第2章

(1)エルアルド殿下

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「――ハイ! ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー。そこでターン! そのまま流れるように! ……はい、ストップ! それでいいでしょう」

 ダンス教師の言葉に、ルーカスはお相手女性の手を離して「ありがとうございます」と声をかけた。

 このお相手女性は王族が用意してくれたダンスを学ぶための相手で、ルーカスがダンスを学ぶときには毎回お相手をしてくれている。

 王家が用意した相手だけに当然のように貴族家のご婦人で、旦那様はお役所勤めをしているれっきとした既婚者だ。

 最近のルーカスは、三日後に行われる中央にある学校への入試に向けて、三日に一度は城を訪ねてきてダンスや礼儀作法を学んでいる。

 それ以外にも歴史などを含めた座学も教わっているので、中々に過密スケジュールな日々を過ごしている。

 ここ二か月ほどは船での探索も行けていないのだが、それ以前のルーカスの生活からは考えられない状況になっていた。

 もっともこの生活はルーカスが望んだことなので、不満を漏らすことなく試験に向けて精力的に動いている。

 

 一旦休憩との声がかけられたのでお相手の女性と教師がいる場所へと向かおうとすると、そこでパチパチという拍手が聞こえて来た。

「以前見た時とは比べ物にならないくらいに上手くなっているね。さすがと言うべきところかな?」

「これは殿下。わざわざこちらまでお越しとは、何かございましたか?」

 拍手をしてきたその男性はエルアルド(通称アル)殿下で、王位継承権第二位を持つ紛れもなく王子様(王孫)だった。

 ちなみに王位継承権第一位は彼の父親で、リチャード国王の長男になる。

「ああ。王が呼んでいるからついでにこちらまで来てみたんだ。私も一緒に呼ばれたのでついでだね」

「リチャード国王が? 殿下と一緒ということは何か緊急の事態でも起きたのでしょうか?」

「さてね。特に何かが起こったという話は、私も聞いていないな。恐らく二日後に行われる学校の試験についてだと思うよ」

 エルアルド殿下は既に学校を卒業しているのでわざわざ同席させるだろうかとルーカスは内心で首を傾げたが、確かにそれ以外には思いつかないなと納得することにした。

 

 殿下はダンスの講義が終わるころを見計らって来ていたので、二人は揃って王が待っているという執務室へと向かった。

 もっとも二人といっても当然のように殿下には護衛がついているので、実際には同行者は何人も着いて来ている。

 とはいえ向かった先は国王陛下の部屋になるので、彼らは部屋の中まで着いて来ることは無い。

 部屋にはきちんと国王の近衛がいるので、ある意味王国内ではもっとも安全な場所だといえる。

 

 ルーカスがエルアルドと顔見知りになったのは、当然というべきかリチャード国王の仲介があったからだ。

 リチャード国王としては、いずれ国を継ぐことになるであろうエルアルドとルーカスの関係が良くなることを狙って二人を会わせていた。

 エルアルドの年は十七歳でルーカスよりも四年ほど離れていることになるが、年齢的には二人の付き合いが長くなるだろうと予想をしてのことだ。

 紹介されてから短期間で二人の仲が良くなったのはリチャード国王としては少し予想外だったのだが、別に悪いことではない――どころか今後のことを考えればいいことだと歓迎している。

 

 そんなエルアルドに連れられたルーカスは、既に何度も訪ねている国王の執務室へとやってきた。

「陛下。ルーカスを連れてまいりました」

「うむ。良く来たな。――と、今更取り繕うような関係でもあるまい」

「ルーカスは今礼儀作法を学ぶために来ているので、きちんとした態度は見せるべきかと」

「確かにその通りではあるが、それを言うと余とルーカスは同等の立場と考えてもおかしくはないのだがな」

 エルアルド殿下には既にルーカスの立場を知っているので、リチャード国王もほとんど隠し事をすることなく話をしている。

 浮遊球のことはまだ話してはいないようだが、ルーカスが自由に出来る土地を得ていることはエルアルドも知っている。

 

 これまでの経験で二人のじゃれ合いがいつまでも続きそうだと判断したルーカスは、多少無作法になると分かっていながらもここで敢えて口を挟むことにした。

「陛下。お呼びだと聞いて伺いましたが、何か緊急の事態でも発生しましたか?」

「ああ~、そうだったな。ルーカス、以前余に提案してきたあの話だが、許可が降りたぞ」

「あの話というと、護衛の件ですか」

「うむ。何人かは渋い顔をしておったが、少なくとも表立って妨害してくるような真似はすまい。もし邪魔立てするようであれば、排除するのにちょうどいい機会になるであろう」

 そう言いながらリチャード国王はうっすらと笑みを浮かべていた。

 

 ルーカスがこれから通おうとしている学校は、条件を満たしている者は護衛を連れて行くことが可能になっている。

 身分によって連れて歩ける人数など細かく決まっていることはあるが、王種を得ているルーカスはその条件に当てはまっているため護衛を連れて行くことが出来る。

 別に護衛など要らないといえばそれでも良かったのだが、ルーカスは敢えてとある護衛を連れていけるかを国王に確認していた。

 その護衛が誰かといえば浮遊球の管理者である藤花のことで、国内での管理者たちの差別的な言動を考えて国王に相談していたというわけだ。

 

 リチャード国王の言葉を聞いて、エルアルドが少しだけ考えるような顔になっていた。

「父上。目的はわかりますが、それをルーカスのような子供に任せるのは……」

「ハハハ。アルよ。そなた、がその辺にいるような子供に見えるのか? きっちりと教育を受けている王族や高位貴族の子供たちよりも大人顔負けの対応をするのだぞ?」

 いきなり『コレ』扱いされたルーカスだったが、小さく苦笑をするだけでそれ以上は文句を言うこともなかった。

 これまでの期間で何度も国王とやり取りをしていて、こうした物言いにも既に慣れてしまっていた。

「エルアルド殿下。言い方は少しアレですが、色々と問題があると分かっていてこちらから敢えて頼んだことですので、是非ともこの機会を利用してリチャード国王には是非頑張っていただきたいところです」

「いや、言いたいことは分かるのだが……とはいえ、その色々な問題があるとこちらとしても不利益を被るのでは?」

「アル。それこそ気にするな。ルーカスが学校で受ける迷惑などたかが知れておる。精々外野からコソコソと陰口を言ったりする程度であろう。実害があれば、それこそ警護の者が動く事態となる。そうなれば大手を振ってこちらから介入できるであろう。……出来ればそんな事態は起こってほしくはないがな」

 

 学校に通う子供たち同士のやり取りならともかく親が直接出張って来ることになれば、それこそリチャード国王なりエルアルド殿下が表に出て来ることになる。

 国王が言っていることはそういうことで、口約束とはいえこうして表立って言葉にしてくれていること自体がルーカスにとっては有難い。

 この国王との約束が無かったとしても藤花を護衛として連れて行くと決めていたので、ここでの国王の言葉は明確な賛同者を得たことになるためだ。

 国王としても浮遊球の管理者の立場を魔族と蔑んだままではいけないと考えていたはずなので、今回のルーカスの提案は渡りに船だった面はある。

 とはいえルーカスとしても管理者の立場を改善していくという目的のために学校へと連れて行くことを決めたので、国王の思惑に乗る形になったとしても全く問題はない。

 

 そして、エルアルドも両者の考えが一致した状態の決定だと理解しているのか、渋い顔をしつつも受け入れるのであった。




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※昨日のあとがきでも書きましたが、次の投稿からは一日おきになります。


是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。

m(__)m

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