸らしていた。

 それを見てこれは期待できないと一瞬で悟ったルーカスは、辛うじて苦笑だけで収めていた平民二人を見た。

 

「二人とも、言われたものは持ってきたか?」

「ああ。ルーカスに言われた時は不思議だったが、とりあえず持ってきて良かったと安堵したよ」

「私も。上級生から荷物チェックが入った時に感心されたけれど、こういうことだったのね」


 ルーカスが話しかけた平民の二人は、アルフと女子生徒が一人ずつだ。

 その二人にルーカスは、事前にあるものを持ってくるように言っておいた。

 これは敢えて貴族組には伝えていなかったことなので、三人の話を聞いていた他の面々は首を傾げていた。

 

「ルーカス、どういうことだい?」

「いや、二人に少しだけ調味料を持ってくるようにお願いしていただけだよ。あと少しだけ手を加えれば少しはましになる……といいなあ」

「そこは断言してほしかったね」

「もともとの食材があれだからなあ。どうにもできないことだってある。あまり期待しないで欲しいかな」


 基本的に自分で料理をしたことがない者たちばかりが集まっているグループなだけに、劇的な変化を望むこと自体間違っている。

 前世の記憶のお陰で多少の知識があるルーカスにしても、元がひどい物を美味しくすることなど不可能に近い。

 ちなみに初日の夜食に関しては手を加えることを禁止されていたので、手を加えることはしなかった。

 二度目の食事からは手を加えることも許可されているので、隠れて味変するまでもないともルーカスは考えていた。

 

「――それにしても、粗食に耐えるためという目的は分かるが何故このタイミングなのだろうね。皆慣れない行軍行動で疲れていると思うのだが?」

「むしろこのタイミングだからだろう?」

 カイルが思わずといった様子で口にした言葉に、ルーカスが答えを出すと貴族組の視線が集まった。

「いや、何故ここで疑問に思うかな。そもそも君らのように歩くことに慣れていない人からすれば、今が一番疲れのピークに来ているじゃないか?」

「それはそうだろね。ただそれに意味があるのかい?」

「多分だけれど、今回用意された食事は少し前に習った王国が建国する時にあったいざこざの時に口にしていたものだと思うんだ。その味を忘れないようにと訓練内容に組み込まれているんじゃないか?」

 

 今は周辺国家と比較しても大きな力を持っているガルドボーデン王国だが、建国の際やこれまでの歴史でも武力的な衝突が全くなかったわけではない。

 その歴史上にあった苦労を偲ぶために敢えて貴族平民に関わらず粗食に耐えることを教えているのではというルーカスの推測に、貴族組は何かを感じ取ったのは残っていた最後の肉片を口にするのであった。




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m(__)m

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