(3)狙い
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エルアルド王子との会話を終えたルーカスとカイルは、王子が用意してくれた馬車に乗って学校の寮までの帰途についていた。
カロリーナ王女は今夜は城に泊まって行くということだったので、同行はしていない。
その馬車に乗り込むなりカイルがルーカスに少し呆れたような視線を向けてこう言ってきた。
「――はあ。君には本当に驚かされたよ。ああいう話をされると予想していたのかい?」
「まさか。朝にカロリーナ王女から呼ばれた時には想像もしていなかったよ。ただいつ言われてもいいように、準備をしていただけだよ」
「それを予想していたというのじゃないかい?」
「それだけ事前準備は大事ってことだね」
呆れが混じったままで突っ込んできたカイルに、ルーカスは少しだけ視線を外しながら答えた。
つい忘れがちになるルーカスだが、そもそも学校の同級生ということはカイルも年齢的には中学生に上がったばかりの少年でしかない。
貴族教育を受けているとはいえ、いくら何でも大人として会社員時代を過ごしてきた記憶があるルーカスに適うはずがない。
何かの事情で子供の時から実務をこなし続けて来たということなら別だろうが、普通はそんな状況に陥る貴族などいない。
ルーカスに自身が持つ一番のチートは何かと問われれば、『前世の記憶があること』と答えるだろう。
「事前準備か。そんなことも分からない私が実権を持つように言っていたが、本当にいいのかい?」
「ああ、それか。大丈夫大丈夫。どうせ公爵本人のチェックが入ることは間違いないんだから、そうそう大きな事故とかも起きないだろうね」
「随分とあっさり言うね。その公爵の影響力をなくしたいから私を指名したのでは?」
「どうせ完全に無くすことは不可能だからな。それに、そもそも王家が渡そうとしている権利は、島に対してそこまで大きな影響があるわけじゃない。実務を経験する場としてはちょうどいいと思うな」
「……それを見越したうえでの先ほどのエルアルド殿下との会話か。私もまだまだ学ぶべきことが多いな」
「考えたくはないけれど、これから俺もカイルもそういう会話が増えていくだろうさ。そう考えると否が応でも慣れていくしかないな」
独特の単語だったり言い回しなどは、貴族に限らずどこの業界でも存在している。
そうしたことを学ぶために、中央の学校では社交の時間を確保しているのだ。
とはいえ子供の時からそうしたやり取りを聞いてきた貴族の子供たちが有利な位置にいるのは、紛れもない事実だろう。
だからこそ学校の入試でも加点があったりするのだが、それが良いのか悪いのかは議論が分かれるところではある。
「やれやれ。君と私は同い年のはずなんだが、どうしてこうも違うかな。――それはいいとして、何故私を指名したんだい?」
「うん? ごく単純に、クラスメイトであれば議論が分かれても話し合いの場は作れると考えたからだよ。相手が公爵になると簡単に会うことも出来ないからね」
「それだけかい? エルアルド殿下との話を聞く限りでは、それ以外にも何かあるように思えたよ?」
「それは、そこまで難しい話じゃないな。王家にとっても俺にしても、独占状態を続けるにはリスクがあり過ぎる。だからいずれはどこかと新しい契約を結ばなければならなかったというだけのことだ」
新たな相手としてホルスト公爵家が選ばれたことにもきちんとした理由があるのだが、ルーカスは敢えてそれは言わなかった。
折角なので、巻き込んだカイル本人にも気付いて欲しかったためだ。
「けれどそれだとホルスト家が選ばれた理由が……そうか。ここであの噂が関わってくるわけだね」
「噂? 俺は貴族との繋がりは薄いから、そっちで流れている話はほとんど知らないと思ってもらった方がいいぞ?」
「それは……確かにその通りだね。ルーカスと話をしていると大人の貴族と話しているようで、つい忘れがちになるけれどね。今私が言った噂というのは、ハバルフスト公爵に関する話だよ」
「へー。それはそれは。俺には雲の上の話みたいだなあ……」
何かを追求するように楽しそうな表情を浮かべたカイルに対して、ルーカスはわざと視線を逸らした。
あからさまにも程がある態度ではあったが、カイルは不快になるでもなく益々笑みを深めた。
「何を言うかな。そもそも私とこうして話を出来ている――どころか、対等以上の話が出来ている時点でおかしなことなんだよ?」
「それを言うならクラスメイトのほとんどがそうじゃないのか?」
「フフ。確かにね。一部は暴走しかけた者もいるみたいだけれど」
「そういえば、あの時にはカイルはいなかったみたいだけれど、何か家の用事でもあったのか?」
「そういうことになるのかな。単純に領地から来るのに思った以上に時間がかかってしまっただけだよ。ギリギリまで粘ったこちらも悪いんだけれど」
「入試から入学まで時間があったとはいえ、一旦領地に戻っていたのか。貴族は大変だ……いや、それは地方組も同じか」
地方組とは普段王都に暮らしているわけではなく、地方に実家がある生徒のことを指している。
地方出身だからといって差別のようなものがあるわけではないが、やはり王都で生活する上で差が出て来ることもあるためにそう呼ばれている。
「そうだね。ただ私の場合は急な用事が入ったからというのもあるけれど……それは個人的な理由でしかないかな」
「ふーん。そういう自由が認められるところが学校の良いところかな。いや、単位制を取っているからかな?」
「どうだろうね。中央の学校の生徒は各地から集まっているから、割と柔軟に対応しているとは思うよ」
中央の学校では、単位さえ取得できればその講義の出欠にはこだわっていないところがある。
ただし、そもそも講義を休んで単位を取るくらいなら年度の初めにあるスキップ制度で先に単位を取ってしまうことの方が普通の考え方だ。
「――少し話が逸れてしまったね。それで、私を指名した理由は? はっきり言ってしまえば、私と君はそこまで親しいというわけではないだろう?」
「それはそうだけれど……ああ、そうか。多分カイルは少しだけ勘違いをしているのかもしれないな」
「勘違い?」
「そう。そもそも今回の話って、親しいことを狙って話を有利に進められるとかいうことじゃないんだよ」
「……どういうことだい?」
「王家が持っている権利の一部を譲渡すると聞くと大きな話に聞こえるかもしれないけれど、恐らく港の利用に関する権利になるはず。元から利用できる数に限りがあるのだから、交渉も何もないんだよ」
「要するに、決められた数だけ王家から譲り受けて公爵家ではそれを管理していくというわけかい?」
「そういうこと。言っておくけれど、港なんてそうそう簡単に拡張できないから数自体を増やせということも出来ないからな」
港に停泊できる船に限りがある以上は、どうごねたところで利用枠を増やすことなどできない。
私的に土地を買い取って自ら新しい港を開発できるのであれば話は別だが、今のところそれは認めていないし、ルーカスがそれを認めればその話に真っ先に乗るのは王家になるはずだ。
土地を貸してその地代だけでウハウハということもできなくはないが、先のことを考えるとあまりいい方法だとは考えていない。
とにかく今回の話は決められた枠内でどう船を運用していくのかという話になるので、そこまで難しいかじ取りをすることになるわけではない。
少なくとも広大な領地などを任されるというわけではないので、将来公爵家を継ぐことになるはずのカイルにとってはちょうどいい経験になるはずである――とルーカスは願っていた。
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※(4)話からは通常通り一日おきの投稿に戻ります。
ギフト、ありがとうございます。
是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。
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