03話

「あちぃ……」


 体育でやる気を出すとすぐに汗だくになる、この状態で授業を受けなければならないから他者からしたら害だろう。

 ただ、どうしても調節できなくて楽しんでしまうのだ、そのため毎回同じような失敗をしていた。


「すごい汗ですね」

「近づかない方がいいぞ」

「そんなの気になりません、晴樹さんとお話ししたかったから近づいただけです」


 二人きりになるのをとにかく回避しようとする以外は本当にいい存在だ、できれば俺もこうなりたい。

 まあ、二人きりにならなければならないなんてルールはないし、嫌だから避けているわけだから文句は言えないが。

 が、そうやって考えていてもどうしても実行された際に複雑さを抱いてしまうのが――とここまで考えるのが常のことだ。


「唐突ですけどたまには違う場所でお勉強をやりませんか?」

「図書館とかか? でも、高校が終わる時間からだとぎりぎりだと思うが」

「私の家とかどうですか?」

「あ、いいなら真乃の家でやらせてもらうわ」


 早穂は結局一度も参加していないから二人に戻ったのはいい、それに家なら十九時までやることになってしまったなんてことにもならないからダメージも少ない。

 その日だけ長くても非効率だから俺にはそれが合っている、まあ、結局付き合ってもらえることがありがたいのは変わらないがな。


「あれ、恋人の犬丸さんといなくていいの?」

「毎時間一緒にいるわけではありませんよ、ずっと一緒にいたらさすがに疲れてしまいますからね」

「へえ、私だったらそういう相手とはずっといたいけどなぁ」


 待て待て待て、嘘だが何故付き合っていることをこの関係のない女子が知っているのか、嘘でも本当でも簡単に教えたりすることではない。


「真乃が教えたのか?」

「いえ、言ったりはしませんよ」

「じゃあ聞かれていたということか」


 面倒くさい流れになっていないだけまだマシだと考えるしかないか。

 昔と比べたら少しずつ同性愛についてのそれも変わってきているのがいいのかもしれなかった、昔だったらただそれだけのことでそれはもう酷いことになっていただろうな。


「んー」

「行きましょうか」

「あ、そうだな」


 気づかなかったことにするのが一番よさそうだ、変に動いたりするとそれがきっかけになりかねないからいつもと同じように存在していればいい。

 これが一番最初に出た答えで放課後までの間色々と考えていたことになるが、結局あまり意味もなかった。


「早穂さん、いつ参加してくれるんでしょうか」

「一緒にやりたいなら誘うべきだな、待っていたら日が暮れてしまう」


 夏が近くても悠長にしていたらあっという間に暗くなる、すっきりもしないだろうから自分で動いてしまった方が楽だ。

 受け入れてもらえるかどうかは分からないが少なくとも俺ではないから「んー」と考えてくれるはずだった。


「でも、晴樹さんは私と二人きりの方がいいんですよね?」

「ど、独占をしたいとかそういうことじゃないからな? 真乃と同じぐらいの真面目娘さんが来たら大変になりそうだと思ったから――」

「今日は私の家でやるわけですから二十時ぐらいまでにしましょうかっ」

「なんでだよっ、あ、十八時ぐらいでいいぞ……」


 いまの流れから敢えてそうするとかSかよ、俺はMではないから苛められて喜んだりはしないぞ。

 なんか彼女の家が近づくにつれて足が重くなってきた、ついでに頭の方も疲れてきたから今日はやめておこうとしたができなかった。

 こちらの腕をがしっと掴んで「もう家はすぐそこですからね」と俺でも知っている情報を吐いている彼女、俺はそういうことを気にしているわけではなくてだなと言いたくて仕方がなかった。


「つか受け入れておきながらあれだが汗臭いだろ」

「シャワー、浴びます?」

「真乃の家に上がらせてもらうならその方がいいが、残念ながら着替えなんかないからな」


 汗がついた下着をまた使用なんてしたくはないから無理だ、ちなみに別に彼女の家で入ることについては特になにも感じてはいない。


「気にしないでください」

「おい、何気に気になっていたんじゃない――」

「さあ入りましょう」


 早穂と同じでたまに強引なときがある、大抵は今回みたいに負けることになる。

 で、残念なことに入らずに勉強をするということができなさそうだったからささっと入って戻ってきた。


「もう、ちゃんと拭けていませんよ」

「俺は子どもじゃないんだが……」

「いいからじっとしていてください、夏でも油断をしていたら風邪を引いてしまいますからね」


 椅子に強制的に座らされて彼女はそんな俺の髪や違う場所を拭いていく。


「おーい、別に腹とかは大丈夫だぞ?」


 部活をやらなくなってからろくに鍛えてもいない俺の腹なんか見てくれるなよ、ぶよぶよ太っているわけではないが他者に見せるようなものでもない。

 だが、聞こえていないのか彼女はタオルを持ったまま固まっていた、あ、言っておくと捲ったのも彼女だから勘違いしないでほしい。


「真乃?」

「あ、だ、大丈夫みたいですね、さあっ、お勉強をやりましょうか」

「あの、もう少し優しく戻してくれると助かるんですが」

「気にしないでください、さあやりましょうか」


 いや、気になることは気になってしまうわけだが……。

 まあ、変なことをするためにここに来たわけではないから勉強のために意識を切り替えたのだった。




「真乃、早穂がいまから行くって言っているんだがどうする?」


 休憩時間になってスマホをなんとなく見てみたら早穂から『いまから行くね』というメッセージが送られてきていた、このことを話しているわけではないから一応真乃の家にいることを説明したら『じゃあそっちに行く』と言ってきた形になる。


「え、だけどもう十九時を過ぎていますよ?」

「じゃあ次にしておけって言っておくよ、暗い中一人で歩くべきじゃないしな」

「その方がいいと思います」


 だが、スマホを見ながら歩いていたのか今度にしておけよという内容に『もう移動しているから無理ー』と返されてしまい……。


「悪い、無理だったうえにもう着くみたいだ」

「ふふ、悪いことをしているわけではありませんから私としては構いませんけどね」

「そりゃ俺だってそうだが、もう暗いわけだからな」


 もう少しぐらい早く気づいていたら迎えに行くこともできたが積極的娘さんでじっとしていられないからそもそも可能性としては低かったことになる。

 メンバーなわけだから最初から参加してくれればいいものを、そうすればある程度の時間までやって送るという行為だけで十分だったのだ。


「そんな時間に晴樹さんは私の家にいてしまっているわけですが、これっていいんですかね?」

「あ、おい、そりゃずるいだろ……」

「ふふ、早穂さんを――早穂さんを迎えに行ってきます」


 十八時頃にも半頃にも帰った方がいいかと確認したのに駄目だと止めてきたのが彼女だ、それなのにいまの発言は質が悪い。


「連れてきました」

「おお、真乃の部屋ってこんな感じなんだ――ん? あれだけ汗をかいていた晴樹からいい匂いが……」

「シャワーを浴びたんだ」

「えー! って、当たり前だよね、女の子の部屋に入るのにそのままとかあれだし」


 そういうことも含めて全て邪魔をしてくれたのが真乃だ、別に逃げるために言っていたわけではなく嫌だろうから言っただけなのに届かなかった。

 あと、せめて誰かもう一人ぐらいは呼ばなくていいのかと、まあ、俺が自分を守るために余計なことをぶつけてしまったのが原因でもあるが……。


「真乃の眼鏡ってどんな感じ?」

「かけたら気になると思いますよ」

「お、おお、こんな感じなんだ」

「自分の目でちゃんと見られる方がいいですよ」

「ごめん、いまそうやって思っちゃった」


 俺は眼鏡のことよりもこうして三人で集まれて会話をすることができているということに意識を持っていかれていた、これまでであればありえないことだから嬉しいぐらいだった。


「そういえば晴樹さんになにか言いたいことがあったんですよね?」

「え? あ、ううん、暇だったから晴樹と遊ぼうと――はい、今度からは勉強を頑張ります」

「なにも言っていませんが……」


 珍しいな、家が遠いということで拒否し続けてきた早穂が俺と遊ぼうとするなんてなにがあったのだろうか。

 他の男子と過ごしたことで俺といるときの気楽さに気づけたとかそういうこともないだろうし、謎だ。

 とはいえ、なにか損をするというわけではないから誘ってきたときに付いて行けばいい。


「週に二日ぐらいしかやらないので遊べますよ」

「うん、勉強会じゃないときに遊ぶよ、もちろん真乃ともね」

「誘ってもらえるということならありがたいですね」


 硬えな、まだまだ過ごし始めたばかりだから仕方がないか。

 前々から一緒にいる俺が相手でも――俺の場合は異性ということで硬いだけか。

 それでもずっと無表情というわけではなく、たまに先程みたいにからかうような顔をしてくるときがあるから変わってくる。


「晴樹さん、今日もお疲れ様でした」

「今日もありがとう、お疲れ」

「時間も時間なので今日はこれで解散ということにしましょう、早穂さんのことをよろしくお願いします」


 挨拶をして家をあとにして、ゆっくり歩いていたときに腕を優しい力で叩かれた。


「真乃って意外と大胆なんだね」

「大胆? なんだ急に」


 たまに意地が悪いことを言ってくることがあるがそれは大胆とは――あ、服を捲ってきたのはそうか。


「だってほら、真乃の方からシャワーに入るように言ったってことでしょ? だって晴樹が進んで入るとは思えないもん」

「気づいていたなら最初からそう言えよ」

「まあ、合っているかどうか分からなかったからさー」


 短時間で全く逆のことをいい始めるから彼女も同じだ。

 真乃はあくまでいつも通りのままだったからあのことを当てられるとは思えないが、適当にであっても当てられたら困るから自然に違う話題に変えておいた。




「なにをしているんだよ」

「……別に」

「せめて机の下から出てこいよ」


 嫌なことがあったのは分かるが机の下に隠れたところですっきりしたりはしないだろう。

 こういうときはカラオケとかそういうパワーに頼った方がいい、だから荷物を持たせて教室から連れ出した。

 短時間だから料金がそこまでではないのがよかった、そのため、後でまとめて払うことになってもダメージは少ない。


「あー! むかつくー!」

「同性になにか言われたのか?」


 違うグループの女子と一緒にいたからいつもと違うとは気づいていた、それに浮かべていた笑みに少し無理があったから長く一緒にいる身としては当然気づく。


「そうだよっ、普通に友達として話していただけなのに色目を使うな~とか言ってきてさー!」

「よくあることだろ、見ていないのに見ていたとか言われるよりはマシだ」

「晴樹は分かってない! もうすっごく面倒くさいんだから!」


 比べたらそうかもしれないが見ていないのに見られた! などと言われたときの面倒臭さといったらやばいがな。

 見ていないなんて言っても言い訳だと決めつけられて前に進めなくなる、だが、諦めてしていないことを認めたりもしない。

 まあ、そうすると違う女子も巻き込んで悪く言ってくることが確定しているものの、なにもしていないのであれば堂々とを貫いていた。


「むかつくむかつくむかつくむかつくむかつく!」

「落ち着け」

「もう膝貸してっ」


 休むのかと思えばそうではなく、その状態で歌っていた。

 どうせ払うからには歌ってくれた方がいいからありがたい、それとなにかをしていれば多少はマシになるだろうからだ。


「……晴樹に触れていたら落ち着いてきた」

「それならどんどん歌ってくれ」

「うん、あ、そうだ」


 彼女はわざわざマイクの電源をオフにしてから「この前もありがとう、奢ってもらったのにお礼を言っていなかったことを思い出したんだ」と。

 礼を言ってほしくてしたわけではないし、俺が礼をしたくてしたようなものだからいちいちそんなのはいらない。


「いつも俺が世話になっているんだから別にいいんだよ、こっちこそありがとな」

「うん、じゃあいい関係だよね」

「俺にとってはそうだな」


 彼女は結局時間がくるまでその状態で歌って、店から出た後はいつも通りに戻ってくれていた。

 もちろん抑え込んでいるだけかもしれないが、むかつくと叫びまくっていたときよりはマシだと思いたい。

 少しだけでも役に立てたということならいいな。


「ねえ晴樹、私も勉強を頑張るから誘ってよ」

「ああ、真乃も待っているからな」


 やばいやばいやばい、このまま彼女が頑張ろうとしてしまったら遅い時間に一人で帰ることになってしまう。

 彼女達はすぐに帰れるからいいが俺の方は遠いわけで、しかも俺の家の方向に歩く友がいないからなぁ……。


「もう、この流れなら分かるでしょ?」

「二人だけでってことか? 二十時とかまでやらせるのはやめてくれよ」

「うん、真乃先輩を見習って十九時ぐらいまでにしておく」


 十九時もきついわけだが、十八時までにしようなどと言ったら増えそうだったからやめた。


「分からないところがあったら教えてあげる、でも、二人とも分からない場所だったら真乃先輩に頼もう」

「ああ、そうだな」

「テスト本番が終わったらご褒美として甘い物を買うんだ」

「はは、結果が微妙でもか?」

「頑張ったことには変わらないからっ」


 俺としてはそうやってなにかを自分に買うよりも彼女達とどこかに遊びに行きたいところだな。

 勉強会以外では外で一緒に過ごせていないからその気持ちが強い、だが、現時点で言ったりはしない。

 俺が言うのは問題ないと分かった時点でだ、つまりまだ二週間ぐらい先の話だからまずは頑張らないといけないところだった。


「うわ、急に前に出てくるなよ」

「つまらない結果だー」

「なんだよそれ」


 変なことをした理由が吐かれる前に家に着いてしまって無理になったため、なんとも言えない気分のまま帰ることになった。

 無性に触れたくなってしまってイザベラの頭を撫でまくったが、意外にも怒ったりはしないでなすがままとなってくれていた。

 謝罪と感謝の言葉を忘れずにぶつけて父が作ってくれていた飯を温めてゆっくりと食べていく。


「最近は帰ってくるのが遅いな」

「勉強会をまた再開したんだ」

「頑張っているのはいいことだな」


 そう、そこは俺としても変わらない、なんだかんだ真乃か早穂がやってくれればモチベーションも上がるからサボるなんてことができないでいる。

 俺もあの時間を地味に気に入っているのかもしれないというか、あの時間なら二人きりでいるのを嫌がらないから大きい。

 まあ、特別というわけではないがそれでも本当に心の底から嫌なら例え勉強をするためであっても家になんて上げないだろうから心配をしすぎなのかもしれないが。


「な~」

「イザベラも頑張っていることがあるのか?」

「な~」

「そうか、偉いな」


 最後に頭を撫でてから父に渡す、いつも一緒に寝ているから変な遠慮をしているとかではない。


「えっ、あ、えっと……これか――もしもし?」

「お部屋のお掃除をしていたら晴樹さんのシャープペンシルを見つけたので明日持って行きますね」

「あ、悪い、頼むわ」


 これからまだまだ上がらせてもらうだろうから置いておいてくれなんて言おうとしてやめた、誘われたときだけ付いて行くぐらいがいいからだ。

 他者から見たら積極的に見えてしまうような行動はなるべくないようにしたい、こうして家に帰ってからあー! と叫ぶような経験は小さい頃だけにしたい。


「あと」

「おう」

「……今日、早穂さんとどこに行ってきたんですか?」


 真乃は早穂が絡まれていたのを知っているから決して唐突でおかしな質問というわけではない、それとなにかがあったときは大抵俺もそうやって動いてきたから尚更そういうことになる――って、この時点で他者からしたら駄目じゃねえかよ……。


「カラオケだな、それはもう暴れていたから歌わせることで落ち着かせたんだ」

「それ以外にはなにもありませんでしたか?」

「ああ、店から出たら解散になったからな」

「そうですか、晴樹さんは嘘つきですね」


 切られてしまって続けることは不可能になった……。


「やっぱり早穂ちゃんよりも怖いな」

「はは、聞こえていないだろ?」

「いや、お前の反応を見れば大体は分かるよ」


 どこかで失敗をしていたということであれば明日の朝、本人に聞いてなんとかするしかない。

 もうどうしようもないがこれから先のことは変えられるからそうやって頑張るしかなかった。

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