第9話 悪い出来事

 結衣に年の離れた姉がいることはもちろん知っていた。子供の頃何度か顔を合わせてたはずだが、もう姉がどういう顔つきだったかは記憶の彼方にある。そして結衣と一回り年が離れた姉の年齢は現在44歳。どんな外見なのか想像もつかなかった。

 

 結衣の姉は俺が本当に記者かどうかやんわり探りを入れてきたので、俺の持つ結衣の記憶、例えば小五の時にピアノのコンクールで銀賞を取っている、中学時代はテニス部に所属していた、亡くなる年に幼馴染と好きな音楽グループのライブに行っているなど、結衣のエピソードを送ると、「よく取材なさっているんですね。はい、すべてその通りです」と返信があった。どうやら記者としての一定の信頼は得られたようだ。


 結衣の姉はSNSのダイレクトメッセージを通じて、俺の自殺後の結衣の様子を教えてくれた。


「結衣は幼馴染の男の子が自殺して憔悴しきってました。私は結婚して、家を離れていたのですが、その時ばかりは結衣の傍らで時間を過ごしました。理由はわかりませんが、結衣は男の子の自殺に責任を感じているようでした。学校もしばらく休み、部屋で泣くばかりでした」


「ただ少しずつ結衣は回復してきた。相変わらず幼馴染の男の子に対して思うことはあったようですが、食欲も出てきて、私とも会話を自然にするようになった。男の子が亡くなって一ヶ月くらいした頃、ようやく結衣は学校に通えるまで回復したんです。久しぶりに登校する前日には結衣の学校の友達や中学の時結衣が仲の良かった男友達も家にまできてくれ、笑顔も見せました」


 中学の時に仲の良かった男友達?誰だろうと思い、俺は率直に結衣の姉にその男友達の名前を尋ねた。


「記憶が確かなら、立川君と言ったかな?中学の時に結衣が片思いしていた男の子です。結衣は自殺した幼馴染の男の子にずっと想いを寄せていたようでしたが、ある時期だけ立川君に恋をしていました。年が離れているせいか、結衣は恋愛に関して気兼ねなく私に話してくれたので、私はよく知っています」


 立川という男子も確かに記憶に残っていた。そして、結衣が立川に片思いしていたなんて初めて知った。結衣と同じテニス部で、中学でも人気のある男子だった。また俺の知らない幼馴染の一面が出てきた。


 結衣の姉は話を戻した。


「私たち家族は一安心し、このまま結衣が回復してくれることを祈っていました。ただ、何かが起きたのです。ある日、結衣はひどく落ち込んで学校から帰ってきました。いいえ、あれは落ち込んだという表現ではおさまりきれない何かでした。今思えば、壊れたと言ってもいいかもしれません」


「私たちが何があったのかと聞いても、結衣は一切答えようとはしなかった。言葉を発することも稀になり、部屋にこもってしまい学校にも行かなくなりました。カウンセリングを受けさせようかとも考えましたが、結衣はそれも拒否した。そんな生活が何週間か続きました。ある朝、結衣は突然登校すると言って私たちを驚かせました。今、思えば、私たち家族は止めるべきだった。あんな蒼白な顔で登校しようとする結衣を。そして、その日結衣は校舎から身を投げたのです」


「結衣の自殺した後、学校や警察に調査を求めましたが、私たち遺族が望むような調査は行われなかった。そして結衣の自殺は仲の良かった幼馴染の後追い自殺だと結論づけられました。でも、私にはそうは思えないのです。学校で、何かが起きた。弱っていた結衣の心を潰すような悪い出来事が起きたのではないかと私は考えてしまうのです」


 そして反対に結衣の姉はメッセージでこう尋ねてきた。文面にはあの男の名があった。「政治家の高槻徹という男は知っていますか?」


 結衣の自殺を調べる中で高槻の名前が出たのはこれが初めてだった。

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