(2)贈り物

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 ルーカス少年が持っている前世の記憶はあくまでも夢の中の出来事のようであり、個人情報パーソナリティを含めてはっきりしない部分も多い。

 ただはっきりとした個人情報は持っていないものの成人していたという記憶は確実にあるので、ようやく十二歳を超えることができると思っているルーカスとしてはまだ前世での生のほうが長い。

 現世よりも長く生きていた日本という世界を基準にすると、ターフという世界がかなり異質であることは言うまでもない。

 大陸というモノはなく全ての島々が宙に浮いているという一点を取ってもそうだし、何よりも前世の記憶では海に生きるはずの生物が普通に空を飛んでいることもおかしい。

 過去にルーカスは、実は海の中の世界なのではないかと疑ったりもしたが、いわゆる『鳥類』にあたる生物も普通に生きているので今ではその考えは捨て去っている。

 前世の記憶を持って生まれたことを悩んだこともあるルーカスだが、今ではそういうものだと受け入れて生きている。

 ありがたいことに育ての親であるエルモが前世ことも含めて受け入れてくれているので、今では前世の記憶があることを意識せず生きることができていた。

 時折大人顔負けの言動をすることがあるが、周囲にいる大人たちは既にそれに慣れて受け入れている状態だ。


 そんなルーカスが乗る船は、島を見つけて国軍所属の採取船団に引継ぎを済ませた後で本国へと向かって進んでいた。

 見つけた島の上で簡易的な手続きを済ませているが、本式の手続きはまだ本国でやることが残っている。

 どちらにせよ船への補給もしなければならないので、島が見つからなかったとしても数日以内に引き返すことは決まっている。

 今回はたまたま運よく有用な資源になりうる島を見つけることができたが、普通は空振りのまま戻ることも珍しくない。

 だからこそ探索者は一種の博打師として、一部の者たちからは眉を顰められていたりする。 

 もっとも、探索者がいないと本国の発展もあり得ないので表立って指を指されるようなことはない。

 むしろ一般的には、有難がられる存在だともいえる。

 どんな仕事も一部の者たちには嫌われたりすることがあるので、その程度のことでしかないともいえる。

 

 海の上に浮かぶ船が揺れるということを当たり前のことのように知っているルーカスは、移動しているのにほとんど揺れない船の中を歩いていた。

 目指しているのは船長室で、船長であるエルモに用があって向かっていた。

 やがて船長室の扉にノックをすると、中から書類仕事をしているはずのエルモからの返答が来た。

 

「おう。入っていいぞ。――なんか用か?」

「なんか用かって、そもそも俺を呼んだのは親父だろ?」

「何? 俺は知ら……いや、待てよ。そうかそうか、思い出した。お前そろそろ十二歳になるだろう」

「だね。実際の誕生日は知らないけれど」

「おう、俺も知らないな。それはともかく、十二になるということはがあるだろう?」

「アレ……? 何のこと……って、あれのことか」


 ルーカスたちが拠点にしている国――ガドルボーデン王国では、子供たちが十二歳になるころになると一つの儀式を神殿で行うことになる。

 実際にはガドルボーデン王国だけではなく、王国と交流のあるあるほとんどの国で行われるその儀式は、子供が大人になるための大切な階段の一つとなっている。

 簡単にやることを説明すると、神殿で神々に祈りを捧げて大人の仲間入りをすることを宣言するのだが、その際に神々から何かしらの『贈り物』がされる。

 贈り物が何であるかは人によって違っているので、事前にどんな贈り物がもらえるかを予測することは出来ない。

 

 その贈り物がその後の人生に大きな影響を与えることになるのは、王国に暮らす人々にとっては誰もが知る事実となっている。

 そもそも成人を迎えている多くの人々が過去にその儀式を経て何かしらの恩恵を受けているのだから否定する意味がない。

 ちなみに正式な成人は十六歳からになるが、十二歳でこの儀式を行って何らかの贈り物を得ると大まかな将来の方向性が決まる。

 勿論、完全に『贈り物』に縛られる人生になるわけではないが、大なり小なり恩恵を受けることができるので、大抵の子供たちは贈り物に準じた職を目指すことが当たり前になっている。

 

「そのアレのことだ。本国に着いたら一緒に神殿に行くからな。……そんな面倒そうな顔をするな」

 ルーカスとしてはそこまで顔に出したつもりはなかったが、エルモはしっかりと見抜いたようだった。

 誤魔化すように横を向いて視線を外したルーカスに、エルモは呆れた様子でため息を吐いていた。

「全く。お前のことだからどうせ船に乗るのは決まっているだから関係ないと考えているのかもしれんが、行かないのは駄目だからな。あれは住民登録も兼ねているからな」

「住民登録?」

 初めて聞く話に、ルーカスは目を瞬いた。

「なんだ。知らなかったのか? お前だから言うが、十二まで生きられれば病気にならずに成人することも期待できるからな。将来のための布石でもある」

「将来って……あ~。税金徴収のためか」

「そうともいう。実際に税金が発生し始めるのは成人してからだがな。どちらにしても住民登録が無ければ本国で暮らしていくことなどできんからな。サボることは出来んぞ」


 他国に行くにしても、王国民としての住民登録が無ければ入国審査が通らない。

 どこかの国の住民登録が無ければ他国との商売すら成り立たないので、船乗りを目指しているルーカスとしては致命的な問題となる。

 ルーカスの知識にあるギルドというものは存在しているが、住民登録がされているという証明ができなければギルドカードの発行もままならない。

 ただ神殿で儀式を行えば年齢・出身は関係なく誰でも住民登録はできるので、とある世界の日本のシステムを知っているルーカスからすればゆるゆるの制度であると考えてしまうのだが。

 

「面倒だなあ……。でも、そういうことなら行かないわけにはいかないか」

「そういうことだ。諦めて週末になったら神殿に行くからな」


 ターフの世界にも曜日の概念は存在していて、いわゆる安息日のような日も設定されている。

 ただしその休日が適応されるのは裕福な家庭か貴族だけであって、ルーカスたちのような平民はたまにある祭りのような騒ぎの時に休むだけになる。

 もっとも祭りが書き入れ時にある商売人などは、別に日に休日を設けていたりもする。

 

「じゃあ、それはいいとして魔法書を……」

「俺から渡す分は今回の発見の分の一冊だけだからな。それ以上は駄目だ」

「そんなー」

「駄目なものは駄目だ。大体お前は、記念日に記念品を欲しがるような奴じゃないだろうに」

「そこを何とか」


 聞きようによってはおもちゃを欲しがる子供とそれを断る親子のような会話だが、その内容は普通の親子のものではなかった。

 魔法がある世界だけに魔法書自体もある程度は存在しているが、そもそも紙の値段が高いだけに魔法書はおいそれと手出しができるような値段ではない。

 ものによっては一般家庭の収入の半年分くらいの値段がするものもあるのだから、親が子に与えるプレゼントとしては高価すぎるともいえる。

 逆にいえば、先日ルーカスが発見した島はそれだけの儲けを得ることが見込みがあるということでもある。

 

 結局ルーカスとエルモによる親子の攻防は十分ほど続けられ、これ以上続けるなら小遣いを減らすという伝家の宝刀を出した親側の勝利により無事に(?)終結することになった。




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m(__)m

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