04話
「なあ真乃、別に嘘をついていたわけでもないのに嘘をついていると判断するのは違うんじゃないか?」
「晴樹さんが嘘をついているから嘘つきだと言わせてもらっただけです、適当にそんなことを言ったわけではありません」
「なにについてだよ、早穂とのことだってちゃんと言ったよな?」
「二人きりでやりたいと言われたことを隠したじゃないですか」
「なんだそのことかよ……」
そんなことが気になっているとは思わなかった、知りたいということならいくらでも聞いてくれればいい。
隠れてこそこそ早穂と変なことをしているわけではないからな、俺でなくてもいけないことをしている人間はそうするだろうよ。
「う、嘘つきじゃないですか、それ以外になにもないかと聞いたときに晴樹さんはああと答えたんですから」
「はは、まさかそんなことを気にしているなんてな」
「……それに膝枕もしていましたし……」
下手をしたらこの距離でも聞き逃してしまいそうな声量だったが聞き逃すようなことにはならなかったものの、内容が内容だけに少し固まった。
だってあれは学校とかではなく店の更に部屋の中でのことだから見られるわけがない、早穂がいちいちそんなことを言うとは思えないし……。
「おいおい、早穂から聞いたのか?」
それでも俺が教えてないということなら早穂経由でしか知ることができない情報だからそのまま聞いていた。
一つ問題だったのはあくまで表情を変えずに「直接この目で見ました、それに早穂さんが自分から言うわけがないじゃないですか」と返されてしまったことだろう。
直接この目で見たって真乃もあの店にいたってことかよ、それも同じぐらいの時間にということだ。
「歩いていたらお二人を見つけたのでこう……こそこそーっと追ったんです、そうしたらあまり広くもない密室でよくないことをするお二人が!」
「それなら普通に参加しろよ、あと、むかついていたから早穂はよく考えていなかっただけだ」
「ふーん、よく考えていなかったとしてもあんな風に甘えてしまうんですね」
くそ、今日は救世主が来たりはしないみたいだ、それどころか絡まれないようにするためなのか突っ伏して休んでしまっている。
つまり一人で怖い状態の真乃の相手をしなければならないわけで、早くも降参したくなってしまった。
このまま続けたところで俺は勝てないし、寧ろ彼女の顔が怖くなっていくだけだと思う。
この前のあれはあくまで関わりがない言ってしまえば嫌われようがどうでもいい相手限定の話であり、彼女達にはしていないのだから堂々と、はできなかった。
「私が同じことをしたら『なにをしているんだよ』と冷たい声音で止めてきそうですよね」
「別にそんなことはないぞ」
「じゃあ私が甘えてもいいんですか?」
「俺にそうすることでなにかがよくなるならな、勢いだけだったらやめておいた方がいい」
でも、できればこの人! と決めた相手の方がいい、そうでもないと帰ったときなんかに思い出して後悔するかもしれないからだ。
「い、イザベラさん」
「そういえば真乃は全然家に来ていないからイザベラにもほとんど触れていないよな、真乃が行ったらどういう反応をするのか気になるぞ」
俺が相手でも最近はあんな感じだから全く警戒せずに早穂のときみたいに甘えたりしそうではあるが、実際に家に来てくれないとどうなるのかは分からない。
だが、彼女の方からイザベラの名前を出したわけだから興味があるということだろうし、たまにはいいかもしれないな。
距離が遠いからもし俺の家にということなら休みの日がいいだろう、そうすれば暗い時間に帰る必要もなくなる。
「そ、そうではなく、イザベラさんが羨ましいな……と思いまして」
「イザベラが羨ましい? はは、学校に行かなくていいからか?」
たまに俺も猫みたいにじっとしていたいときもあるが、彼女達といられないということだからすぐにその考えを捨てる連続だった。
そもそも限られたところまでしか移動できないってつまらなさすぎるだろ、体育なんかが好きな俺としてはもっと自由に移動がしたい。
「はぁ、本当にこういう……」
「え、なんで急にそんなに冷たい顔をされているんだ俺は……」
「別に晴樹さんが悪いわけではありませんよ」
「いや嘘だろ……」
なるほど、この感じを見るにすんなりと当てられてしまったというところか。
過去にも同じようなやり取りをすることがあってそのときもいまみたいな反応をしていたから間違いではなさそうだ。
まあ、確かに全てを吐いたわけでもないのに簡単に当てられてしまったら俺でも固まってしまうぐらいだし、別に彼女がおかしいわけではなかった。
「大丈夫だ」
「……なにがですか?」
「言い当てられることなんて普通に生きていれば何回もあることだろ」
「そうですねー」
「はは、中々素直に認められないことも普通にあるよな」
恥ずかしいことではない、完璧ではない方が意外と人生を楽しめるはずだ。
だから気にせずにいてほしかった。
自習時間になんとも集中できなくて友の方を見てみたら真面目にやっていたが影響を受けることはなかった。
普通の授業と違ってこういう時間は駄目だ、なんにも意味がないから他の授業になってもいいから教師が来てほしい。
静かにしていれば怒られることがないのはいいが、これなら他の場所でゆっくりいていたかった。
しっかしこの教室にいる生徒は休み時間になると滅茶苦茶盛り上がるくせに授業中は真面目だな、見習いたいが残念ながらそれは無理ということになる。
とかなんとか考えていたら後ろから紙が飛んできた、確認してみると『真面目にやってください』という内容のもので……。
ちなみに早穂の席も真乃の席も遠いから直接ここまで飛ばすのは不可能なはずだ。
とりあえずまた飛ばされても嫌だから残りの時間をなんとか勉強をやることでつぶして、終わったら直接確認をするために移動した。
「私ではありませんよ?」
「じゃあ早穂か?」
「私も違うよ?」
「じゃあ誰だ、喋れないこともないが俺と仲がいい存在はこのクラスには二人しかいないぞ」
後ろから飛んできたから一応後ろの席の存在に聞いてみたものの、自分ではないと言われて余計に分からなくなった。
でも、別に悪口なんかが書かれていたわけではないからいいか、真面目にやっていなかったのは本当のことだから今度は気をつければいい。
「ぷぷぷ、誰かは分からないけどその子の言う通りだよねぇ、晴樹はこういう時間が嫌いだからすぐに手を止めちゃうもん」
「でも、お勉強会のときは真面目にやってくれていますよね?」
「それは真乃や私がいるからだよ、可愛い女の子二人と自分だけしかいない空間だったら勝手にやる気が上がっちゃうでしょ」
実際、二人がいるところでは先程みたいにならないわけだから彼女の言う通りみたいなものだ、とはいえ、ここで認めると面倒くさくなりそうだから黙っておく。
「私は可愛くないですよ」
「あ、そういうの駄目だから」
解決したということにして席でゆっくりしておくことにした、すぐに汗をかくのもあってなるべく動かないようにしているのが最近のことだった。
運動ができるときの方がいいのはいいが、相手にまで影響を与えてしまうことだから放課後まではじっとしておくしかない。
「終わった」
だから放課後になるとなにもなくてもテンションが上がる、今日は勉強会が開催される日でもないから適当に寄り道をしたりしながら帰ろうか。
早穂と真乃の二人は二人だけで遊びに行くみたいだったから珍しく一緒に帰らないことになった。
「尻だな」
「……そんなことを言っていないでお兄さんも拾ってよ」
「あ、そうだな」
拾いつつ日曜以外でこうして遭遇するのは初めてだなと内で呟く。
「はい」
「ありがと」
「制服を着ているとなんか違和感があるな」
いつもは薄長袖の服に少し短めのスカートだから違う人間になったみたいに見えてくる、まあ、制服のときもわざと短めにするとかアホみたいなことをしてくれていなくて安心した。
「はぁ? 普通はもっと違う感想が出てくるところでしょ」
「違う感想? あ、本当に中学生なんだな」
「小学生とでも思っていたの?」
「いや、そんなことはないが」
「なにそれ、なんか適当って感じじゃん」
見た目だけでは相手が何歳なのかなんて分からないし、適当に言おうものなら悪い流れになるかもしれないからこれぐらい曖昧なままでいい。
「それとどうせなら犬丸先輩を連れてきてよ」
「この前自己紹介もせずに帰ったのはそっちだろ」
「……だっていきなりすぎていられなくなったんだもん」
「異性にいきなりナンパをされたとかそういうことじゃないんだ、同性が相手なんだからいちいち気にし過ぎだろ」
ちゃんと距離的に無理だということも教えておいた、そうしたら「ぼうっとしているから犬丸先輩が付き合ってくれないだけでしょ」と言われてしまった。
残念だがぼうっとしていることは関係ない、俺が誘った場合には高確率で断られると決まってしまっているのだ。
この前のあれは奢りだったから受け入れてくれただけで、多分自分で払えよなどと言っていたら一人で行動することになっていただろうな。
「なあ、学校で友達とちゃんといられているか?」
約束をしているということで毎回日曜のあの公園に現れる彼女だが、友達的存在が来たのは一回しか見たことがない。
それ以外のときは俺と数十秒ぐらい話して離れていく、そういうことが重なると一応年上としては大丈夫なのかと不安になってしまうわけだ。
「一緒に遊んでいるところを見たことがあるでしょ?」
「仲良くできているならいいんだ」
「お兄さんに心配をされるなんて私は駄目ってことか」
「こういうことを聞くのは普通のことだろ。まあ、なにかあったらその友達を頼れよ、じゃあな」
途中で自動販売機があってついつい贅沢をしそうになったが我慢をして家で大人しく茶を飲んだ。
最近は金の出費が増えているからこういう小さなことを減らしていこうと決めたのだった。
「真乃に熱心に話しかけていた男子が今度は早穂に積極的になりだしたな」
「早穂さんは明るくて可愛いので普通のことではないでしょうか」
「でも、一応あの男子の中で真乃と付き合っていることになっているんだろ? それなのに狙うっておかしくないか?」
「そういえばそうでしたね」
おいおい大丈夫かよ、そのことで無駄に絡まれるかもしれないのは俺ではなくそっちなのにこんな感じでよ。
俺にできることはなにもないと言えてしまうレベルだからこちらを頼られても困ってしまう、そのため、自分達だけでなんとかできるように対策をしてほしいところだった。
「ただ、早穂さんと楽しそうにお喋りをしているところを見ると少し複雑な気分になります」
「お、はは、一応あの男子の積極さは無駄ではなかったということか」
ということは早穂がその気になればライバルになるかもしれないということか、まだそこまで仲がいいわけではないからやりづらさというのは少ないだろうがどうなるだろうか。
それでも逃げていた頃とは違ってもう普通に会話をする仲だし、そこまでではないなら他の男子にしておいた方がいい気がする。
たかだかそれぐらいの気持ちだったのかよと言われても俺なら違う相手を好きになれるように頑張るところだ、だってそういうことで争いたくはないだろ普通は。
「なにを言っているんですか?」
「つまりもやっとしたってことだろ? だったら真乃もあの男子とまではいかなくても頑張らないとな」
「違いますよ、あの男の子と晴樹さんが重なるからです」
いやいや、俺が複数の異性に対して自分の欲求に従い行動しすぎているかのように言うのはやめてくれよ、俺から動くことはこの先も絶対にないと断言できる。
「とにかく私の選択は正解でしたね」
「そ、そうか」
「はい」
異性に近づく理由が全員が全員恋をしてというわけではないからちゃんと話を聞いてやってからにしてほしい。
だってもし違ったら自意識過剰みたいになってしまう、そういう事故をなくすためにもちょっとしたことを忘れずにした方がいい。
あと、毎回毎回正しい選択をできるわけではないということを彼女は放課後に知ることになった形になる。
「雨……きゃっ、いきなりこんなに降るなんてっ」
「急ぐぞ」
で、こういう日に限って目的地が彼女の家とかではなく俺の家などと遠いところに設定されているんだよなぁ。
「残念ながら今日の選択は間違いだったな」
「っくしゅ、そ、そうですかね……」
「とりあえずタオルを持ってくるから待っていろ」
二枚ぐらい持っていけば十分だろと判断して持って行くとなんかやたらともじもじしている彼女がいた。
すぐに出てきたのはトイレという単語だったが早穂に言ったときにデリカシーがないなどと言われてしまった経験があるためタオルを渡すことしかできなかった。
だが、何故か彼女は拭こうとしない、動こうともしないから前に進まないまま変な時間が始まった。
「あ、あの」
「おう」
この変な時間を終わらせてくれるのであればありがたい。
「……入らせてもらえればタオルは一枚で済みますよね……?」
「なんだ、拭いてほしいのかと思ったぞ」
「入らせてもらいますっ」
彼女が洗面所に消えてから少ししてとことことイザベラが歩いてきた、濡れてしまうから離れておけと言っても聞いてくれなかったから残ったタオルで手を拭いてから頭を撫でる。
「確かに真乃が言っていたようにイザベラが羨ましいよ、結構な時間自分だけになってしまうのは寂しいがな」
多分理解できていないだろうがそんなのは可愛い顔の前にどうでもよくなった、そしてイザベラと遊んでいたらすっかり元通りになった真乃が帰って――こなかった。
全然出てこなくて大丈夫かと声をかけようとして固まる、何故なら着替えというやつを持って入っていないからだ。
「は、晴樹さんっ」
「おう、服のことだろ」
「は、はい。あのっ」
「適当に持ってくるから待っていろ」
扉を開けて持ってきた物を中に投げ入れる、濡れていたから移動したくはなかったが仕方がないと片付けるしかない。
父でもないのに俺の近くをとことこと歩いたことで濡れたイザベラを拭いて、また玄関のところでゆっくりしておく。
「……シャツやズボンだけではなくて上に着られる物も持ってきてくれてありがとうございます」
「せっかく風呂に入って温まっても湯冷めしたら変わらないからな」
「と、とにかく晴樹さんも早く行かないと」
「だな、ちょっとイザベラと遊んでいてくれ」
溜めていないのもあってそもそも長風呂は不可能だったからささっと出てきた、リビングに入ろうとするとにこにこ笑みを浮かべながらイザベラと戯れている真乃が見えて邪魔をするべきではないという考えになってしまったため、被害が出た場所を拭いていくことにした。
終わっても廊下でのんびりとしていたわけだが、流石になにも言わずにそんなことをしていたらこうなるよなという結果で終わってしまった形になる。
「もう……」
「邪魔をしたくなかったんだよ、真乃があんなに笑っているなんて珍しかったからさ」
「イザベラさんも心配になるでしょうからせめてやるにしてもちゃんと言ってからにしてください」
「分かったよ」
急に出て行ったとかそういうことでもないのにいちいち気にし過ぎというかなんというか、俺がいたらイザベラと遊ぶことはできなかったのだから感謝してほしいが。
「……すみません、少し調子に乗ってしまいました」
「なんだよ急に、そんなのいいから紅茶かコーヒーかどっちかを決めてくれ」
「そ、それなら紅茶でお願いします、コーヒーは苦手なんです」
あれ、確かかなり前に飲んでいたところを見たことがあるのだが、あれは無理をしていた結果ということなのだろうか。
もしそうなら無理をするなよとしか言いようがない、そんなところで頑張ったところで大していい結果も出ないだろう。
なんでもかんでも苦手ということなら多少は苦手ではなくなるように努力をしなければならないのかもしれないがそうではないのであれば仕方がないと片付けられることだ、だから気にしすぎるのも問題だった。
「はい」
「ありがとうございます」
甘くて冷たいジュースが好きな俺でも風呂上がりなんかにはこういう飲み物が飲みたくなるときがある。
「それと服のことですけど今日は借りていきます、必ず洗って返すので心配はする必要はないですよ」
「おう、いつでもいいからな」
もう少し待てば父が帰ってくるから送ってもらおう。
疲れているところ申し訳ないが、中々往復するのも大変だから送ってもらいたいところだった。
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