(6)リチャード国王

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 ルーカスが王種ツクヨミを得た当日に訪ねて来た王家からの使者は、約束した翌日の午後にはきちんと現れた。

 使者が自ら乗ってきた馬車にルーカスとエルモも乗ることになるが、それ自体には特に何かしらの飾りがされてはいなかった。

 通常貴族であれば家紋なりを掲げてどこの家の使いであるかを示すのだが、それすらもない馬車を使うということは王家が関与していることを隠したいことを意味している。

 もっともルーカスやエルモにしても今の段階で王家が関与していることを知られたくはないので、今の対応はどちらにとっても必要なことだといえる。

 王家からの使いが来た段階で調子に乗る者も多い中でルーカスやエルモが冷めた対応をしているのは、お互いに貴族や王族の有り様について思うところがあるからだ。

 勿論最初から王家だからといって突っぱねるつもりはないのだが、いきなり信じ切ることもできないというべきか。

 個人の自由が前面に押し出されていた日本で生きた記憶があるルーカスはともかくとして、エルモが貴族や王族に対してある程度の隔意があるのにもきちんとした理由がある。

 恐らくその理由についてもこれから会うことになっている王家は調べてあるはずだが、それが話し合いにどう影響するかは二人にもよくわからない。

 

 目的地らしき場所へ向かう間の馬車の中での会話は一切なかった。

 目立たないように一台で移動しているため、使者も同席していることが理由の一つになっている。

 それに今後どう対応していくかは昨夜のうちにある程度幾つかの方向性を考えているので、今更話すことがないということもある。

 相手があることなので最終的には行き当たりばったりになってしまうのだが、最後に決断するのはツクヨミを得たルーカスだと決めている。

 

 ルーカスたちを乗せた馬車は、王都で暮らす人々が『旧市街』と呼んでいる地域に入った。

 人口が拡大するにつれて新しい地域に住むようになっていった王都だが、古くからの場所も未だに多くが住宅地としては残っている。

 商業の中心地は既に新市街に移っているので、商業で残っているのは人々が暮らすために必要な小規模な商店くらいしかない。

 そんな場所に向かってどうするのかとルーカスやエルモは内心で疑問に思っているが、お互いに顔を見合わせるだけで言葉にすることはなかった。

 

「到着いたしました」

 御者台からその言葉が聞こえると、使者がすぐに馬車の扉を開けて降りた。

 それは別にルーカスやエルモを軽んじているというわけではないのは、降りた先で頭を垂れたことからもわかる。

「こちらの屋敷にて主がお待ちでございます。私めが部屋まで先導いたしますのでご容赦ください」

「そうですか。では、よろしくお願いいたします」

 明らかに高貴な身分に仕えている使者の態度に戸惑いながらもエルモがそう答えていた。

 

 旧市街といっても平民の建屋だけがあるわけではなく、この辺りにも屋敷と呼べるような大きな建物も残っている。

 むしろ古くから続いている町だけに、そうした建物もまだまだ残っている。

 馬車が着いた場所も、かつてはどこかの貴族が管理していたといわれてもおかしくないような広さの庭がある屋敷だった。

 屋敷自体は、ルーカスが知る過去の人生の中でも武家屋敷と呼ばれるような日本風な建物だ。

 平民が暮らしている建物は西洋風のレンガ造りであるものも多いので良くいえば和洋折衷ともいえるのだが、悪くいえば統一感がないともいえるかもしれない。

 

「ルーカス殿、エルモ殿をお連れいたしました」

「入れ」

 屋敷に入っても使者がそのまま案内を続けて障子作りの扉を軽くたたいてから声をかけるとすぐに奥から返答が来た。

 使者がそのまま障子を開けて、その場に止まったまま二人に中に入るように促した。

 

「――失礼いたします」

 使者に促されてそう言いながら先に部屋に入ったエルモだったが、何故か奥まで入らずにその場で立ち止まった。

 その様子を見て不思議そうな顔で見ていたルーカスは、その視線を部屋の奥に移してその行動に納得した。

「まさか、王自ら動かれるとは……」

「エルモは久しいな。ルーカス殿は初めてであるが。それよりもいつまでその場にいるつもりだ? 事は王種に関わることだ。余が動いたとしてもおかしくはあるまい」

 場合によっては失礼ともとれるエルモの言葉だったが、ガルドボーデン王国国王であるリチャードは全く気にする様子もなく声をかけて来た。

 

「――さて。これから先のことは儀式を担当した神官からある程度聞いておると思うが、余自ら動いたのにも理由があっての。まずはそこから話さねばなるまい」

「お願いいたします」

 主題になるのはあくまでもツクヨミに関することなので、リチャードと対応するのはルーカスになる。

 とはいえまだ未成年のルーカスが対応することに相手が不快に思うこともあるかも知れないと二人は考えていたが、リチャード国王は特に気にする様子もなかった。

 

「まず最初に言うべきことは……ルーカス、そなたは別の人生の記憶があるということで間違いないか?」

 唐突過ぎる言葉に、ルーカスもエルモも驚いた。

 ルーカスに前世の記憶があることは二人だけの秘密なので、外に漏れることはない。

 それにも拘らず、普通に考えれば突拍子もないことを言い出した国王に驚かないはずがなかった。

 

 だがリチャードもただの当てずっぽうで言ったわけではないことは、次の言葉で理解することになった。

「何故、と言いたいところだろうが、余がそのことを知っておるには理由がある。というのも、王の血脈ではなく儀式にて王種を得た場合は、もれなく全員が前世の記憶を持っている……ということになっておるらしい」

「らしい、ですか?」

 ごく単純な理由に納得するルーカスだったが、それと同時に曖昧な言い方をする国王に対して首を傾げた。

「その辺りのことは、未だよくわかっておらぬのよ。我が国においては初代も含めて、知られている限りでは数例しかないことゆえにな。他国の王から話を聞くこともあるが、余が知る限りでは合わせてようやく二桁になるかどうかの人数だ。それで確定するのは難しかろう。もっともそれだけの人数が揃って記憶持ちである以上は間違いないと断言してもよさそうではあるが」

「なるほど。そういうことですか」

「納得できたか? そういうわけで、そなたが前世の記憶持ちであると余が知っていたことは、不思議に思う必要はない。そして、それを踏まえたうえでルーカス、そなたにやってもらいたいことがある」

「やってもらいたいことですか」

「うむ。まずは、この手紙に書かれている文面を読むことができるかどうかを確認してもらいたい」


 リチャードがそう言いながら差し出してきた手紙らしきものを見て、ルーカスは一瞬どうするべきか悩んだ。

 いくらリチャートが親し気に話してくれているとはいえ、相手は国王なだけに直接受け取っていいかが分からなかったためだ。

 そんなルーカスの躊躇を余所に、リチャードの後方に控えていた護衛らしき騎士がスッと手紙を受け取って、そのままルーカスのところまで来て差し出してきた。

 そして余計なことをしなくて良かったと内心で安堵したルーカスは、素直に受け取った手紙に目を通し始め……ようとしたところで、すぐに驚きで文面を追うのと一時中断した。

 

 その手紙で使われていた文字は、紛れもなくルーカスの知るで書かれていたのだ。

 王国で使われている文字はローマ字に似た表音文字なので、その時点でこの場に日本語で書かれた手紙があること自体がおかしい。

 ルーカスが前世の記憶持ちであることをリチャード知っていて、敢えてこの手紙を出してきたということは何かの意図があるのは間違いない。

 とはいえ書かれている最初の一文を読んだ時点で、ルーカスにはその手紙を読まないという選択を選ぶことはできなかった。




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