第12話 十六年ぶりの対話

 秘書から連絡が来る可能性もあったが、電話で話をする相手は高槻本人だとはっきりわかった。用心のためか声はボイスチェンジャーか何かで変えられていたが、軽薄な喋り方は高校の時と一緒だった。ただ政治家にしては実に声が弱々しく、力がない。何かに怯えている、そんな印象を持った。


「自殺した俺の後輩の名を騙って連絡してくるなんてどういう神経をしているんだ」そう話す高槻の声は僅かに震えているようだった。「随分と悪趣味ないたずらだな」


 一呼吸置いてから俺は言った。

「俺は十六年前に自殺した木村ヒロ本人だ。高槻先輩」


 高槻は一度絶句したが「木村ヒロは死んでいる。またふざけたことを」


 脅かすついでに、試しに十六年前の二人しか知り得ない記憶。「お前ら二人いつも一緒にいるのに、やってなかったんだな。悪いな、俺がもらっちまった。結衣の初体験。ほんと、いい身体してたよ」そう口にすると、高槻は再び絶句した。


 そして俺は秘密の日記帳に残されていた音声ファイルの一部分を高槻に聞かせた。そこには結衣だけじゃなく、高槻の声もしっかりと残されていた。


 音声を消すとしばらく沈黙が続いた。そしてついに高槻は言った。

「そんなもの私は知らない。全く関係がない」

 明らかに動揺していたのは電話口からも伝わってきた。

「一体、どこからそんな音声が出てきたんだ」


「白石結衣は知ってるな?」


 しばらくの沈黙があり、高槻は言った。

「ああ、もちろん。十六年前、連続して自殺した生徒のうちの一人だ。あれは子供ながら衝撃的な事件だった。名前くらいは知っている」


「名前だけじゃないはずだ。お前が結衣の自殺に一番深く関わっていることを俺は知っている」


 また、しばらく沈黙があった。そして高槻は言った。

「無関係とは言えないかもしれない。俺たちは交際していたからな」


 交際?そんな話はまるで聞いたことがない。日記帳にもそんなことは書かれていなかった。


「俺と白石結衣は真剣に交際をしていた。記憶にはないがさっきの音声も交際していた白石結衣と喧嘩した時に録音されていたものかもしれない」


 これは明確な嘘だ。高槻が結衣にしたことは単なる喧嘩を遥かに超えた鬼畜めいたことだ。俺は冷静に言った。


「高槻先輩。どうも音声ファイルに気をとられているみたいだが、知りたいのはそんなことじゃない。俺は個人的に知りたいんだ。木村ヒロの自殺のきっかけ、つまりどんな形で白石結衣と出会い、二人はホテルへ行くことになったのかを。正直に話してくれれば、この音声ファイルを使ってどうこうしようとは思わない」


 もちろんブラフだった。ただ、このまま怯えさせても高槻は嘘をつき続けるだけだし、せっかくの機会が無駄になってしまう。俺がすぐにこのデーターを結衣の姉に送らなかったのは、別にこれで高槻を脅したかったからではない。俺は知りたかったのだ。この男の口から語られるあの日のことを。

 もちろん嘘は多分に含まれるだろう。ただ同時に真実も幾分は含まれているだろう。どんな答えが返ってくるにせよ、過去と決別するにはあの日のことを俺は知る必要があった。


「俺と白石結衣との馴れ初めなんか聞いても誰かが面白がるとは思えないがな」


「だろうな。俺以外でそんなこと知りたい人間なんて誰もいない。だからこそあの日のことを語ろうがあんたのダメージにはならないはずだ。そしてあんたが正直に話すだけで、音声ファイルはまた眠りにつく。あんたにとってはメリットしかない」 


 おそらく音声ファイル以外の話は無害だと判断したのだろう。しばらくして高槻は語り始めた。高槻目線のあの日のことを。

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