(2)私的な会話?

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 ガタガタと揺れる馬車の中、ルーカスは婚約者同士の二人と学校についての話をしていた。

 といっても特に何か変わったことを話しているわけではなく、どれそれの講義がどうだったとか、それこそ異世界の日常でも行われていた取り留もない会話だ。

 ツクヨミが来た当初は学校に通うことに難色を示していたルーカスだが、やはり通い始めてしまえば楽しくもなってくる。

 エルッキやアルフほどではないにしろ、仲良くなってきたクラスメイトがいるので猶更だ。

 当初考えていたクラスメイトからの打算まみれの接触もほとんど無く、予想以上に快適に学校生活を送れている。

 それは王族や上級貴族の一員であるカロリーナやカイルにとっても同じようで、それぞれに今しかできない経験を満喫しているようだ。

 余談ではあるが、王都の道は綺麗にならされていて平らなところが多いが、舗装などされているわけではないので揺れるところは揺れる。

 それでも馬車が通る道は人が多く行き交う道ということもあって、揺れ自体はそこまで大きくはない。

 

 学校の敷地から揺られること数十分もすれば王城の門まで着いて、そのままチェックもなしに中へと通ることができた。

 当たり前ではあるがカロリーナが使っている馬車は王家が使っているものになるので、最初からチェックはされないことになっている。

 もっとも学校帰りで使っているだけだと分かっているからということもあるだろう。

 これが王都外から来た馬車であれば、たとえ王族の馬車であってもチェックされる場合がある。

 

 城門から王城まではそれなりの距離があるので、その道も馬車で進んでから三人揃って城の中へと入った。

 今回呼ばれているエルアルド殿下は、学校を卒業してすぐに公務についているため会う場所も私室がある離宮ではなく王子のために用意されている執務室になる。

 本来であればその執務室に入るためにも厳しいチェックを潜り抜けなければならないのだが、ここもカロリーナがいることでノーチェックだった。

 勿論カロリーナがいるからだけではなく、事前に警備の騎士たちに通達が来ているからという理由もある。

 

「――やあ、よく来たね。カロリーナとカイルもお疲れ様」

「お兄様。お疲れ様はよろしいですが、立ったままにさせるおつもりですか?」

「そんなわけないじゃないか。さあ、こっちに来て座って」

 カロリーナに促されてエルアルドが示した先には、派手ではないものの一目で高級だと分かるソファとテーブルが置かれていた。

 

 二人が知り合ってからしばらく経つが、実はルーカスがエルアルドの執務室に入るのは初めてのことになる。

 ルーカスとエルアルドが話をするときには、基本的にリチャード国王が一緒のときだったためだ。

 国王が同席していないときに話をするのは、以前のように用意された会議室を使う公的な用事がある場合がほとんどだった。

 もっとも執務室に呼ばれたから何があるというわけではなく、ただ単に便宜上の問題だけで特に意味があるわけではない。

 

 四人が席に着いてからしばらくは、取り留めもない学校生活についての会話が行われた。

 基本的にはエルアルド王子が質問をして、それに対して三人が交互に話をするという感じだった。

 流石というべきか、エルアルド王子の話の運び方が上手いお陰で退屈するどころかルーカスとしても楽しい時間を過ごすことが出来ていた。

 カロリーナ王女やカイルも時折笑顔を浮かべたりしていたので、たとえ王女や公爵家の跡取りという立場のことを考慮したとしてもルーカスと同じように楽しんでいる様子だった。

 

 そんな学校生活についての話が一段落した時になって、エルアルド王子がふと思い出したような表情になって言った。

「そういえば、これはまだ決定事項ではないことを前提に聞いて欲しいんだけれど、少し聞いてもらえるかな?」

「そう仰るということは、中継港に関する話でしょうか?」

「さすがルーカスだね。その通りだよ。この場に三人が揃っているからということでもある」

 

 まさかこの場で公的な話が出るとは考えていなかったのかカロリーナ王女とカイルは顔を見合わせていたが、ただの私的な話をするだけでわざわざ呼び出したりはしない考えていたルーカスは特に疑問に思うことなく納得していた。

「ハハハ。そこまで身構えるようなことでもないよ。あくまでも正式決定する前の確認段階の話でしかないから。――それでその話というのは、今王家が持っている中継港を利用する権利の一部をホルスト公爵家に譲るという案が出ていてね。どんなものかと聞いてみたかったんだ」

「そろそろそういう話が出てきてもおかしくはないと考えていましたが、確かにちょうどいいといえばそうかも知れませんね」

「お? わざわざルーカスがそう言うということは、構わないと考えているということかな?」

「どうでしょうね。条件次第ということにはなりますが、前向きに検討しますよ」

「やれやれ。そんな貴族的な発言は、君には向いていないと思うけれどね」

 わざとらしく勿体つけて言ったルーカスに対して、エルアルド王子は楽し気な表情を浮かべて返してきた。

 

「――そんなことはいいとして、条件というのは?」

「そうですね。最終決定権をカイルが持つというのはどうでしょう? 勿論、公爵本人が上に立つことも許しません」

 こんな提案通るはずがないと思いつつ言ったルーカスだったが、案の定というか言われた本人が一番驚いていた。

「ちょっと待て、ルーカス。どういうことだい?」

「ハハハ。ルーカスらしい提案といえばそうなのだろうね。でも確かにこちらとしても面白い提案ではある」

 ある程度ルーカスの狙いも分かっているはずなのだが、エルアルドは余裕の表情を浮かべていた。

 

 ルーカスの狙いとしては、公爵という多大な影響力を持つ人物本人に決定権を与えたくはないということとクラスメイトという立場とより簡単に接触が出来るということがある。

 公爵当人が決定権を持てばその他多くの執務の中の一つとして考えてバランスを取ることを考えて動きそうだが、今のところ実務を行っていないカイルに実権を与えることに意味があるとルーカスは考えている。

 勿論それでカイルが常にルーカスの味方のような立場に立つとは限らないのだが、それでも現公爵に決定権を持たせているよりもましだろうと。

 それにこれに公爵が反発すれば話自体をなかったことにできるので、公爵家を含めた貴族たちからの突き上げも抑えることができる……はずだ。

 恐らくであるがこの話を持ってきたエルアルド王子とその背後にいるであろう王家は、貴族からの突き上げを軽減することを狙って提案してきているはずだ。

 その証拠がエルアルドの態度で、ルーカスと同じような考えを持っていることがわかる。

 

「カイルもそこまで気にすることはないよ。今のところは、あくまでも提案にもなっていない雑談の中で出て来た話だ。当然公爵本人にも話を聞いてみないと意味がないからね」

「ハッ。それでよろしいのですか?」

「構わないよ。公爵がこの話を蹴ったところで、特にこれまでと大きな違いはないからね」

 

 笑みを浮かべながら言ったエルアルド王子だったが、その顔は恐らく蹴らないだろうと言っていた。

 王位継承者としての教育を受けて来たエルアルドだけに、表に表情を出しているということは想像に難くない。

 その意味をカイルが理解できるのは、もう少し先のことなのであった。




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