第18話 執事たちへのしつけ

退院した勇人は、深夜遅くに屋敷に戻る。

「今帰ったぞ」

堂々と扉をあけて、メイドたちに声をかける。しかし、彼女らは勇人を無視していた。

「おい。なんで返事しないんだ」

「ふんっ」

話しかけてもそっぽを向いて歩き去っていく。

「まあいい。腹がすいたな。とりあえず飯でも食うか」

そういって家族用の食堂に入るが、冷たい笑みを浮かべた直子たちに出迎えられた

「これはこれは勇人様。おかえりなさいませ。エストラント号では大変な目にあったとか」

「ああ、馬鹿な桐人のせいでな。それより腹が減った。飯を出せ」

以前とはまったく違った傲慢な態度に、直子の頬がピクリと動く。

「……わかりました。少々お待ちを」

そういって台所にさがる。しばらくして運ばれた食事は、異臭がする残飯だった。

「おい。なんだこれば」

「こんな夜遅くに帰ってきて、いきなりご飯と言われて用意できるわけないでしょう。仕方ないから、使用人たちの食べ残しを持って来たんですよ」

周りのメイドからクスクスといった笑い声が聞こえてきた。

「……ふん。まあいい。俺は肉体改造によって消化器官も強化されているからな。試しに食べてみるか」

そういうと、まったく躊躇なく腐りかけの料理を食べていく。その様子をみて、メイドたちはうへぇという顔をした。

「信じらんない。腐ったご飯も平気で食べているわ」

「でもお似合いだよね。ここを追いだされてホームレスになった時の練習になるんじゃない。アハハ」

メイドたちの笑い声が響く中、勇人は平然と食べ続けるのだった。

(チッ。この卑しい鈍感男め。この程度じゃ自分が嫌われていることも理解できないのね。仕方ない。次のいやがらせをするわ)

そう思った直子は、スープを持ってくる。

「おっと、ごめんなさい」

転んだふりをして、運んできたスープを、わざと勇人にぶっかけた。

「なんだこのスープは。臭いにおいがするぞ」

「あらあら、ごめんなさい。間違って雑巾のしぼり汁で出汁をとってしまいました。まあでも、残飯でも平気で食べられるあなたにふさわしいでしょ。おほほほほ」

わざとらしく高笑いする直子に、勇人はため息をついた。

「なるほど。使用人の分際でここまで思いあがっていたわけか。これは教育をやりなおさないとな」

そうつぶやくと、勇人は食堂の大テーブルを片手でつかんで思い切り持ち上げた。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

数十人が一度に食事できる大きなテーブルである。上に載っていた残飯がぶちまけられて、メイドたちから悲鳴があがる。

「な、何をするんですか!」

ヒステリックに喚き散らす直子に、勇人は容赦ないビンタを食らわせた。

「な、なにを……ぐふっ」

ビンタされた衝撃で折れたのか、直子は血反吐とともに歯を吐き出す。

「おい。お前、俺のことをなめているのか。言っとくけど俺は南方家の血を引くご主人様だぞ。その俺にこんな無礼な態度をとるって、殺されても文句言えないな」

「ひ、ひいっ」

今までとは全く違った迫力をまとった勇人に、直子は恐怖の叫び声をもらす。

「とりあえず、お前は首だ。ハッ」

「ぐはっ」

強烈な膝蹴りを食らって、直子は胃液をはいて崩れ落ちた。

「き、きゃぁぁぁぁ」

「や、やめて。ごめんなさい」

直子に振るわれた暴力を見て、メイドたちは震えあがって泣き始める。

「何泣いてんだ。おら、さっさと掃除しろ!」

「は、はいっ」

勇人に怒鳴られて、メイドたちは残飯や直子の胃液でぐちゃぐちゃになった食堂を掃除した。

「あーあ。きったねえ。お前たちのせいで汚れてしまったじゃねえか。すぐに風呂を沸かせ」

「わ、わかりました」

尻をけられたメイドの一人が、転がるように大浴場に向かって走り出すのだった。

「お、お風呂が沸きました」

しばらくして、びくびくした様子のメイドが伝えに来る。

「おう。さっそく入るとするか」

風呂場に向かう勇人に、メイドたちはほっとする。

その時、勇人は振り返ってこう告げた。

「着替えをもってこい。もちろん下着もな」

そういって出ていく勇人に、メイドたちは真っ青になる。

「ど、どうしょう。あいつの服は全部捨てちゃった」

「もし下着がないなんてことがわかったら、また殴られちゃう」

「と、とにかくコンビニでもいって買ってこよう。えっと、でも服はどうしょう。お店が開いてないよ」

右往左往するメイドたちに、声がかけられる。

「な、なんだこれは。何があったんだ」

食堂に入ってきたのは、筋骨たくましい執事たちだった。

「き、聞いてよ。あいつが……」

メイドたちは勇人の暴力を訴える。

「ふーん。いやがらせを受けたら泣いて出ていくと思っていたが、反抗するとはな。腐っても南方家の者か。でもバカだよな。かよわい女たちに暴力を振るうなんて」

「ああ。これで勘当は確実になったな」

ニヤニヤしながら指をボキボキと鳴らす。

「ちょうどいい。俺たちが追いだしてやろうぜ。おい、あいつが風呂から出てきたら訓練場につれて来い」

執事長の堂満達夫はニヤリと笑って、訓練場に向かうのだった。



大浴場を出た勇人は、屋敷の執事たちに取り囲まれた。

「坊っちゃん。ずいぶんメイドたちにひどい事をしたそうじゃねえですか」

執事たちは、勇人を睨みつける。彼らは、南方家の家臣である新田組に拾われた元半グレたちであって、新田警備保障の社員として屋敷を警備している。

それなので、南方家や勇人に対する忠誠心はもともと低かった。

そんな彼等を、勇人は恐れげもなく睨み返す。

「しつけのなってない使用人に教育するのは、主人の役目だからな」

バスローブを着た勇人は、平然とそう答えた。

「面白い。だったら俺たちにも教育してくれるんですかい?」

「もちろん。しつけの悪い犬どもには、今までの俺への態度を骨の髄から反省して、俺の命令に絶対服従するようにしてやるよ」

全く恐れない勇人に、執事たちは不快そうに鼻を鳴らす。

「ふん。おもしろい。それなら俺たちを顎で使う資格があるかどうか、試してもらおうじゃねえか」

執事たちに囲まれて、勇人はトレーニングルームに向かう。そこでは執事長の堂満達夫が、リングの準備して待っていた。

「ほう。素直に来たのか。てっきり泣いて謝るか、逃げ出すとおもっていたんだがな」

現役のプロレスラーの頃のコスチュームに身を包んだ達夫は、ロープにもたれながらニヤニヤしていた。

「飼い犬のしつけをするのに、なんで逃げないといけないんだ?」

余裕たっぷりに返す勇人を、達夫は嘲笑う。

「がはははは。度胸だけは一人前か。いや、自分の実力もわからないただのバカか。いいぜ、上がってこい」

その挑発を受け、勇人はバスローブ姿でリングに上がった。

「……てめえ。その姿はなんだ。俺をなめているのか」

「いや、パンツがまだ用意されてないんでな。まあ、どうせ汗もかかないで瞬殺だろうから、これで充分だろう」

素人の少年にここまでなめられて、達夫の顔は真っ赤に染まる。

「ほざいていろ。すぐにぶっ殺してやるぜ」

二メートルにも達しようかという巨体で、勇人の前に立ちはだかるのだった。


「先にいっておくが、お前には生贄になってもらう。ほかの執事への見せしめとして、ボコボコにされたあげく懲戒解雇だ」

「やれるものならやってみろ。こっちこそヒイヒイ言わせた後にその手の店に売り飛ばしてやるぜ」

カーンとゴングが鳴らされ、達夫は勇人に掴みかかっていった。

捕まえようと伸ばされた腕を、勇人は迎え撃つ。両者はがっぷりと四つ手に組みあった。

「はっ。てめえごときが俺と組み合うつもりか。指をへし折ってやるぜ」

達夫はそういって腕に力を込めるが、勇人は組み合ったまま動かない。

自分の半分も体重がなさそうな勇人を屈服させることができず、達夫はいらだった。

「な、なんでお前みたいなもやし野郎に、こんな力が」

「チンパンジーの握力は人間の十倍以上、500キロだって知っているか?でもその筋肉量は人間と大差ない。その違いがなぜかわかるか?」

達夫の指に圧力をかけながら、勇人はつぶやく。

「そ、それが何だってんだ」

「その答えは、筋肉を制御する神経プログラムにある。人間は手先を使って細かな作業するために制御に特化されているが、チンパンジーは出力に全振りしているんだよ。『魔人類デモンズ』である俺は意識的にその両方を使いこなすことができる」

勇人の腕に電流が奔る。それにつれて握力がどんどん増していった。

「い、いてえ!」

組んでいる指からミシミシと音がして、どんどん有り得ない方向に曲がっていく。へし折られる寸前に、達夫のほうから振り払った。

「どうした。それで終わりか!

「てめえ!」

恐怖に駆られた達夫は、がむしゃらにパンチとキックを繰り出す。しかし、勇人は稲妻のようなすばやい動きでそれをかわし、一撃も当てられなかった。

数分後、汗まみれで息を切らした達夫と涼しい顔をした勇人がリングの中央で向かい合う。

「どうした。もう疲れたのか?」

「うるせえ!ちょっと待ってろ」

達夫はいったん距離をおき、息を整えた。

(だめだ。こいつをとらえきれねえ。お、落ち着け。俺は元プロだ。こういう小回りが利く相手に対しては……)

大きく息を吸った達夫は、見せつけるようにその腹筋を勇人の前に晒した。

「ふっ。逃げるばかりじゃ勝てねえぜ。今度はお前のほうから攻撃してみな。受けてやるぜ」

「そうか。なら遠慮なく」

次の瞬間、閃光のように動いた勇人の肘うちが鳩尾に入る。腹筋に力を入れて防御していたにもかかわらず、ボキっという音がしてあばら骨に激痛が走った。

「かはっ」

崩れ落ちそうになるが、根性で耐える。そして勇人を捕まえると、そのまま高く持ち上げた。

「捕まえたぞ。このまま首から落として……ギャッ」

「馬鹿が。捕まえられたのはお前だよ」

ビシッという音が響いて、達夫は勇人の身体を取り落とす。勇人は空中で持ち上げた達夫の手の指をつかんで、容赦なく折ったのだった。

指を抑えてうずくまる達夫に対して、勇人は冷たく告げる。

「最後の忠告だ。負けを認めて俺の奴隷になる気はないか?」

「だ、誰がお前なんかに……ぐっ⁉」

最後まで言い終わらないうちに、勇人のストレートパンチが繰り出され、達夫の歯をすべて叩き折っていた。

「そ、それまで!試合終了だ!

執事たちがカンカンとゴングを叩いて止めようとするが、勇人はリングから降りない。

「試合?何を寝ぼけた事を言っているんだ?これはご主人様が飼い犬に躾をしているだけだ。躾をしてもどこまでも従わない狂犬なら、処分しないといけないな」

達夫の髪をつかんで引っ立てる。パンツの間からチョロチョロと小便が滴り落ちた。

「あ、ああああ……や、やめてくれ。俺が悪かった。いや、悪うございました。今後はあんたに尽くすから」

血だらけの口で必死に命ごいをするが、勇人は残酷な笑みを絶やさない。

「心配するな。殺しはしないさ。ただ、子孫は諦めるんだな」

そういうと同時に、勇人は達夫の股間に強力な膝蹴りをくらわせる。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」

激痛がはしり、満男は白目をむいて倒れるのだった。

「な、なんてことを」

「試合終了だって言ったのに」

股間を完膚なきまでに潰された達夫を見て、周囲の執事たちが恐れおののく。

「誰が試合だって?ここは制裁の場だって俺は言っているだろう」

勇人が執事たちをじろりと見渡すと、彼らは怯えた表情を浮かべた。

「だ、だけど……急所攻撃は反則だろう」

「何をふざけたことを。制裁に反則もクソもあるか。さて、次は誰だ?」

執事たちを挑発するが、誰もリングに上がろうとしない。

「そこの奴、次はおまえだ。上がってこい」

勇人が一人のやんちゃそうな執事を指さすと、彼はぶんぶんと首を振った。

「い、嫌だ。……あんたは悪魔だ。人間のすることじゃない」

執事が恐怖に震えながら言った言葉を、勇人は聞きとがめる。

「悪魔って……このことか?『魔人変化』」

勇人の身体が変わっていく。筋肉が内側から盛り上がり、一回り大きくなった。さらに頭から二本の突起が勃起して、背中から蝙蝠の羽が生えた。

「そ、その姿は?」

「ああ。これが新人類『魔人類デモンズ』の姿だ」

達夫以上の巨体となった勇人は、容赦なく倒れている達夫を踏みつぶす。足をへし折られた達夫は、あまりの痛みに叫び声をあげて悶絶した。


「さて、俺に挑戦する奴はまだいるか?」

巨大な悪魔となった勇人に睨みつけられ、執事たちはいっせいにその場に土下座する。

「ご、ごめんなさい。命だけは助けてください」

「御見それしました。今までのご無礼を謝罪します。どうかお許しください」

必死に命乞いをする執事たちに、勇人はニヤリと笑いかけた。

「いいだろう。ただし、今までの無礼の罰で、給金はしばらく半分だ。屋敷を辞めることも許さない。お前たちは一生俺の奴隷だ」

勇人の二本の角から電流が奔り、執事たちを打ち倒す。心臓の位置に『隷』の文字が焼き付けられた。

「それは『雷呪紋サンダータトウ』だ。俺の意思が込められた電気プログラムが入力されており、俺の指令でいつでも発動させることができる。こんな風に」

勇人が指を鳴らすと、文字から電流が流れて、執事たちの心臓を直撃する。

「く、苦しい!」

「た、助けてくれ」

胸を押さえてもがき苦しむ執事たち。五分ほど地獄の苦しみを味わった後、ようやく胸の痛みは治まった。

「これで誰に従うべきか、よくわかっただろう。今後は奴隷として命がけで俺に尽くせ」

「は、はいっ」

執事たちは土下座したままうなずく。

こうして、勇人は執事たちを支配するのだった。


勇人が執事たちに連れていかれるのを見て、メイドたちはニヤニヤと嗤っていた。

「ざまぁ。あいつは執事さんたちにボコボコにされて、屋敷から追い出されるわね」

「これで一安心ね」

執事たちの力を借りて、勇人たちに復讐できると思ってメイドたちは悦に入る。

やがて、訓練所から苦痛の絶叫が聞えてきた。

「あははっ。執事長にお仕置きされて、泣いているわね」

「おしっこ漏らしているんじゃない?」

「そっかー。おむつでも買ってくればよかったかな」

好き放題に勇人をこき下ろしながら、執事たちの制裁が終わるのを待っている。

「あいつ……絶対に許しません。堂満さんたちのしつけが終わったら、次は私が仕返ししてやります」

頬に湿布をあてた直子が、憎々しげにつぶやいた時、執事たちが訓練所から戻ってきた。

「お疲れさまー。あれ?執事長は?もしかして二人っきりで勇人をしつけているの?」

「ああ、執事長ってそういう趣味があるって噂だからね」

「きゃー」

無邪気にはしゃぐメイドたちだったが、執事たちが暗い表情をしているのに気づく。

「みんなどうしたの?暗いよー」

明るくおどけながら話しかけてくるメイドたちに、執事は怒りの視線を向けた。

「ふざけてんのか?てめえらのせいで、俺たちは……」

執事の一人が、悔しそうに胸の雷呪紋を押さえる

「えっ?どうしたの?」

「こうなったらてめえらも道連れだ!」

その言葉と同時に、執事たちは一斉にメイドたちに襲い掛かる。

「え?えっ?なんなの?」

メイドたちは訳も分からないまま、執事たちに縛り上げられてしまうのだった。

「いたい!なにするんですか!こんなことをして、正人様に言いつけますよ」

「うるせえ!黙れ!」

ヒステリックに叫ぶ直子を、執事の一人が殴りつける。

「な、何があったの?まさか、執事たちまで裏切ったんじゃ……」

不安そうに執事を見るメイドたちだったが、訓練所から運ばれてきた物体を見て悲鳴をあげる。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ」

執事たちに引っ立てられてきたのは、すべての歯がへし折られて気絶している達夫だった

続いて、余裕の笑みを浮かべた勇人がやってくる。

「こいつを新田組に送り返せ」

「は、はいっ」

執事たちは、気絶している達夫を連れて去っていった

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