第5話 秘密の日記帳

「そんな昔のことより今日は何の日だ!」凛はそう言って、無邪気な笑みを浮かべた。


「ただの4月20日だろ。何か特別な日か?」


「もぉ!ひどいよ!忘れたの?」凛は頰を膨らませた。


 こんな無邪気に見えるのに女って別の一面もってんだよなぁと思ってベッドに寝そべると凛の持つスマホのディスプレイが目に入る。


 懐かしすぎて思わず、えっと声を出してしまった。そこに表示されていたのは秘密の日記帳というウェブサイトだった。そんな俺に凛は不思議そうに「どうしたの?」と尋ねる。


「お前こそ、そんな古いサイト見てどうしたんだよ」


「いや、別になんとなくみていただけ」


「何となくって、十五、六年も前に流行ったサイトだぞ」


「なんでそんな前に流行ったって知ってるの?」


 お前より十五年長く生きているからだよとはもちろん言えなかった。「どこかで聞いたからだよ。それで、お前こそなんでそんなサイト見てんだよ」


「ちょっと気になることがあったから」一度声を止めてから凛は言った。「リクちゃんはこのサイト使ったことあるの?」


「あるわけないだろ。屍のようなサイトだからな」


「そうなんだ。誰も友達で使っている人いないもんね」


 凛とそんな会話をしているうちに、古い記憶が蘇った。秘密の日記帳とは今の中高生が使うSNSが生まれるずっと前に使われていたウェブサイトのことだ。日記や雑文、写メ(その当時は携帯で撮る画像を写メと呼んでいた)などを知り合いと共有するサイトで、前世の中高生時代にはかなりの人気があった。


 親友や恋人が二人だけで日記を共有するというのがその当時の主な使い方だ。そういえば前世の俺も結衣と日記を二人で共有していたっけ。あの日記はまだ残っているのだろうか。


 そもそも秘密の日記帳が現在も存在するというのが半信半疑だった。凛が帰った後、検索をかけてみると本当だ。一応まだサービスは続いているらしい。


 なんとかIDとパスワードを思い出し、俺は結衣と共有していた日記帳に久しぶりにログインした。ネットのサービスだから埃にかぶる事なく十六年前のまま二人の日記帳は残されていた。


 中学時代のたわいもない話や京都の修学旅行のこと、受験勉強を互いに励まし合う日記など、何気ない時間がそこにはそのまま流れていた。二人がその当時聞いていた曲は今じゃ懐メロとも言える代物で、話題に上がるテレビドラマはもう誰も覚えていないだろう。


 写真もたくさん残っていた。文化祭で焼きそばを焼くかつての俺、年の離れた姉の結婚式に参列するドレス姿の結衣、中学の卒業式後に行ったカラオケで楽しそうに肩を寄せあう二人。

 

 前世の記憶があると言っても、こんな細々としたことは覚えていない。ただただ懐かしくて、あの頃の二人を思い出しながら、日記帳を紐解いていった。


 意外なことに日記帳は俺が死んだ後も何度か更新されていた。俺は死んでいるのだから書き手は結衣しかいない。


 あまりいい気分はしなかったが、俺が死んでから1週間後に投稿された「ヒロちゃんごめんなさい」という日記を開いた。

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