第8話 意外な人物からの連絡


 凛が二歳上の先輩と付き合っているという噂を聞いたのは高校に入学して一ヶ月ほど経った頃だった。相手はサッカー部に所属する、女子から人気のイケメン男子で、なんでも二人が手を繋いで街中を歩いていたというのだ。その先輩は凛とすでに関係を持っていることも仄めかしているらしい。


 驚きはしなかった。凛は小さい頃から何度も告白をされていたし、今までこう言った話がなかったのがおかしいくらいの女の子だ。凛は彼氏のことなど俺には話もしなかったけど、幼馴染だからと言って恋愛話を共有する必要なんてない。それにどんなに仲が良くても誰もが何かを隠していることは俺が一番よく知っていた。


 そうは言っても凛とは今でも登下校が一緒だ。彼氏がいるのに二人でいるのもどうかと思い、一緒に下校する凛に俺は言った。

「彼氏がいるんなら、俺と一緒にいない方がいいんじゃないのか」


 何気ない言葉のつもりだったのに、凛はムッとしたような表情を浮かべていた。


「信用ないんだね、私」


「この歳にまでになって俺と一緒にいる必要はないだろ」


「だから、あんな噂、信じるの? 私にはリクちゃんがいるのにあんな先輩と付き合うわけないでしょ」

 

 なんて返答していいか分からず、真っ直ぐに俺を見つめる凛の大きな黒目をみていると、一陣の風が吹いたかのように、前世の記憶がふっと頭をよぎった。これは確か、中学の頃、結衣に彼氏ができたと噂が流れた時の記憶だ。


(・・・と、白石結衣が放課後の教室で抱きしめあってたらしいよ。二人、付き合ってるんだって)


 勝手に幼馴染と半分付き合っているような気分でいたからか、かつての俺はその噂に衝撃を受けた。数日悩みに悩んだ末、結衣に仄めかす形でその噂の真偽を尋ねた。結衣は今の凛のような真剣な眼差しを向けて言ったのだ。

「私にはヒロちゃんがいるのに他の誰かと付き合うわけないじゃない」


 あの頃の俺は結衣が話す言葉は全て信じた。信じていたからこそ最後の最後で傷ついた。


 気づくと俺は突き放すように凛に言っていた。

「信用するもしないも、俺たちは付き合っているわけじゃないんだから、お前が男を作ろうと勝手なんだよ。お前が男とラブホテルから出てきても俺は何も驚かないからな」


 そう口にすると、凛は涙を浮かべた。「なんでそんなこと言うの」

「一方的に話しかけてくるだけのあの先輩と、そのラブ、なんとかホテルに私が行くわけないでしょ。それにこんだけ長く一緒にいるんだから少しは信用してよ」

 凛は珍しく怒ったのか、足早に俺から離れていった。


 凛が何を言おうが、涙を流そうが、俺の心は何も変わらない。他人を信用できるわけないじゃないか。俺は自分ですら信用できないというのに。



 家に帰ると、俺はいつものように高槻について調べ始めた。結衣の日記を読んで以来、気づくと俺は政治家高槻徹のことをネットで調べてしまっている。これ以上深堀りするな、もう過去のことなのだからとタブを意識的に消しても、程なくするとディスプレイにはあの男の情報が並んでいた。


 表向きの高槻の経歴は輝かしいものだった。大学時代はその長身を生かしてモデルなどをやっていたらしい。そして大学卒業後、衆議院議員である父親の公設秘書を経験した後、県議会議員に当選する。


 一方で検索をかけていると高槻の悪い噂も目にした。どうも大学生の頃の高槻は女性との間でトラブルを度々起こしており、そのたびに示談でことを丸く収めていたというのだ。事実かどうかはわからないが、高槻の情報を探っているとポツポツとそんな悪い噂に出くわした。どうやら女癖の悪さと言うのは大人になっても変わらないらしい。


 高槻について調べていると、結衣が自殺したのかどうか調べてた時に作った、記者を騙った偽アカウントにメッセージが届いていた。昔の知人が新たな情報でも送ってきたのかと思い、見てみるとメッセージは意外な人物からだった。結衣の名字、白石という文字が目に入る。


「16年前の真相を探っていると伝え聞いて連絡しました。少しでもお役に立てればと思いまして。私は白石結衣の姉です」


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