第10話 死せる魂

 高槻のことは知っていると返信すると「それではやはり、記者さんも高槻徹について調べる過程で結衣について取材なさっているのですか?」と返ってきた。


「記者さんも」ということはどういうことだ?俺の他にも高槻について何か探っている人物、そして高槻と結衣の結びつきを知る人物がいるのだろうか。


 俺は「妹さんと高槻徹は通う高校が一緒だったはずです」とだけ返信した。


「それも最近知りました。高校が一緒だったというだけで、高槻徹と結衣が何か関係しているとは思えないのですが」


 どうやら結衣の姉は高槻と結衣がホテルに行ったことは知らないようだった。一方で、結衣の姉は秘密の日記帳の存在を知っていた。


「結衣は亡くなるまであるサイトをよく見ていました。見るだけでなく何か日記のようなものも書いていた。聞くと、ここに気持ちを書いておけばヒロちゃんに通じる気がするとも言っていました。ただサイトのパスワードは結衣しか知らず、内容が閲覧できないのです。残念ながらサイトの運営者とも連絡がつかなくて。そこにアクセスできれば何かわかるかもしれないのですが」


 結衣の姉に秘密の日記帳のパスワードを教えようかとも思ったが、今はまだやめておいた。まず自分が結衣の残した日記を読んでおこうと思ったからだ。結衣の姉は最後にこう言った。


「結衣の死の真相を知るためなら私はなんでも協力します。最近、結衣について調べてくれている方に複数連絡がついて、私は何か希望のようなものを感じています」


 結衣の姉とのやりとりをしてから数日後、迷いに迷った挙句、俺は秘密の日記帳を再び訪れた。見ない方がいいのではないか、前世のことなどもう忘れた方がいいじゃないかとも思ったが、どうしても知りたくなった。

 結衣の姉の話が正しければ、ここには結衣を壊した出来事が書かれているかもしれない。少なくとも命果てた十五歳の幼馴染の言葉は残っていることは間違いない。



 日記帳を開き、順を追って読んでいった。俺の自殺した直後は激しく動揺していたものの、しばらくすると結衣の精神は次第にいでいった。結衣は俺との思い出を懐かしみ、俺に語りかけるように日記を書いていた。読んでいるこちらまで結衣と過ごしているようなそんな気分になった。日を追うごとに落ち込んでいた結衣の言葉は力を取り戻し、俺以外の事柄にも目を向き始めていたのが分かった。結衣の姉が言うように、結衣は少しずつ気持ちを取り戻し、回復していたのだろう。


 再び高校に通い始め、結衣は生活をリスタートする。結衣の女友達の些細なエピソード、期末テストに向けて勉強し始める結衣。連綿と日常が過ぎる中、突如としてそれは起きた。結衣の姉が言うとおり、悪い出来事としか言えないことだった。日記の題名は「私は汚い人間です」だ。


 日記には文章だけでなく、画像や音声データも残されていた。暗くなった自分の部屋で日記を読み、音声を流すと、結衣が高槻にされたこと、魂が壊れていく過程がありありと脳裏に広がった。


「知り合いの女子に呼び出されたので、とある教室行くと、そこにはあろうことか高槻がいました。ヒロちゃんがあんなことになったばかりだというのに、あいつはあのにやけた顔で、関係を迫りはじめました」

 

 携帯で録音された音声データーは呼び出しを受けて、しばらくしてからのものなのだろう。「手を離して、帰りたい」という結衣を必死に口説き続ける高槻。

 ついには「お前が淫乱だからお前の幼馴染は自殺した」と嘲るような高槻の声、そして襲いかかる高槻に必死に抵抗する結衣の声にならない悲鳴。

「お前も俺が欲しかったんだろ。こんだけ声あげんだからよ」そんなことを言いながら行為後に結衣の写真を撮る高槻。


 全てを知ったあと、まるで自分の魂が潰された、そんな気持ちにすらなった。


 いつの間にか部屋はしんとした静寂が占めていた。真っ暗な部屋の中で俺は結衣ではなく凛のことを考えていた。もし魂というものが本当にあるとして、前世でそれが壊されていたら、生まれ変わったとしても壊れたままなのだろうか。そんなことを考えていた。

 

 結衣の姉は希望と表現したが、知れば知るほど、絶望しか見えない。俺は震える手で、スマホをフリックした。一通目は凛に。そしてもう一通の宛先は高槻の事務所だ。そして、必ず、あの男から連絡が来ることを俺は知っていた。

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