第11話  幼馴染、桃園凛に関する一つの仮説

 高槻から連絡が返ってくるよりも先に動きがあった。どうやら結衣の姉に接触した人物は本物の記者だったようだ。


 結衣の姉とやりとりしてから二週間後、高槻はネット上で話題の人物となっていた。最初の一報は高槻の不倫。有名な元女子アナの妻を持つ高槻の不倫はそれなりに世間を騒がせた。続いてネットの片隅で噂されていた大学時代の女性トラブルの話がどこからか流れ、その他にも良からぬゴシップがネットや紙面を飛び交っていた。一県議会議員のゴシップにしては盛り上がりすぎているくらいだ。


 高槻は不倫に関しては事実を認め、妻には誠意ある対応をしますなどと取り繕っていた。それでも次の国政選挙の野心は捨てていないようで、その態度はネットを中心に反感を買っていた。ただネットでいかに嫌われようが高槻の地盤は盤石。出馬すれば当選するだろうというのが大方の予想だ。


 結衣に関する話はまだどこも報じていなかった。結衣の姉にも秘密の日記帳のパスワードは教えずに、俺は静かに高槻からの連絡を待っていた。


 ネットで高槻のゴシップがとりだたされる一方で、俺の通う高校でのゴシップの中心には凛、そしてなんと俺がいた。


 なんでも凛は付き合っているとの噂があったサッカー部の先輩を振ったらしい。


 それもあの男が苦手な凛にしては極めて豪胆な行動に打って出た。凛は先輩がいる教室に一人乗り込み、他の生徒がいる中、はっきりとこう切り捨てたというのだ。


 曰く、「これ以上、待ち伏せやつきまとい行為、変な噂を流すのをやめてください。おかげで終生の愛を誓っている幼馴染の長谷川リク君が勘違いして、私と話してもくれなくなってしまったのです」


 その凛としか言えない異常な言葉一句一句がヒソヒソとした噂となって生徒の間を巡っていた。一体なぜ、校内一の美少女桃園凛はあの友達も少なく、うだつのあがらない長谷川リクに入れ込んでいるのか。そして長谷川リクはなぜ桃園凛のような高嶺の花を拒絶するのかは格好の噂のまとになっていた。


 もちろん俺から弁明するつもりもないが、そもそも凛は誤解している。確かに俺は結衣の日記を読み終えた後、凛に「もう二度と、桃園さんとは一緒に時間を過ごさないと決めました。今まで一緒にいてくれてありがとう」とメッセージを送った。凛は俺がそんなメッセージを送った理由を、サッカー部の先輩との噂のせいだと誤解しているようだが、そんな低レベルな理由では断じてない。凛に関する一つ仮説が俺の頭を悩ませていたのだ。


 俺は凛がなぜ自分に執着するのが昔から分からなかった。結衣もよく俺のお嫁さんになりたいなどと言っていたが、凛の場合さらに強烈で、男子と会話することを拒絶し、俺だけとずっと一緒にいる。


 そのまるで過去に犯した過ちを贖罪するかのような態度にこれまでずっと当惑し続けてきたのだが、結衣が自殺して亡くなっているということを知って、俺の中で一つの疑惑が生まれた。


 さらに最近、その疑惑をより強固にする出来事が起きた。


 まだ世間を高槻のニュースが騒がせる前、俺と凛は放課後、カフェを訪れていた。どういうわけだか凛は言葉少なく、何か考え事をしているようだった。

 この前、ラブホテルから出てきても驚かないからな、なんて言葉を言ったのをまだ気にしているのかなと思っていると、凛の口からは思いがけない名前が出たのだ。

「リクちゃん、高槻徹って人知ってる?」

 その言葉は俺を慌てさせた。普通なら凛が一県議会議員の名前を知っているわけがないからだ。

「知らないよ。なんで?」と尋ね返すと、「私もその人よくは知らないけど」凛は不明瞭な答えを返した。

 そのやりとりをしてから、ずっと抱えていた疑惑は確信めいたものになった。つまりかつての幼馴染である白石結衣もまた転生したんじゃないかと。


 恐らく、凛は俺と違って前世の全てを記憶しているわけではない。結衣と違って泣き虫だし、性格も違う。けど、どこか流れる空気のようなものが似ているし、その表情の中に結衣の面影を感じることもある。


 そして結衣が凛に転生したというなら色々説明がつく。

 前世の出来事がどれだけ今を規定するかなんてわかりはしないが、前世で幼馴染を裏切ったという負い目だけは魂の深い部分に記憶されていて、それが理由で幼馴染に執着しているというのが俺が導き出した仮説だった。

 その凛に前世の記憶がはっきりと戻ろうとしている。


 もちろんこんなの与太話を出ない仮説だし、前世の記憶が戻るなんてことも普通は起きない。ただ、僅かな可能性だろうと、高槻との間で起きたあんな出来事を凛に絶対に思い出して欲しくなかった。


 凛は普通の女子高生らしく政治家に関するニュースなんてまるっきり興味がないから、マスコミ報道経由で記憶が戻る可能性は低そうだ。つまり、高槻と凛を結びつけるとしたら、俺しかいない。これ以上俺は凛と一緒にいるわけにはいかなかった。


 そうは言っても凛はなかなか頑固なところがある。凛を避けて下校しようとすると「リクちゃん、今日は放課後デートしよ!」いつの間にか俺の横を歩いているし、昼ご飯を求めて購買の列に並んでいると、いきなり手作りのお弁当を渡してきて俺を慌てさせた。その度には俺は無言で拒絶した。


 凛には前世なんかに縛られることなく、普通の女子高生として生きていってほしい。これまで少しも幼馴染を信用してこなかったくせに、結衣に起きたことを知った今の俺は凛のことだけは絶対に守りたかった。


 そんな生活がしばらく続いた。もしかしたら高槻からは何の連絡もないかもしれない。やはり素直に秘密の日記帳のパスワードを結衣の姉に託したほうがいいかと諦めかけていた頃、期待通りのメールが届いていた。送り主を明かさない匿名のメールだったが相手は分かっていた。「話をしましょう」そう文面にはあった。

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