第7話 二つの可能性

 結衣の日記を読む俺の手は震えていた。まだいくつか結衣の日記は残されていたが、この日記だけで限界だった。これ以上読むと頭がどうにかなりそうだ。


 正直、混乱していた。日記が本当なら、結衣もまた高槻の悪意の被害者だったってことになる。確かに高槻は女癖が悪く、友人や後輩の女に手を出すことで有名だったのはよく知るところだ。


 ただ、その一方で結衣の言い分を素直に受け入れられない自分がいた。


 まず第一に、俺が知る結衣はそう気安く男と二人で会ったりするような人ではなかった。日記に書いてあるような理由で高槻と二人で会うなら事前に俺に話すはずだ。


 他にもある。次の日、実は俺は結衣と一緒に高校に登校している。結衣はいたって普通で、高槻に結衣との話をされるまで、もしかしたらあの光景は夢だったんじゃないかと考えてしまうくらいだった。


 そして何より、手を握り合いながらラブホテルから出てきた二人の仲睦まじい姿。俺が高槻とのセックスは楽しかったかと口にした時の、結衣の表情……


 考えれば考えるほど、まるで相反する二つの可能性に俺は戸惑うしかなかった。


 とにかく結衣が生きているかどうか知りたくて、すぐにかつての知人らのSNSに質問を投げかけた。自分は十六年前の高校生連続自殺死の真相を迫っている記者だと騙り、二人の名前、二人はいつ自殺したのか、そして知っている情報があったら何でも教えて欲しいと尋ねた。


 回答してくれれば謝礼を送りますと付け加えたのが功を奏したのか、しばらくして返答があった。やはりそうだった。結衣は俺が校舎から飛び降りた二ヶ月後、俺が飛び降りた同じ時間、同じ校舎から飛び降りた。手にはかつての俺の写真が握られていたと教えてくれた者もいた。皆、あれは幼馴染の後追い自殺だと認識していた。高槻の名前は誰の回答からも出てこなかった。


 しばらく何も考えることができなかった。そして、変に過去のことを調べるんじゃなかったと後悔していた。前世で起きたことは俺の中で過去のことになりつつあったのだ。でも現在の高槻の人生を知り、結衣の日記を読み、その後の結衣の自殺を知って気が触れそうになった。一体、あの日何が起きたにせよ、俺が結衣を自殺に追い込んでしまったことは間違いないじゃないか。


 せめて、すべてのきっかけを作った高槻に復讐したい。華やかな人生を送る高槻がどうしても許せなかった。でも結局のところ俺は無力な高校生だ。一体、何ができると言うのだろう。これ以上、過去のことを追うべきじゃない。そう思い、俺は秘密の日記帳をブラウザーから消した。もう、この日記帳は二度と見てはダメだ。


 こうして再び十六年前に自殺した二人の高校生が共有していた秘密の日記帳は眠りにつくこととなる。


 その時の俺は気づいていなかったのだ。ネット社会、ゴシップに飢えた現在の日本社会において、この日記帳はどんなものよりも高槻のような男を破滅に追い込める、強力な武器であることに。


 そしてこの日記帳の存在を知っているのは俺だけじゃなかった。

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