(12)テリーの追加説明

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 爆走少女ベルタとの会話は、時間にして十分ほどで終わった。

 ベルタとしては、儀式のときに見かけたはずのルーカスがいないことを不思議に思っていて、いつか見かけた時には話しかけようと考えていたらしい。

 もっと厄介なことになると考えていたルーカスは内心で安心したものの、だったら何故あんな非常識な行動をと首を傾げる結果となった。

 ベルタと別れてからアルフとエルッキに確認してみたが、二人とも首を傾げるだけで終わったため、結局分からずじまいまま午後の講義の時間を迎えた。

 そしてその疑問が解消されたのは、それぞれの講義を終えてAクラスの教室に戻ってきてからのことだった。

 

「え……? 星獣に乗っての移動って禁止されていないのか?」

「少なくとも私は聞いたことがないね。カロリーナ王女はいかがでしょう?」


 少し唖然としたルーカスに対してそう答えたのはカイルで、そのカイルから問われたカロリーナも小さく頷き返していた。


「わたくしもありませんね。ただ疾走していいとも聞いたことはありませんが」

「そうだね。というよりも、何故ルーカスたちが駄目だと判断したのか分からないのだけれど?」

「あれ? 俺たちの感覚の方が間違っているのか」

「間違いと言うほどでもないかな。そもそも私たち貴族は馬で移動することが基本となっているからね。校内を乗馬して移動する者はほとんどいないが、馬車は通っているだろう?」

「あ、ああ~、なるほど。そう言われてみれば、そうかも。だから疾走は見ないとカロリーナ王女も言ったのか」

「そういうことだね。さすがに馬に乗って駆けると事故が起こると大きな騒ぎになりかねない。それに、そもそも緊急時でもない限りは馬で駆けることなんてしないよ」

「そういうことか。――いや、待てよ。だったら何故、テリー先生ははっきり駄目だと言ったんだ?」


 ルーカスが星獣に騎乗しての爆走は非常識だと判断したのは、星獣クラスの教師であるテリーからの教えにもとになっている。

 アルフとエルッキはそれに引きずられていたので、大元はルーカスの勘違いから始まっているともいえる。

 となると問題になるのはルーカスが聞いた講義の内容というわけになるわけだが――。

 

「それは単純に、うちのクラスでは貴族の星獣持ちが多いからだね」

「あ。テリー先生、すみません。すぐに席に戻ります」

「構いません。まだ少し時間が早いからね。それよりも折角ですから、あなたたちが話していたことを補足させて欲しいかな」

「それはこちらとしても願ってもないです」

「そうかい。それは良かった」


 テリーと会話をしていたのはルーカスだったが、他の生徒たちも興味を持っていたのか聞き耳を立てている。

 それにしっかりと気づいているテリーは、苦笑しながら授業をするときのような大きさの声で説明を始めた。

 

「僕が校内での星獣の騎乗禁止を言ったのには二つ……いや三つほどの理由がある。一つは人に当たったなどの事故が起こる可能性があるということ。二つ目はそもそも星獣専用の敷地があるのにわざわざ人用の土地に出て来る必要がないからだね。この二つについては、僕が言わなくても何となく分かってくれていると思う」

 当たり前といえば当たり前すぎる理由に、周りにいた生徒たちも当然だろうという顔をしていた。

「そしてもう一つの理由なんだけれど、実はこっちの方が大事だと僕は考えている。カロリーナ王女、分かるかい?」

「えっ、わたくしですか!? ……すみません。わかりません」

「ハハハ。謝らなくてもいいよ。多分分からないだろうと考えて聞いたんだよ。それは別にカロリーナ王女が勉強不足だと考えてのことじゃない。恐らくここにいる全員がそうだと思う。貴族にとっては当たり前すぎて。それ以外は逆に知らないことが当たり前すぎるからだね」

 貴族とそれ以外で大きく違いがあると言われた生徒たちは、何のことが分からずに首を傾げていた。

 

 生徒たちが考えるのに十分な時間をとってからテリーはさらに続けた。

「――分からないか? 言葉にして言ってしまえば簡単なことだよ。『貴族は馬に騎乗すること』この考え方が根付いている証拠なのかもしれないね」

「「「あっ!!」」」

 テリーの説明を聞いて、貴族の生徒たちがハッとした表情になっていた。

 逆にルーカスをはじめとした平民組は、益々意味が分からないという顔になっている。

 この違いが、まさしく先ほどテリーが説明した貴族とそれ以外の違いに当たることだ。

 

「僕はあまりこういう分け方をするのは好きじゃないんだけれどね。こればかりは各家庭の教育の違いだから仕方ないとは思う。平民の子たちにも知って欲しいから言うけれど、私たち王族や貴族は移動するときには基本的に馬か馬車に乗ることが当然とされているんだよ」

 そう前置きをしたテリーは、貴族にとっての馬の立ち位置を説明し始めた。

 

『貴族は生まれた時から馬に乗るよう訓練している』と半ば揶揄されるくらいに、日常で馬に乗って生活をしている。

 何故それほどまでに馬にこだわっているかといえば、単に見栄を張るためだけではなく、少し大げさにいえば馬という種を存続させるためだったりする。

 人々が暮らしている場所が島とはいえ、王国自体は歩きだけでは相当数の時間がかかるだけの広さがある。

 いざという時には馬がいた方が早く移動できるのは間違いないので、貴族が馬に乗って移動すること自体は何も不思議なことではない。

 

 島の上に暮らしているとはいえ広さはかなり広いので、馬での移動がすぐに無くなるわけではない。

 さらにいえば、馬を使っての大規模な戦闘というものが発生することがない。

 大陸という広大な土地が近隣にもない以上、馬を使うことのメリットが大分軽減されている世界ともいえる。

 もっともこちらの世界に暮らしている人々は、大陸がないのが当たり前の世界で生きているためこれらの話はあまり生活に直結している話ではない。

 

 ――ということをルーカスはテリーの話を聞きながら考えていた。

 そもそもこちらの世界では大陸はないので、広大な土地というのが現実として想像できない。

 四国程度の広さのガルドボーデン王国でさえ大国として見られているのだから当たり前の感覚だろう。

 ルーカスの記憶にある日本ほど山に覆われている国土ではないが、それでもモンゴルなどに代表されるような広大な平原というは中々実感できないはずだ。

 

 そんな環境に置かれているガルドボーデン王国おいて種の保存という名目で馬の地位が高くなっているのは、初代国王の意向が強く影響されているためだ。

 初代国王が馬好きだったかどうかは今となっては不明だが、貴族は馬に乗るものという意思が反映されていることは間違いない。


「――そんなわけで、たとえ星獣を持っていても移動は馬というのが貴族にとっての当たり前でね。校内で星獣に乗らないようにと敢えて言ったのは、どちらかといえば貴族向けの言葉になるのかな」

 テリーが説明の締めくくりにそう言うと、話を聞いていた生徒のうち何人かは納得した様子で頷いていた。

 馬に乗らずに星獣に乗っていると周りの目が厳しくなるというのであれば、教師であるテリーが敢えて駄目だと断言した理由も理解できる。

「といっても馬と同じように校内で駆けるのは星獣であっても駄目なんだが……それは担当の教師に任せることになるか」

 一瞬厳しい顔をしたテリーを見て、ルーカスを含めた生徒たちは爆走少女ベルタのこれから先の処遇についてある程度察して遠くを見る目になった。




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