06話

「うわーんっ」

「う、うるさ……」

「聞いてよ晴樹っ、テストを頑張ったご褒美としてアイスを買ったのに落としちゃったんだよっ」


 それは目の前で実際に起きたことだからちゃんと見えている、別に慌てていたというわけでもないのに棒から溶け落ちるなんてついていない。

 これはもしかしたらテストの結果も悪いものに――なんてないわな、たまたまこうなってしまっただけだ。


「買ってやるから落ち着いてくれ」

「えっ、あ、別に奢ってもらいたくてこんなことをしたわけじゃないからね? いくらなんでも食べ物をわざと捨てたりなんてしないよ」

「なにも言っていないぞ、とにかく待っていろ」


 今度は落ちなくて済むようにカップ系のアイスにしておいた、味的には変わらないからいまは気分ではないなんてことにはならないはずだ。

 こちらは飲み物を買うだけにしておいたからアイスを「美味しー」などと言いながら食べている早穂を見つつちびちび飲んでいた。


「お疲れさん、それとそろそろなにをしてほしいのか決めたか? 真乃にも同じことを言ってあるから重ならないようにしたいんだが」

「そういえばそうだったっ! 石見君から逃げることとテスト勉強に集中しすぎていて忘れていたよっ」


 まあ、テストがあるというタイミングだったらそっちに集中しなければならないわけだから悪いことではない、寧ろいいことだ。

 こんなことを言っておいてあれだがやはり俺にできることなんて限られているからな、あまり期待されると困るから忘れているぐらいでいい。

 もちろんそのままよかったーとなかったことにはしないが、流石にそこまで終わっていない。


「はは、なんでも言ってくれ、できることならする」

「そうだなぁ、つまり真乃はまだなにかを頼んできたわけじゃないんだよね?」

「ああ」

「んー、これから真乃のためにも動こうとしているのにあんまり難しい要求をするのもあれだしなぁ」

「気にするなよ、重ならなければそれでいい、ちゃんと返していきたいんだ」


 真乃が言ってきていないのはテストが終わってからにしてほしいと直接言っていたからだ、だからもしまだその気があればちゃんと言ってくれるはずだ、勝手に考えて空回りをして迷惑をかけるなんてことだけは避けたいからできればちゃんと言ってほしかった。

 ちゃんと頼んでくれれば嫌がられているわけではないということが分かるうえにちゃんと動ければ返せるからだ。


「あ、それとは別なんだけど夏休みになったら泊まりに行ってもいい? またあの子と話したいのもあるんだ」

「いいぞ、ただしちゃんと許可は貰ってくれな」

「うん、そうしたら晴樹といっぱい夜更かしをしちゃうんだよ」


 朝に弱いとはいえ早寝早起きタイプだからどれぐらい付き合えるのかは分からないが、そのときは相手をさせてもらおう。

 ただ、なんとなく父に独占されるのではないかなんて考えがあった、早穂のことを気に入っているからそうなってもなんらおかしくはない。


「よし決めた、私の相手をしつつ真乃の相手をもっとしてあげてほしいな」

「なんで急に?」


 最近で言えば早穂と過ごした時間よりも真乃との時間の方が多いから頼まれなくてもという話だった、あと、誰かに頼まれてその存在といようとしたりはしない。

 できることならすると言っていたのに矛盾していて悪いがこればかりはな。


「んー、なんか真乃って妹みたいな感じがしてさ、頑張っているところを見るとお姉ちゃんとして応援したくなるんだよ」

「別に頼まれなくても真乃とは一緒に過ごすからな、他のを考えてくれ」

「うーん、それなら連日お泊まりかなぁ」

「早穂がしたいなら自由にすればいい、父さんも連れてこいって何度も言ってくるからな」


 イザベラだって待っている、それに彼女がいてくれれば夏休みだからって連日だらだらしすぎてしまうなんてことにもならないと思う。

 って、これだと結局彼女にしてもらっているようなものか、彼女が本当に求めていることを叶えてやれないわけだから返せているとは言えないよなぁ……。


「八月になる前に海に行こうね」

「あの平和な光景を見るためにまた行くか」

「うん、もちろん真乃も連れてね」


 いまの真乃なら誘ったらすぐに受け入れてくれそうだ、早穂がいることも大きいと思う。


「女子は凄えな、すぐに前々から友達的な感じで一緒にいられるんだから」

「んー、真乃だからかな、合わない子が相手だったらこの前みたいになっているよ」

「そうか、仲良くしてくれると嬉しいよ」


 仲良くしてほしいのに相手が動いてくれなくてもやもや、なんてこともなくなる、これからは堂々と行動することができる。

 まあ、その割には教室であまり話してくれない二人ではあるが、たまに一緒にいてくれるだけでも大きいからいいと片付けていた。


「晴樹はちゃんと真乃や私と仲良くすることっ、あの女の子に意識を向けてばかりいたら怒るからっ」

「仲間なんだ、これからも話しかけてくる限りは続けるよ」

「新しい水着を買えばいけるかな」

「そういうのじゃない、でも、今年も健全な感じで頼む」

「はーい」


 真乃に無茶を言いそうだから付いて行くことにした。

 どうせ夏休みになれば暇人になるからいい時間になりそうだった。




「なにも変わっていないから水着を買うのはお預けさ、見ると買いたくなるからやめておくよ」


 これが早朝に電話で早穂から言われたことだった、ということは健全な水着なのは確定ということになるからいちいち行く必要もないと喜んだ。

 だが、早穂が真乃に海のことを教えたことで真乃は行きたがっていたため、結局回避できていないのは分かりきったことだったが……。

 ちなみにこれまでは俺から誘うようなことも真乃から誘ってくるようなこともなかったため、地味に初めてのこととなる。


「慣れていないので女の子の水着を選び慣れている経験者の晴樹さんがちゃんと教えてくださいね」

「選び慣れてはいないぞ、誘われてはいたが」


 毎年ではなくても誘われて何回か付いて行くことになった、別にそんなことでいちいち恥ずかしがる人間ではないから誘ってくれればこれからも同じだ。

 

「同じじゃないですか、つまりこれまで着ていた学校のとき以外の水着は晴樹さん好みということになりますよね?」

「そりゃ『これどう?』と聞かれることはあったが……」

「どうせ早穂さんのことですから『ならこれにするっ』などと言ってお会計を済ませていますよね」


 なんか早穂にも冷たいな、仲良くなってもちゃんと感じた不満なんかはぶつけるようにしているのかもしれない。

 大爆発しないためには大切なことではあるが、そのままの流れでこちらにも飛び火するから相手をする側としては結構大変なときがある。

 よかった点はすぐに店に着いたことだ、毎回思うのはカラフルで買う人間が迷いそうだということだった。


「ピンク色ですかね」

「ちなみに早穂は黄色だったりオレンジだったり黒だったりなんて買う度に変えていたぞ」

「控えめな感じがいいんです」

「そうか、まあ、真乃が着るわけだから本人がこれだと決めた色でいいな」


 滅茶苦茶真剣な顔で選び始めたから余計なことを言わずに付いて行くことだけに専念をしていた、そしてふと通路の方に意識を向けたときに石見が異性と歩いているところを発見しておいおいと少し呆れたが。

 恋愛脳云々と考えた自分ではあるがあまりに切り替えが早すぎる、こう言ってはなんだがそれぐらいの気持ちなら適当に近づくべきではない。

 友達としてだけならいくらでも自由にしてくれればいいものの、そういう感情を抱えてのことならそういうことになる。


「おい石見」

「あ、東方君」


 言わずに今日を終えると引っ掛かりそうだったから話しかけさせてもらった。


「流石に早すぎないか」

「ああ、この子は僕の妹なんだよ」

「本当かぁ?」

「本当だよ、ねぇ? え、あれ……」


 本当かどうかも分からない存在は頭を下げてから歩いて行ってしまって石見の奴は固まっていた。

 いや違うか、俺が気にしてしまっているのはあの二人に対して行動したからだ、それ以外の女子と仲良くしようが言ってしまえばどうでもいい。

 一緒にいる時間が多いとこういうときに問題になるな、どうしても出しゃばりたくなってしまう。


「あー、それより東方君の方がやばいよ、なにがやばいってあれなんだけどさ」

「あれ? あ、確かにやばいな」

「うん、ここからでも凄く怒っているのが分かるよ」


 声をかけてから離れたがあの感じを見るに伝わっていなかったのかもしれない、真乃からすれば急に側から一緒に来ていた人間が消えていたわけだから気になるよな。


「邪魔をして悪かったな、またな」

「うん、またね」


 とりあえずもう別行動をする必要がないから戻ってみると「買えました」と袋を見せてくれた、よかったなと言ったら黙ってしまったが。


「もうこれ以上のお金を使うことはできないので帰りましょう、今日は私の家に来てください」

「分かった」


 怒っているわけではなかったか、無表情だからどうしてもマイナス寄りに見えがちなだけみたいだな。

 家に向かっている最中も色々と話してくれたし、家に着いてからも飲み物なんかや菓子をくれた。


「晴樹さん、早穂さんと三人で行くのとは別に二人きりで行ってくれませんか?」

「はは、海が好きなのか?」


 ああ、これまで我慢してきたのも影響しているのか、俺なら暇だから相手をさせてもらおう。

 

「いえ、あなたを独占したいだけです」

「お、よくそんなことを言えるな」

「長く一緒にいるわけですからね」


 そうだな、これだけ一緒にいれば長くということになるわな、もしかしたらお互いに踏み込んだりもあるかもしれない。

 俺が積極的野郎だったらそれはそれで結果が変わっていただろうがな、基本的にネガティブ思考をしない俺でもその場合は悪い方にしか考えられない。

 相手が彼女ならこれだけいてやっと最低条件を満たしたことになる、もちろんそれでも受け入れられるかどうかは未確定だ。


「というわけでお願いします、言うことを聞いてくれなかったら泣きます」

「はははっ、じゃあ泣かせたくないから行かせてもらうよ」


 それでもとりあえずいまはゆっくりしようと思う。

 エアコンが効いているから涼しくてよかった。




「いえーいっ」

「早穂さん、ちゃんと日焼け止めを塗らないと駄目ですよ」

「む、確かに……」

「塗るので来てください」


 急いで楽しもうとしなくたってちゃんと飽きるまでは付き合うからそういうことはちゃんとしておいた方がいい、で、同性の真乃がいてくれてよかった。

 同性同士ということで簡単に触れられるし、早穂としても抵抗感がないだろうからすぐに終わる。


「いえーいっ、真乃ありがとうっ」

「はい」

「じゃあ行こうっ、せっかく水着を買ってきたんだから真乃は特に遊ばないと駄目だよっ」

「ひ、引っ張らないでください……」


 俺は去年となにも変わっていない海を静かに見ていることにした、見た目だけではなく波の音も影響して眠たくなってきたが「晴樹ー!」と早穂の大声が聞こえてきて戻ってきた。

 早穂の勢いにも負けずにしっかりついていける真乃は流石と褒めるしかない、残念ながらこういうときは置いてけぼりになるのは確定しているから参加したりはしないのだ。

 あと、夏休みの最初ぐらいはこれでいい、後半になるとイベントの連続で休めなくなるからいまは体力を温存する。


「はぁ、はぁ、ちかれた……」

「お疲れさん、ちゃんと水を飲んでおけよ」

「ありがとー……」


 ゆっくりと歩いてきた真乃にも同じように渡しておいた、真乃はそれを一気に飲み干してから「ありがとうございます」と。

 やはりそれだけ消耗するということか、今回は大丈夫だなんて判断をして参加したりしなくてよかった。


「晴樹、とりあえず私は休憩をするから真乃の相手をしてあげて」

「分かった」

「じゃ、行ってらっしゃい……」


 とはいえ、いままで頑張って食らいついていたわけだから日陰から連れ出すのもどうなのかと悩んでしまった。

 どうするべきか、いつかは分からないがこの夏休み中に真乃とまたここに来るわけだから今日頑張る必要がないのも影響している。


「真乃、どうする?」

「まだまだ時間はありますからゆっくりしましょう、仲間はずれ的なことにはしたくありません」


 そうは言うが休憩にしたがっている存在を無理やり連れ出すのも違うだろう。


「真乃、気にしなくて大丈夫だよ? 晴樹にはまた後で相手をしてもらうから――」

「それは気になります、だからいまちゃんと晴樹さんと過ごしておいてください」

「え、あ、じゃあ三人でゆっくりしよっか」


 早穂の前でも出していくのか、早穂の理想通りとなるから困っているような顔をしていてもその内は喜んでいそうだ。

 ま、ゆっくりできるということなら俺としても悪くない、日陰で引き続き海を見て楽しむことにしよう。


「今日から晴樹の家にお泊り~」

「その話は聞いていませんが」


 うっ、睨まれているぞ、だが、俺から言うのは違うだろうからどうしようもなかったことだ。

 つか、結局早穂は俺になにかを求めてきたわけではないから一気にそのことが気になり始めた、ただ、冷たい視線の前にすぐに消えた。

 考えに考え抜いてぽろっと出してほしい、こちらが急かして無理やり出させようとしたら意味がなくなってしまうからだ。


「あれ、こうして何回も言っていたと思うけど、あ、そのときは今度晴樹の家にお泊りーだったけどさ」

「私も行きます、この前晴樹さんのお父さんにお世話になったのでお手伝いをすることでお礼をしたいんです」

「うん、二人でいっぱい動こう」


 それなら今日も仕事ではあるがもう連絡をしておこう、なんでも早めが大切だ。

 特に二人も連れて行くのであれば尚更そうしておいた方がいい、イザベラには言いようがないから後で謝罪をしよう。


「ねえねえ見てよ晴樹、この真乃の肌の白さを!」

「いつも通りだな、別に水着じゃなくても分かるよ。早穂は外でよく遊ぶから軽く焼けているのが健康的でいいんじゃないか?」


 待った、いまのだと真乃が不健康だと言ってしまっているようなものか? 言葉選びというのは本当に難しいものだ。


「うーん、私も早穂みたいになりたかったぁ」

「だからそれぞれにいいところがあるって」

「じゃあ色白の真乃とちょっと焼けている私、どっちがいいの?」

「どっちもだな、というか、そういうことでいちいち比べたりしないよ」


 勉強に対する考え方の違いなんかとかなら早穂と違ってとか真乃と違ってとか考えることもあるが、見た目とか肌のことでいちいち比べない。

 そんなことをしたところで自分一人で嫌な気分になるだけだ、ちなみにこういうことを言うと優柔不断だなんだと言われることもあるが無自覚に傷つけてしまうよりはいいと思う。


「真乃ぉ」

「気にしなくて大丈夫だと思います、早穂さんは十分魅力的ですよ」

「真乃の言う通りだぞ」

「……二人がそう言ってくれているから大丈夫だってことにしておく」


 で、なんでか真乃に乗っかったからだということで日陰から追い出されてしまったから水に触れておくことにした。

 見た目的には沖縄みたいに奇麗ではないが少しわくわくしてくる、このまま少し進んでしまっても危険というわけではないから移動を始めた。


「駄目ですよ、危ないです」

「じゃあここまでにしておくよ、真乃も座ろうぜ」

「はい」


 電車なんかを使わなくていい距離にあるから濡れたって気にならない、歩いていれば勝手に乾くだろう。

 それよりなんだろうな、ここまで近いと平和な感じよりも不気味だって感じが強くなってくるな。

 あまりに広すぎる、限界が見えないのも影響している。


「夜に行きたくなる場所ですね、星が奇麗に見えそうです」

「怖がりな真乃はもういなくなったんだな」


 小さい頃はちょっと暗くなっただけで「危ないですから早く帰りましょうっ」などと慌てていたのにな、少し寂しいかもしれない。

 いまとは違ってすぐにこっちの腕を掴んで縮こまっていたし、仮に怖い顔をされても差があって迫力がなかった。

 しかし真面目にやっている人間なら時間が経過すれば成長するというわけで、甘えることもなければ笑みを浮かべることも減っていってしまって……。


「いつの話をしているんですか? 私はもうあの頃の私ではありません」

「なんだ、こっちを自然に頼ってくれるから嬉しかったんだがなぁ」

「いまだってそうじゃないですか」

「そうか? 最近になってようやく一ミリぐらいは戻ったかなというレベルだろ」

「もう……」


 もうはこっちが言いたいことだ。

 でも、本当に怖いときは怖いから余計なことを言わないでおいた。

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