(17)キャンプ事情

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 王都の外壁にある城門の一つから離れて二十キロ。

 そこが中央の学校で毎年行っている学校行事の一つである野営訓練が行われる場所になる。

 たかが二十キロ。されどニ十キロ。

 普段から生きるために自らの足で歩き回っている平民ならともかく、蝶よ花よと育てられた貴族の淑女たちにとってはとんでもない距離に変り果てる。

 王国には女性騎士も存在しているので中には鍛えている女子もいるのだが、あくまでも全体からすれば一部でしかない。

 多くの女性貴族の子供は、自らの足で遠くまで行くということすら経験したことは無いはずだ。

 これが馬に乗ってというのであれば、貴族の嗜みとして乗りこなす子供たちも多いだろう。

 だが学校行事である野営訓練はあくまでも歩きで向かうことが基本となっているので、多くの貴族の子弟は慣れない徒歩による長距離移動に苦戦することとなる。

 

 ――というところまでが学生側の事情で、実際に訓練を実施している学校側はもう少し事情が違って来る。

 そもそも野営訓練は毎年行っている行事なので、生徒たちがどういう状態になるかなど大体はお見通しだったりする。

 さらに言うならば、そもそもニ十キロという設定も幾度も行ってきた経験から割り出された距離になる。

 この距離ならばなんとか行けると確信しているからこそ、一部の弱音を吐く生徒たちを鼓舞しながら目的地へと向かっていた。

 

 普段は馬に乗ることが推奨されている貴族の子弟が歩かされるのには、きちんとした理由がある。

 特に騎士を目指している者たちは、学校を卒業するなり騎士見習いとしてルーカスの知る世界では士官一歩手前の立場になる。

 勿論そこでも厳しい訓練を受けることになるわけだが、それでも卒業してすぐに人を纏める立場になることに違いはない。

 その段階に至る前に、歩兵の苦しみを少しでも知ってもらうという意味がある。

 

 ただしこの建前とは別に、一つだけ例外が存在していた。

 その例外が何かといえば、ベルタのように騎乗できる星獣を得ている生徒は星獣に乗ったまま移動して構わないということだ。

 星獣使いや星獣士と呼ばれる存在は、軍の中にあっても特別な存在になるため生徒である今から例外扱いされる。

 ただあくまで『例外』であって特別扱いではないのだが、中には勘違いする生徒が出て来ることは年齢から考えても仕方のない面はある。

 勿論そんな生徒が放置されるわけもなく、しっかりとした指導が入ることになるのだが、それは野営訓練とは別の話になる。

 ちなみにツクヨミは騎乗できるタイプの星獣ではないため、ルーカスは当たり前のように徒歩で参加している。

 ……頭の上にツクヨミを乗せながら。

 

 とにもかくにも目的地に着いた一行は、少しの休憩を挟んでからそれぞれの行動を起こし始めた。

 四学年の生徒は色々とすることがあるが、一学年が最初にすることは寝床を確保するためにテントを張ることだった。

 一口にテントといっても実際に行軍する際に使われるので、一つのテントで十人が寝泊まりできる大きなものになる。

 王国においては、これ以上の大きさのテントは存在しない。

 

「――うーん。皆、苦労しているみたいだね。私たちはルーカスがいてくれたお陰で早めに終われたけれど」

「カイルの読みが見事に当たったということだろうあ」

「アルフの言葉は嬉しいけれど、誰にでも分かっていたことだろう。私としては、むしろ先生たちに他のグループへの助言は無しと制限されたことが痛かったな」

「最初の予定だと俺たちがさっさと終わらせて、他のグループの手助けをすることになっていたからな」

「私たちの話を知っての言葉ではなく、例年同じようなことを考えて行動するグループが出て来るからこその対応のようだね」

「さすがに毎年やっているだけあって、学校側も対策済みだったのは痛いな」


 そんな会話をしているカイルとアルフのことを気にしつつ、ルーカスは他のクラスメイトの様子を見ていた。

 三十人いるAクラスは、三つのグループに分かれてテントが割り当てられている。

 その内の一つはルーカスのいるグループはいいのだが、残りの二グループは中々に苦労しているようだった。

 ルーカス以外に大型テントを立てたことがある生徒がいなかったので、仕方ない結果ではある。

 

「――うーん。もたもた持たしているのを見ていると、どうしても口出ししたくなるな」

「ルーカス、駄目だからな。というか、口出ししたいのは先生たちも同じだろうな」

「確かにアルフの言う通りだろうな。さっきからこっちをちらちらと見ているし」

「あれは俺たちのクラスを見ているというよりも、他のクラスを見ているついでじゃないか? まだ八割以上建てられてないみたいだし」

「まだ時間に余裕はあるとはいえ……下手をすると夕食を食いっぱぐれたりするんじゃないか?」

「ルーカスもそう思うかい? 私もそう思う」


 ルーカスとアルフ、カイルの三人は顔を見合わせてからほぼ同時にため息を吐いていた。

 ちなみにこの行軍訓練では、男も女も関係がないということでテントでの寝泊まりも男女混合で寝ることになっている。

 それを知ったルーカスはそんなことをして大丈夫なのかと疑問に思ったりもしていたが、他の生徒たちはそれが当たり前と受け止めていたので口に出すことはしなかった。

 

 町や軍が常駐している駐屯地などから一歩外に出れば、いつ魔物に襲われてもおかしくない世界。

 厳しい環境であるがゆえに、軍の行動において男女を分けて行動するなど非効率的なことをする余裕などない。

 さらに付け加えると、そんな環境で発情するような人材はそもそも軍人として不適格として弾かれる。

 

 それだけならまだしも、軍事行動の最中にことに及ぼうとすれば、それだけで当人を含めた一家全員が裁かれることになる。

 連座制が当然のように機能している世界で、個人の欲望を満たすためだけで行動するとそれ以上の処罰が待っているわけだ。

 だからこそ生徒同士がそれぞれを監視している状態になって、結果として抑止力が働いている。

 もっともそんなものに頼らなくとも、エリートが通っている学校なだけにそんな馬鹿な真似をする輩はいないため、これまでも性的な問題が起こることは無かった。

 

「それにしても、先輩たちはさすがだな。四回目ともなれば手慣れたもんだ」

「テント張りもそうだけれど、そもそも体力の減りが全く違うからね。女子の先輩方も既に別の作業を始めているよ、あれは」


 ルーカスたちがいる一学年とは違い、四学年の生徒たちは既にほとんどがテントを張り終えて別の行動を始めている。

 四学年ともなれば専門性に分かれて教育を受けているので、護衛についたり後方任務に就いたりとやっていることは様々だ。

 一学年を囲うように陣取っている四年生は、端から見ていても全く違った訓練内容になっていることがわかる。

 もしかすると自分たちが必ず行うであろうことを見せる目的もあるのかもしれないと、そんなことを考えるルーカスだったが、如何せん最初のテント張りに苦労しているので効果があるのかは疑問が残る。

 もっとも何をやっているか具体的には分からないにしても、既に多くのテントが立っていることは否が応でも視界に入って来るので、自分たちとの差は実感しているはずだ。

 ……その事実が余計に焦りを生んでしまっている可能性も否定は出来ないのだが。

 

 四年生たちがてきぱきと動いているのを横目に、どうにかこうにか一年生たちもテントを立て終わる者たちが出て来た。

 Aクラスでは最後の一組が建て終わったのは夕食を作り始めるギリギリだったのだが、幸いにもルーカスが手出しをすることなく自分たちの力だけで立て終えることが出来ていた。




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