第14話 十六年越しの波紋

 結衣の日記は週刊誌を通して世間に公開された。その唖然とする内容に、ネットでさえもたじろいだくらいだ。


 なぜ高槻があんなにも怯えていたのか、今では理解ができる。高槻が十六年前に犯した行為、そしてその後の女子高生の自殺、遺書の内容。この三つは今までネットを騒がせていた高槻関連のゴシップが霞むくらいのインパクトがあった。結衣が残した生々しい画像、音声ファイルも多少加工はされていたがネットで閲覧することができる。


 元アナウンサーの妻は子供を守るためという理由で早々に別居を発表。高槻自身も記者会見を行ったが、精神的に不安定だったのか終始しどろもどろで、しまいには号泣する始末だった。その世間の失笑を買った哀れな会見は動画サイトで何百万回も再生され続けた。


 意外な展開もあった。その当時、自殺関連の調査が進まなかったのは高槻の父親による介入があったからと報じられた。流石にここまでくると俺のあずかり知らぬ話だったが、どうやら一連の報道の本丸は衆議院議員である父親にあったらしい。続いて父親自身の別のスキャンダルも報道された。さすがに此の期に及んで父親は息子まで守れる余裕はないらしく、程なくして高槻徹は議員辞職を発表。父親に守られ続けた一人の男の人生は音を立てて崩れていった。


 これは後の話になるが、高槻は精神病院に居を移した。これまた週刊誌の情報によればいきなり泣き出すなどの奇行が増えていたという。ただ俺は結衣のスキャンダルが出る以前からあの男の精神は尋常ではなかったとみている。一体何が理由かわからない。もしかしたら俺と結衣の自殺はあの男の精神に長年に渡ってダメージを与え続けていたのかもしれないが、今となっては分からない。



 もう高槻のことは俺の頭にはなかった。俺はずっと凛のことばかり考えている。凛はあれから学校を休んでいて、そのまま夏休みに入ってしまった。死にたいですという凛に俺は何も返信ができず、伝えたい言葉だけが心を巡っていた。 




 2001年に結衣と見た獅子座流星群は本当にすごかった。数十年に一度の当たり年で、数分ごとに流れ星がビュンビュン夜空を彩り、星が流れるたびに俺と結衣を声をあげた。反対に2017年に凛と見た流星群は曇っていたこともあって、一晩でわずかに一つだけしか流れ星を見れなかった。でも凛は本当に嬉しそうになんの変哲も無い夜の曇り空を眺めていた。


 そして今夜も流星群が見えるという。俺は凛を誘ってみた。俺はどうしても結衣、そして凛に伝えたいことがあった。凛からは「また一緒に見たいな」とメッセージが帰ってきた。


 久しぶりに見る凛は痩せていた。おどおどとして、伏し目がちな目で俺をみる様子は、いつもの元気な凛からは想像もつかない。やはり記憶が戻ったのだろうか。


 夜に自転車で十五分ほどの自然公園に二人で行った。公園の芝生に座って空を眺めると気持ちのいい夏の夜風が体をなぞった。月明かりはあるものの、雲ひとつない夜で、何個か流れ星を見ることができるかもしれない。俺は隣にいる凛にこう切り出した。


「今夜で過去のこと、前世のことに囚われるのは終わりにしよう」


 凛は俺の目をじっと見つめた。「過去、前世のこと?」


 俺は一度息を整えてから言った。「お前、結衣、なんだろ」


 その時、青色の流れ星が空をひゅっと横切るのを二人の幼馴染の瞳を通して俺は見ていた。

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