(4)ツクヨミ

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「――困ったなあ……」

「確かに困った事態ではあるな。まさかお前が王種を得ることになるとはなあ……」

 神殿から戻って普段はほとんど使わない家に戻っていきなり言ったルーカスの言葉に、エルモは少しだけ首を傾げてからすぐに納得の表情になっていた。

 そんな二人の視線の先には、先ほどの儀式でルーカスが得ることになった贈り物が空中をフヨフヨと漂っている様子が見て取れた。

 そのは傘のような頭と八本の足があり、いわゆるクラゲのような形をしている。

 傘の部分には二つのつぶらな瞳があって、何やら熱心にルーカスのことを見つめている。

 その目と態度を見ていると子犬が飼い主に構って欲しいと訴えているように見えるが、まだ出会って数時間も経っていないルーカスにも本当のところはよくわかっていない。

 家に戻ってくるまでの数時間でルーカスが分かったことは、何とも不思議な感触が返って来る傘の部分を撫でてあげると非常に喜ぶ……らしいということだけだった。

 

 時間にしてほんの数秒だけクラゲもどきを見つめていた親子だったが、すぐに会話を再開した。

「王種ねえ。とりあえず神官様の説明だと学校に通うことになることだけは確定ってことか?」

「そうだな。星獣を得た場合は自動的に確定するが、王種を得るとさらに厄介になるようだな」

「……厄介ってどんな?」

「どんなと言われてもな。言わなくても大体想像は出来るだろう、お前なら」

 半ば教えることを放棄したエルモの言葉だったが、言われた当人はため息を吐くことできちんと意味を理解していることを態度で示した。

 

 儀式を受けた子供のうち数百人に一人という割合で得られる星獣に対して、王種を得ることは非常にまれ、というかほとんどないといっても過言ではない。

 何故なら星獣の中の王種というのは、ターフの世界において非常に重要な役目を果たしているためだ。

 その重要な役目が何かと言うと、大地の無い世界で浮いている島々が自由に空を移動するために必要な浮遊珠というものを作り出すことだ。

 王種から得た浮遊珠を使って何らかの方法でエネルギーのような物を取り出して、人々が暮らしている島々を移動させていることになる。

 この世界において王国という形態が当たり前に機能しているのは、王種という限られた生き物を扱えるのが王族だけに限られるからに他ならない。

 王族がいなければ、島そのものが物理的に落ちてしまうことになりかねない。

 ちなみに落ちてしまった島がどうなるのかは、今のところ誰にも分からないとされている。

 

 そんなことを考えていたせいかつい面倒くささが勝ってしまっていたルーカスだったが、されるがままに撫でられている星獣を見ているうちに気分が上向いてきた。

「よし。いつまでもうだうだ考えていても仕方ない。それよりもこれからどうするか、考えよう」

「おう。ようやく前向きになってきたか。それに、そのほうがお前らしいからな」

「……と、星獣のために気合を入れ直したのはいいんだけれど、そもそも今の自分ができることって少ないんだよな」

「確かに……な。本当に貴族たちが動くかどうかも分からんし、下手に動くとこっちが悪者扱いされかねないからな」

「だよなあ。と、いうわけでとりあえず今すぐできることは、この星獣君? ちゃん? ――に、名前を付けることかな」

「何故そうなる……と、言いたいところだが、それくらいしかないよなあ。こいつも期待しているみたいだし」

 二人とも会話をしている間はほとんど星獣を見ていたが、ルーカスが名前の話題を出すと期待しているかのように何やらクルクルと回りだした。

 その様子を見る限りでは二人の会話の内容を理解しているようにも見えるが、ただ踊り出すタイミングがあっただけかもしれないので、今のところはまだよくわかっていない。

 

 星獣のことについては一般的には大まかなことしか知られておらず、星獣を得た当人が詳しい知識を得ることができるようになるのは学校に通い始めてからになる。

 そういう意味でも学校に通うことは、必須になるとルーカスもきちんと理解できている。

 ただ覚悟が決まるまでうだうだ言っていたのは、星獣を得るというこれまで一切考えてこなかった未来が降りかかってきたからだ。

 ましてやルーカスが得たのがただの星獣の中でもさらに珍しい王種であるため、色々な面倒が降りかかることが用意に想像できたためだ。

 

「――貴族とか王族とかお前には一切関係ないことだしな。そんなことよりも今は名前か。さてどうするか――」

 目は口程に物を言うという格言が星獣に当てはまるかは分からないが、さすがにそのつぶらな瞳が期待していることはルーカスにも分かった。

 その期待に応えるべくルーカスは色々と考えてみたが、最終的に浮かんできた名前は前世の記憶の中にあるものだった。

「――おし、決めた。これからお前の名前はツクヨミだ」

「おおう。どうやら当人も喜んでいるみたいで良いんだが、何か由来でもあるのか? 俺は聞いたことがない名前だが」

 今まで以上に激しくクルクル回り(踊り)出す星獣――もとい、ツクヨミを見ながらエルモが首を傾げながら聞いてきた。

「一応、あるにはあるな。の世界の一部地域で呼ばれていた月の神様の名前だな。ほら、ツクヨミの目って月の色みたいに見えるだろう?」

「なるほど。月神様の名前か。そう聞くとよく聞こえるな。二つあるというのもちょうどいいか」

「こっちの世界だと月は二つあるからなあ……」


 月が二つあることはターフの世界に住む住人にとっては当たり前すぎる事実だが、前世の記憶を持つルーカスにとっては違和感がある。

 そしてルーカスに前世の記憶があることを知っているエルモとしては、こんな様子のルーカスを見るのは初めてのことではなく基本は気にしないようにしている。

 それはルーカスにとってただ聞いてくれるだけでいい愚痴のようなものだと理解しているからこそ出来る対応ではある。

 逆にいえば、これまで二人の間で様々なやりとりが行ってきたからこそ出来ることでもある。

 

「――月の数はいいとして、まずは学校に行くために勉強を始めないとなあ……」

「お前だったら問題ないだろ?」

「好みの問題だよ。魔法の勉強だけでいいんだったら良かったんだけど、そうもいかないだろうし……。まさか自分が礼儀作法なんかを習うことになるとは思わなかった」

「それは諦めるしかないな。どのみち船で活躍するようになれば、お偉いさんと話をすることになるのは決まっていたんだ。遅いか早いかの違いだけだろう」


 この世界において浮遊船を使って資源を得ることは、国家の維持・発展にはどうしても必要なことになる。

 そのため無頼者といわれることがある探索者や冒険者であっても、高位貴族と面会することは普通にあり得る。

 エルモのように探索者の中でトップクラスの実力を持っている場合には、貴族たちと対応できる能力も求められる。

 もっともエルモがある程度の礼儀作法を身に着けていることには別の理由もあるのだが、今ではその理由を知る者はあまり多くはいない。

 

 星獣を得た者が通うことになる学校には王国の各地から集まった貴族の子弟たちも通う場所になる。

 それ故に色々な面倒事も降りかかって来るだろうということも予想できる。

 ツクヨミに構いつつそれについてどういう対応で行くべきかを無言のまま考えていたルーカスだったが、やがて家の表にある呼び鈴の音で中断させられてしまった。

 普段は船の上で過ごすことが多い二人だけにこの家に尋ね人が来ることは無い。

 

 それと合わせて今回の件のことを考えれば、あまり嬉しくない来客であることはほぼ間違いことなのであった。




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追記:

クラゲなツクヨミちゃんですが、某ゲーム「○○モン」のメ○クラゲや○ククラゲのようなフォルムではなく、「○○クエ」の○イミ○ライム的なデフォルメされているような姿です。

ちなみに、ここでは敢えて「ちゃん」としていますが、女の子か男の子かは分かっていません。……作者も。(敢えて決めていないとも言う)


是非ともフォロー&評価よろしくお願いいたします。

m(__)m

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