07話
「本当によかったんでしょうか」
「あの後もはしゃぎ過ぎてお疲れだったからな、起こすのも可哀想だろ」
「そうですか」
とかなんとか言っているが、外に行こうと誘ってきたのは彼女の方だ。
よかったのかなんて本当は思っては――いや、多少ぐらいはあるのかもしれないから決めつけはよくないか。
「今日あそこから帰っているとき、昔のことを思い出しました」
「ああ、今日みたいに俺が早穂を背負っていたよな」
中学生の頃の話だから昔と言えるほど離れてはいない、そうしていた理由も今日みたいにお疲れだったから普通のことだった。
でも、言われた瞬間にああとすぐに思い出せたのは意外だ、そんな普通のことばかりなのにどうして出てきたのだろうか。
いまと違って髪の毛が短いとか眼鏡をかけていないとかそういうこともなかったのに彼女の顔を鮮明に思い出せる。
「あのときは仲良くなかったのでいつ起きるか不安でしたけどね」
「そう考えるとかなり時間がかかったな」
ではなく、大抵はそうやって終わっていくというだけの話か、友達の友達と積極的に仲良くしようと考える人間とそうではない人間がいるというだけの話で。
俺は後者だ、だからもし早穂が真乃の友達だったのであればいまみたいにはなれていない、相手から近づいてきたのであれば簡単に友達というやつになっていただろうが。
「私は逃げていませんでしたけどね」
「近づこうとしなかったのはなんでだ?」
「逃げられれば晴樹さんも私の気持ちが分かりますよ」
「じゃあ分からないままの方がいいな、真乃や早穂に逃げられたくない」
卒業までとは言わずにその先まで一緒にいたかった、死ぬ直前まで一緒にいられたらなんて妄想をすることもある。
だが、二人しかいない俺と彼女達とでは違うからどれぐらいいけるのかねぇ、少なくともこの夏休み中はいけると思いたい。
「晴樹さん」
「おう、赤信号だから危ない、だろ?」
「いえ」
「いきなり甘えん坊だな」
たまたま歩行者も車もいなくて静かな場所で変なことをしていた、早穂が見ていて俺や真乃が相手ではなかったら「やらしー、やるにしても部屋でやりなよ」なんて呟いているところだ。
「私はお姉ちゃんみたいにはなれません、だって妹にお姉ちゃんだからということで我慢はできませんから」
「早穂って本当にお喋り好きだよな」
そういうところにも助けられてきたからあまりこういうことは言いたくないが、自分のことでももう少しぐらい考えて行動をした方がいい。
ただ、それこそこの前言っていたように
出しゃばって失敗をしているのに繰り返してしまったら学習能力がないということになってしまうため、自分の中に抑え込んでおこう。
「お泊まりをさせてもらうということは教えてくれていませんでしたけどね」
「それはちゃんと聞いていなかった真乃が悪い、余程のことがなければ隠し事なんかしないぞ早穂は」
「だから今回が余程のことということですよ」
「はは、ないぞ」
いちいち仲良くしてほしいとまで言ってきたぐらいなのにそんなことはありえない、彼女はまだまだ早穂のことを知らないだけだ。
青信号になってこのままだとバカップルみたいに見えてしまうから手を掴んで歩き出した。
「こんなに暗いのに私の手を掴んでどこに連れて行くつもりですか?」
「そうだなぁ、人がいないから学校かな」
手を掴んだのはいいが行きたい場所なんかなかったからこれは地味にありがたいことだった、早穂も同じでナイスと言いたくなるこういう判断をよくしてくれる。
中々できることではない、俺も相棒達に同じようにできるようになりたかった。
助けるときなんかももっと上手くやりたいよな、ちなみに動いた後に上手くやれたと言えたのは一回しか経験がない。
「制服を着ていないので怒られますよ」
「あ、普通に部活をやっているか、それなら東方家でどうだ?」
「ふふ、はい、そこが一番です」
早穂は客間で寝ているからリビングとか部屋で静かにしていれば起こしてしまうこともないだろう、イザベラも連れてきて夜更かしをすればいい。
早寝早起き派でも夏休みぐらいはと甘い自分が囁いてきているから従うだけだ、無理やり突っぱねたところで大爆発するだけでしかない。
「お・か・え・り」
「さ、早穂さんに意地悪がしたかったわけじゃないんですよ?」
それは悪い対応としか言いようがない、こういうときは「寝ていた早穂さんが悪いんです」と終わらせておかなければならないところだ。
でも、もう相手のペースに乗ってしまったことになるから勝ち目はないな、理想とまではいかなくてもしたいことを叶えるまでは寝られないぞ。
「それでもちゃんと言ってから出てほしかったなぁ、まあ、真乃は意地悪をしたわけだから私も意地悪をして二人きりにはさせてあげないけどね」
「あ、それならゆっくりしましょう」
「む、大人な対応だぜ……」
だが、流石に俺とは違うというやつで結局上手くやっていたのだった。
「あれ、あの公園に行かなくていいの?」
「わざわざ行かなくても十分休めているからな」
「あの子が待っているだろうから行こうよ、いきなり来なくなったら心配になっちゃうでしょ」
それよりもだ、連日って本当に嘘ではなかったんだなと彼女を見つつ内で呟く。
「ずっといるとご迷惑をかけてしまうので」と言って帰ることを選んだ大人の真乃とは全く違う、だが、なんか逆に気持ちがよかった。
「あれ、こんなに早い時間から犬丸先輩といるの?」
「連れてきてやったぞ」
「うーん、この前は連れてきてよなんて言ったけど地味に晴樹お爺ちゃんとゆっくり会話できるのが好きだったんだと分かったよ」
「まあそれは来週とかにしよう」
「そうだね、我慢する」
ベンチに座って早穂の方を見ると「モテモテですなぁ」と言ってきたからそういうのではないと返しておいた。
一人で十分だ、それと同時に複数人狙ったりはしない。
「あ、石見さんだ」
「いしみ……?」
「うん」
ああ、この前の子だ、今日は兄といないみたいで一人で歩いてきていた。
逃げられたぐらいだから離れるかどうか迷ったものの、あの子の方が間違いなく早いから動けなかった。
「あ、この前の……」
「よう、兄貴は元気か?」
「はい、遊びに行けばいいのに家にばかりいるので困っていますけど」
「はは、優しくしてやってくれ」
この前逃げられてしまったのは多分兄と仲良くしているところを見られたくなかったからだ、俺が単純に怖がられたということであれば返事をしてくれないだろうからそうだと思う。
「なになに? もしかして石見君の妹さん?」
「はい、犬丸先輩の話をすっかりしなくなったので気にはなっていたんですけどそういうことだったんですね」
だが、俺が早穂といても真乃といても周りがすぐにこういう発言をしてくるのが問題だと言えた。
相手によってはそれだけ無駄に振られるということだから勘弁してほしかった、内側でそうかな程度で抑えてほしいところだ。
「あ、違うよ? 私と晴樹は親友だから一緒にいるんだよ」
「じゃあ単純に好きな人がどうこうではなくて振られてしまったんですね、そういうところも兄らしいです」
「そ、それはちょっと可哀想じゃないかな」
「まあ、誰かは泣くことになることですからね」
というか石見さんと最初に口にしたのは彼女なのに黙ってしまっているな、それでもこちらとしてはどういう仲なのかが分かっていないから待っていることしかできないのが実際のところだった。
「矛盾していますけどこの前離れたのは女の人と二人きりでいたからです、そういうときに邪魔をするべきじゃないと思いまして」
「でも、石見に近づいたときは別行動をしていただろ?」
「その前に二人でお話ししているところを見ましたから」
「なるほどな」
しゃ、喋らねえ、雰囲気だって別に悪いわけではないのになにを気にしているのだろうか。
「ぐぇ~、お腹が~っ」
「早穂落ち着け」
「うぅ、せっかくなんとかしようと動いてあげたのに……」
それは悪い、だが、多分そのまま続けても余計に話しづらくなっただろうから止めるしかなかった。
「は、晴樹先輩、ちょっとこの子と二人きりで話してきてもいい?」
「本人がいいならいいんじゃないか」
「じゃあちょっと付き合ってよ」
こちらはその間に変な体勢で固まっている早穂に飲み物を奢ることにした、なんとかできればそれでよかった。
自分の分も買って半分ぐらいは一気に飲む、やはり同級生ではないと普段見ることができない分難しいのだと分かった。
とはいえ、だからといって教えてほしいなんて考えにはならない、俺らは踏み込まない程度に会話ができればそれでいいのだ。
「ごろーん」
「痛いだろ」
「……真乃を優先してほしいと言ったのは私だけどなんか複雑なんだよね」
早穂は腕で顔というか目を隠してから正直なところを言ってきた。
「早穂のことを忘れたりはしないよ」
「うん、関係が変わってもちゃんと相手をしてほしい、いままで通りお泊まりとかも続けたいんだよ」
「一応聞いておくが早穂自身にはないのか?」
聞いておきながらあれだが答えはもう分かっていた、こういうことで遠慮をする存在ではないからないのだとな。
あったら真乃みたいに動いている、でも、うんと小さい頃から一度もそういうことはなかった。
それでも悪い空気になったこともほとんどと言っていいほどないから早穂には感謝している、友達が多くいるのに未だに俺のところにも来てくれるのはもう奇跡と言ってもいいぐらいだ。
「私は親友としていつまでも晴樹の近くにいたいよ」
「ふっ、そうか、教えてくれてありがとう」
「どういたしましてっ、でも、まだまだ甘えちゃうんだ――うわあ!?」
いきなり大声を出してなんだ急にと言う前に答えが分かった、見慣れた眼鏡とその奥の瞳は冷たく感じる。
「この公園までよく何回も来るよな」
しかもこの暑い時期によくやるよ、というかそうやって行けるのであればもう早穂みたいに泊まっておけばいい。
迷惑なんてそんなことはない、父なんて「お前じゃなくてこの二人がいてくれればもっと楽しかったんだがな」などと言ってくれているし、イザベラだって分かりやすく態度を変えて近づいている。
「私達もあの子達みたいに少し向こうに行って二人でお話ししましょうか」
「嫌だぁっ、晴樹助けてぇっ」
「ふふ、行きましょう」
大丈夫、なにも変わらない状態で戻れる。
所謂女子トークというやつだ、だから男子が邪魔をするのは違うから見送ったのだった。
「マノコワイ、ダカラハルキトハフタリデアウ」
「睨まれなければ怖くはないぞ」
「それは晴樹に対しては気に入られたいからだよ、本当は悪い子なんだよ真乃は」
「多分悪い子なのは早穂だぞ、だってこうしてこそこそと来てしまうんだからな」
このことは真乃に連絡をしてあるから作戦は失敗している、が、いちいち言わなくていいだろう。
「遠いからということで断っていたあの頃が懐かしいよ」
「先々月とかの話だからそこまで前じゃないぞ」
仮に二人だけで行動ができたとしてもその先で必ず別行動をしようとする彼女達にはその度に精神がやられたね、そしてそんな俺のことなんて分からないとでも言いたげな感じで翌日なんかに来たりするのだ。
大爆発しなかったのは俺が偉いからだ、他の男子だったら同じようにはできていない。
いやほら、今回ばかりはそんなことを何回もされても耐えたわけだからこう言える資格があるだろ、うん。
「でも、受け入れてなかったからさ、受け入れておけばもっと早くから真乃といい雰囲気の晴樹が見られたのにね」
「真乃が頑張りだしたのも最近だぞ、なにがあったのかは近くにいた俺でも分からないが」
「じゃあ一応私の存在が影響を与えられたってことかなぁ、それなら嬉しいね、にしし」
「その気がない相手をライバル視したところで疲れるだけだろ?」
「うーん、だけど真乃じゃないからね、本当のところは真乃にしか分からないよ」
……つかこれだけ一緒にいて微塵もそういうのがないというのも悲しい結果と言えるのではないだろうか? 俺からこういう話題にしているわけではないから彼女が出す度になにもなかったなと笑われている気分になってくるのだが……。
「なあ早穂――なんだよ?」
「そういうのは駄目、私自身が恋をするのは違うんだ」
別になにもしようとしてねえよ、別になにもなくていいからこういう話をする頻度を抑えてほしいと言おうとしただけだ。
「どうせ時間が経てばあっという間に他の男子と仲良くして付き合うんだろ」
簡単に想像ができるな、三年生になったときのクラスで恋をするかもしれないし受験でかもしれないし入学した大学でかもしれない、彼女が彼女をやっている限りはその季になればあっという間に変わることだった。
「あー、拗ねているの? 別に晴樹のことを男の子として見られないとかじゃないし、真乃に遠慮をしているわけでもないよ」
「じゃあ余計なことを考えなくて済むように早く付き合ってくれよ」
「無理ですー、晴樹君とも無理ですー」
くそ、それならなにが目的なんだよと聞いてみたら「いちいちごちゃごちゃ考えずに一緒にいられる関係を求めているの」とあまり変わらない答えとなった。
「あ、言っておくけどお祭りのとき、二人きりにしてあげないからね? 晴樹とは毎年一緒に行っていたんだから今年も行きますよ」
「当たり前だ、急に参加しないとか言ってきたら――」
「言ってきたら? 私になにかしちゃうの?」
「……とにかく今年も行くぞ」
今年急に誘った誘われたという仲ではないのだから余裕だろう、今年も守ってもらう。
それ以外のときは自由にしてくれればいいから記録更新のためにそうしてもらうしかない。
「うん、行こう――というわけだからはい、真乃と電話中だから」
「は、はぁ? なんのためにこんなことを……」
「不安にさせたくなかったからはっきりしておこうと思ってね、後で返してね」
少しだけではなく歩いていこうとするからどこに行くんだと聞いたら「晴樹の家っ」と。
「真乃、聞こえていたか?」
「はい、早穂さんは声が大きいので助かります」
「なんか不安にさせたくなかったんだってよ」
聞こえていたみたいだから意味がないことではあるがこういうことを重ねて前に進めるしかなかった、電話越しであっても言葉選びに失敗をするわけにはいかない場面だろう。
だが、やはり余計なこととしか言いようがない、はっきりするのだとしても本人にだけ言えばいいのだ。
顔を見られているときの方がやりやすいこともある、今回に限って言えば間違いなく顔を合わせなければならないというのに……。
「早穂さんの正直なところが聞けても私はまだ不安です、だって晴樹さんの正直なところは分からないわけですからね。そういう気持ちがないと分かってヘコんでしまっていたみたいですし? 私としてはそういうことになりますね」
「違うよ、ないならないで何回も振らないでほしいという気持ちになっただけだ」
「どうだか、ですね」
でもまあ、いまか先かの話でしかないからこういう形でもきっかけを作れたということでいい方に捉えておくか。
積極的な真乃にいつまでも甘えるというのも情けない、男ならはいかいいえぐらいはっきりしなければならない。
「いまから家に行く、だから準備をして待っていてくれ」
「その必要はありませんよ」
「好きだな本当に」
体力がありすぎる、それとも学校がないことでなんでもいいからなにかを求めてしまっているのだろうか。
だからついつい歩きすぎてしまうと、あ、これはあくまで彼女達が口にしていることだから本当のところは分からないがな。
「好きですよ、ここの公園も晴樹さんも」
「公園と付き合った方が楽しいぞ、毎日違う見た目になるしな」
「ふふ、面白いことを言いますね」
とりあえずスマホを返すために一旦家まで帰って、すぐに戻ってきた。
まだ約束を守っていないからついでに行ってしまおうと思う、水着がなくたってあそこでは楽しめる。
歩いている最中、特に会話という会話もなかったが気まずくもなかった。
「もう、今日は水着を持ってきていないんですけど……」
「いいだろ、水着なんかなくても真乃は十分だ」
「でもほら、二人きりのときに見てもらえたらまた違った結果になっていたかもしれないじゃないですか」
「そうしたら真乃的には最悪だろ」
「はぁ、晴樹さんはそういうところが駄目です」
いやいや、二人きりになった瞬間に欲望全開で来られるよりもいいだろ……。
見せたがりということなら、いや、それでも自分を大切にした方がいいぞと言いたくなった。
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