(11)藤花

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「開通」

 メッセージに記されていた通りにを読み上げると、巨大な金属質の球体に変化が起こった。

 ルーカスから見てちょうど真正面に当たる位置で光が線を作って魔法陣を形作った。

 その光っている魔法陣が球体からルーカスの側に向かってきて、そのままルーカスの立っている地面にペタリと張り付いたのだ。

 どう見てもその光の魔法陣の上に乗れと指示されていると感じたルーカスは、素直に数歩歩いて魔法陣の上に乗った。

 そして魔法陣の中央まで移動すると同時に、ルーカスは自身の体が別の場所に移動するのを感じた。

 その感覚を言葉でするのは難しいが、歩いているときや走っているときと同じように別の位置に移動しているのを感じ取るのと似ているかもしれない。

 

 とにかく感覚的に移動したと感じたルーカスは、当たり前のように周囲の確認を行った。

 ただその確認で、ルーカスはさらに疑問を感じることになる。

 魔法陣の上に乗って移動した先が、どう見ても日本式の玄関のように見えたのだ。

 玄関(?)の先はふすまで仕切られていて、どうなっているかは確認ができなかった。

 とにかく先に進まないと疑問も解決しないだろうと考えたルーカスは、慣れた様子で靴を脱いでから日本家屋の玄関でよく見る段差ができたホールに上がった。

 

 そしてそのまま玄関を仕切っているふすまを開けて次の部屋に入――ろうとしたところで、ルーカスは足を止めることになった。

「ようこそおいでくださいました。マスター」

 その声と背中にまで流れている長い髪で分かったが、女性が一人ルーカスの側に向かって座礼をしていた。

 座礼というのは旅館とかの女将さんとかが部屋に入って来る前にやっているアレのことだ。

 

「あ~、えっと……誰、かな? その前に顔を上げていいから。というか、とりあえず立って」

 その言葉に女性が上半身だけを上げたが、その美人過ぎる顔を見てルーカスは思わず息を飲んでしまった。

 今世でも前世でもここまでの美人は見たことが無かった。

 それに加えて腰まで伸びている長い紫色の髪と少し細めの赤い目という特徴が、彼女が魔族であることを示していたから。

 

 ガルドボーデン王国において魔族は、人族から見て天敵とまでは行かないまでも敵対的な存在として見られている。

 もっともほとんど姿を現すことがない――というよりも年寄りの昔話にだけ登場するような縁遠い種族となっている。

 ただ前世の知識があるルーカスとしては魔族に対する忌避感は無く、それよりもその存在感に押されてしまっていた。

 美形な顔は勿論のこと、着ている和装から見ても分かるほどにメリハリのあるスーパーボディがそれを後押しをしている。

 

「――マスターというのは俺のことかな?」

「はい、その通りです。今この場にいらっしゃることだけで分かると思いますが。それに、王種の星獣を連れていらっしゃいますから」

 そう言った女性は、視線を一緒にこの場に転移して来ていたツクヨミへと向けた。

「なるほど。それで、名前は?」

「申し訳ございません。今の私には名前はございません。マスターに名付けをしてもらうことになっております」

「そうなの!? というか、何か意味がありそうだね」

「名付けそのものには意味がありません。ただ私の場合は、マスターが星獣様を生み出されると同時に活動を開始しましたから名前は無くて当然です」

「えーと……? 生み出されたって、どういうこと?」

 目の前にいる彼女に名前がない理由は分かったが、その言葉のニュアンスにルーカスは首を傾げる。


「言葉通りです。私たちのような種族は、この浮遊球で生み出されます。マスターに分かりやすくいえば、バイオロイドとか有機アンドロイドのような存在と考えていただければよろしいかと存じます」

「そういうことか。だから『生み出された』と。ということは、君みたいな人が他にもいると?」

「この浮遊球内にはいません。数を増やすにはマスターの許可が必要になりますから。私がいるのは説明役も兼ねているからです」

「それはとても助かる。色々聞きたいことがあるからな」


 正直なところツクヨミを得て以来、色々なことが起こり過ぎて整理が追い付いていないことが多々ある。

 少なくとも浮遊球に関しては色々とバックアップしてくれるそうな彼女がいるだけで、かなり負担が減りそうだとルーカスは内心で安堵していた。

 そもそも彼女自体を信じて良いのかという問題はあるが、そこを疑ってしまうと何もできなさそうなので信じることにした。

 もっとも彼女が言ったバイオロイドとか有機アンドロイドということを考えれば信じて当然ということになるのだが、そのことにルーカスが気づくのはもう少しだけ後のことになる。

 

 といわけで、心の中で安堵のため息を吐いていたルーカスだったが、ここで何やら期待した視線を向けて来ている彼女に気付いた。

 それと同時に、名前を付けてくれと言われていたことも思い出した。

 それでどんな名前を付けるか悩み始めたが、彼女の紫色の長い髪を見て前世の記憶にあった一つの花のことを思い出した。

「――それから名前のことだけれど、藤花とうかってどうかな? こっちの世界では見たことがないけれど」

 ルーカスがそう名前を口にすると、藤花は目を輝かせて何度かその名前を小さく呟いていた。

「――藤花、ですね。素晴らしい名前をありがとうございます。ちなみにこの国には藤は無いようですが、別の場所を探せばあると思います」

「ああ、そうなんだ。でも、なんでそんなことが分かるんだ?」

「マスターが認識されている『藤』が、きちんと言葉として定着しているからです。こちらでは見たことがないはずなのに、不思議だとは思いませんでしたか?」

 そう言われて初めて、ルーカスはその不思議な現象に気が付いた。

 

 今ルーカスが使用している言語はこちらのものだが、藤という少なくとも王国にはない言葉を知っていた。

 それは無意識のうちに日本語に当たる言葉を使っていたからだが、知らない言葉をそのまま使えることで王国ではない別の場所に『藤』があるということになる。

 藤花が言ったことはそういうことだが、ルーカスはここで一つの疑問が浮かんできた。

 

「藤花が言ったことは、要するに日本語が勝手に翻訳されているってことか?」

「そうなります。異世界の前世持ちが生まれてくる世界ならではの自然現象でしょうか。便利ですよね」

「便利というご都合主義というべきか……。まあ、いいか。便利なことには違いないんだし。それよりもこの浮遊球の説明、してくれるんだよな?」

「勿論です。それが私の役目ですから。ひとまず中央にあるコントロールルームに移動しましょう。そちらのほうが分かりやすいでしょうから」

「コントロールルームか。この球体を動かしたりすることができる場所ってことかな」


 ルーカスの言葉に、藤花が「そうです」とだけ返してきた。

 その藤花の案内に従って、廊下を歩きながら中央へと向かう。

「そういえば、何で日本風なんだ?」

「こちらは、この国の初代国王が発展させた別の浮遊球の影響を受けています。日本の記憶を持つマスターであれば、こちらの方が落ち着くだろうと言っていたそうですね」

「なるほどね。藤花はその言葉を聞いた……わけないか。生まれたばかりだったみたいだし。じゃあ誰が作ったの?」

「それも含めて、コントロールルームでお話いたします」

 特に何かを隠しているというわけではなく、コントロールルームには浮遊球についてまとめた資料が揃っているらしい。

 その資料を見た方が早いそうで、ルーカスも素直に納得をして藤花の後に着いて行った。




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m(__)m

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