第19話 三種の神宝

「この犯罪者。な、なんでこんなことをするのよ……」

直子の弾劾を、勇人は鼻で笑って受け流す。

「次はおまえたちの番だ。覚悟するんだな」

勇人の手から電流が発せられ、メイドたちを打つ。彼女たちの胸には、執事たちと同じく雷呪紋が刻まれた。

「痛い!苦しい!」

「も、もうやめて下さい。許して!助けて!」

たっぶりと心臓発作で苦しめた後、メイドたちは勇人に土下座して許しをこうのだった。

「な、なんでこんなひどいことを……」

泣きながら被害者ぶる直子を、勇人は鼻で笑う。

「ひどいこと?お前たちが今まで俺にしていた無礼を忘れたのか?」

「そ、それは……」

口ごもるメイドたちに、さらに続ける。

「そもそもお前たちは、親に捨てられて施設に預けられた孤児たちだ。それが人間らしい暮らしをできていたのは、誰のおかげだ」

そう指摘されて、メイドたちは小さな声で返す。

「そ、それは……雇ってくれた源人様のおかげだけど」

当主である源人は、「富める者は貧しい者たちを救わなければならない」という慈悲の精神で、全国の孤児院を回って行き場のないものたちを執事やメイドとして雇い、生活の面倒を見ていた。メイドたちも、源人に対しては恩を感じていたのである。

「そうだ。その恩を忘れて、祖父の血を引くご主人様である俺に無礼を働いたから、制裁を受けたんだ。自業自得だ」

メイドたちの前で傲然と胸を張る勇人に、メイドたちはきまり悪そうに下を向いた。

「み、みんな。騙されないで。こいつは正人様に勘当されかけている奴なのよ。ご主人様じゃないわ」

直子が必死に叫ぶが、メイドたちは黙ったまま考え込んでいる。

「そもそもお前たちは完全に思い違いをしている。南方家の現当主は誰だと思っているんだ」

「それは……正人様で……」

言い返す直子に、勇人は首を振る。

「違う。正人は所詮代行にすぎない。現在の当主はまだ祖父である源人のままだ」

それを聞いて、メイドたちはハッとした顔になった。

「祖父は俺を後継者だと定めていたはずだ。それを正人が勝手に覆すから、南方家の秩序が乱れ、お前たちも恩知らずな行動をするようになったんだ。ではなぜそんなことが起こったか、今から真実を語ろう」

そういうと、勇人は直子の頭に手を触れる。次の瞬間、猛烈な電流が直子の脳内を走り回った。

「痛い!痛い!」

騒ぎ立てる直子を無視して、勇人は彼女の脳内電流から記憶を探る。

「なるほど……やっぱりそうだったか。爺さんが入院したのは、お前のせいだったんだな」

次の瞬間、空間に映像が浮かぶ。それは直子の記憶から再現された立体映像だった。

「直子……私に力を貸してくれ。これは南方家のためなんだ。頭の固い老害が当主だと、何もかもうまくいかなくなる」

映像の中の正人は、直子の尻をなでながら、白い粉が入った袋をそっとポケットにいれる。

「え~どうしましょうか」

「頼むよ。これがうまくいったら私が実質的に南方家の当主になる。そうしたら、なんでも好きなものを買ってやるし、正式な愛人に昇格させてやるから」

「仕方ないですねぇ」

そういいながら二人はベットに倒れこむ。場面が代わって、給湯室で紅茶に白い薬を入れている直子が映った。

「ふふふ……これで源人は目を覚まさなくなる。そうなったら、私は当主の愛人になって、どんな贅沢も思いのままだわ」

喜々として紅茶をかき混ぜる直子。彼女はそのまま源人がいる執務室に紅茶を運ぶのだった。

「ひ、ひどい……源人様が入院したのって、一服盛られたからなの?」

「これはやりすぎよ。こんなのってないわ」

「私たちの恩人の源人様に、こんなことをするなんて」

メイドたちは、源人に対する恩を思い出して、直子に怒りをつのらせる。

「う、うそよ!こんなのでたらめよ」

直子は必死に叫ぶが、メイドたちから冷たい目を向けられた。

「……勇人様。申し訳ありませんでした」

「こんなやつに誑かされて、源人様の正式な後継者である勇人様に無礼を働くとは。心からお詫びいたします」

メイドたちは勇人に土下座して謝罪するのだった。

「そうか。なら最初の命令だ。メイド長の地位にありながら、ご主人様である俺に無礼を働いた林田直子を、身ぐるみ剥いで屋敷から追い出せ。身に着けた服も、私物も貯金もすべて没収しろ」

勇人の命令で、はじかれたようにメイドたちは動き出す。

「や、やめなさい。裏切者!なんで私がこんな目に……」

必死に抵抗する直子だが、メイドたちに罵声を浴びせられる。

「うるさい。この恩知らず」

「私たちはあんたに騙されていたのよ!」

「責任とりなさいよ。色仕掛けで南方家に取り入って。このアバズレ。前からあんたは気に入らなかったのよ」

メイドたちにボコボコにされて、直子は屋敷から追い出されてしまうのだった。


メイドたちが買ってきた服に着替えた勇人は、執事たちに命令する。

「引退した爺を呼び出せ」

「は、はいっ」

執事たちは慌てて屋敷から出ていく。しばらくすると、源人の元側近である老人がやってきた。

「爺、久しぶりだな」

「お坊ちゃまもお元気そうで。また会えてうれしく思います」

そういって完璧な礼をする老人は、楠木正盛といって、前の執事長だった。

彼は新田組と同じく南方家に代々仕えていた家系だったが、正人が当主代行になる際に追放されていたのである。

「さっそくだが、俺がこの南方家を継ぐことになった。爺はまた執事長として俺を支えてくれ」

「はっ」

正盛はうやうやしく頭を下げる。

「なんだ。ずいぶん素直だな」

「一目みてわかりました。お坊ちゃまは南方家を継ぐにふさわしい覇気と胆力と野心を身に着けなされたと。若かりし頃の源人様とそっくりでございます」

感慨深そうに告げる正盛に、勇人は苦笑する。

「まあ、俺はたまたまラッキーで力を授かっただけだがな。それじゃ、祖父の執務室に案内してくれ」

「はっ。こちらに」

正盛は先頭に立って、勇人を案内する。いくつもの隠し扉を抜け、はるか地下まで階段を降りた先に重厚な鉄の扉が見えてきた。

勇人は堂々とした態度で、執務室の扉を開ける。

「ここが祖父の執務室か。初めて入ったな」

部屋の中は、大財閥の総帥にふさわしく重厚な調度品で溢れていた。

「こちらが金庫でございます」

正盛の案内で執務室に併設されている金庫室に入る。そこはまさに長年に日本の裏側で暗躍してきた南方家の金庫にふさわしい、宝の山だった。

「えっと……現金に金塊に小切手、土地の権利書に国債や株などの有価証券か。名義は祖父のままだな」

「まだ源人様は生きておいでですので」

「なるほど……なら、祖父が死ぬ前に助け出すことができたら、正人を追い落とせるな」

現在、祖父である源人は薬を盛られて意識不明の重体として、正人の息がかかった病院に入院中である。だが皮肉にもそのせいで、財産の名義の書き換えなどはおこなわれておらず、正人はまだ当主代行という立場だった。

金庫室の中を改めていた勇人は、部屋の隅に置かれている装飾がついた金庫に目を止める。その金庫には鍵穴がなく、無数の神代文字が彫られたメモリがついていた。

「これは何だ?何が入っている?」

「申し訳ありませんが、私の口からは申し上げられません。ただ、その中に南方家の当主が継ぐべき秘宝が入っているとか」

「ふん。おもしろいな」

好奇心に引かれた勇人はなんとか開けようと試みる。

「えーっと。神代文字って、元はデーモン星人たちの使っていた言語なんだよな。だったら、このメモリを意味ある文に並べ替えて」

ブラックナイトからダウンロードした知識を元に、文章を組み立てていく。

「高天原よりいたりた黒き天之浮舟、自らの種を宿した天孫を遣わせ日の元の支配を託す。その証として十の宝授ける……か」

「ど、どこでその祝詞を」

正盛が驚愕している間に、カチッという音がして金庫が開かれる。中には緋色に輝く剣が一振り、鏡が二つ、玉が四つ、そして布が三切れ入っていた。

「これは……もしかして」

「そうです。日本の失われた秘宝です。現在の天皇家には『三種の神器』が、そして南方家には、この『十種神宝』が伝わっているのです」

金庫の中の10の宝は、まばゆい光を放っていた。

「これが我が家に伝わっているということは、もしかして」

「はい。南方家は、歴史の闇に身を隠した南朝の正当な子孫なのです」

日本の歴史の中で、天皇家が二つに割れて争った時期がある。その争いに敗れて歴史から消えていった南朝は、南方家に名を変えて存続していた。

勇人が宝に触れて電気を通すと、三枚の布が宙に浮く。

続いて残りの鏡、玉、剣が布にあわさり、輝きだした。

「うぉっ。まぶしい」

あまりのまぶしさに、勇人は思わず目を閉じる。二枚の鏡が布を挟んで合わさり裏表が存在する小さな盾に、四つの玉が布に連なってネックレスに、そして剣に残りの布が巻き付いて柄になった。

「おお……これこそが『三種の神宝』。北朝の『三種の神器』の対になる、日本の真の帝となるべき者が継承すべき神宝です」

神宝を装着した勇人を見て、正盛が感動に打ち震えている。

(なるほど。この宝には色々な能力が埋め込まれているな。太古の王家は、これを使って天変地異を起こして権威を保っていたわけか。これもデーモン星人が人類社会の指導者たちに分け与えた文明の利器だな。これはいいものが手に入ったな)

それぞれの宝に備わった機能を確認して、勇人はほくそ笑む。

「まあ、今の時代南朝の子孫を名乗っても何の意味もないけどな。だが、俺が日本を支配するほどの実力を手に入れた時に、この宝は権威付けとして役に立つだろう」

権威の証を手に入れた勇人は、それに見合った実力を身に着けようと気合を入れ直すのだった。

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