第13話 救命ボート


「救命ボートはあの中だ」

誠也は船尾に設置されているカプセル型の収納庫を示す。

「でも、どうやって取り出すんですか。周囲はアレでいっぱいですよ」

姫子はあたりを漂っている光のオーブを示す。それらは時折電流をまき散らしながらあたりを徘徊していた。

「通用するかわからんが、これを着ろ」

誠也は近くの倉庫に連れて行って、生徒たちに救命胴衣を装備させる。

「これは?」

「救命胴衣の生地は帯電防止素材なんだ。これである程度までは静電気の帯電を防ぐことができる」

誠也が先頭に立って、カプセルの所までいく。光のオーブは近寄られても無反応だった。

「よし、いけるぞ。みんなで強力して、これを海面に落とすんだ」

生徒たちは必死になって架台から持ち上げ、海に投げ落とす。海面に落ちた瞬間、自動でカプセルが開き、救命いかだが現れた。

「よし、一人ずつはしごを使って降りて……」

「おっと、そこまでだ」

その声と共に発射音が響き、誠也が崩れ落ちる。振り向いた生徒たちが見たものは、テーザーガンを構えた桐人だった。

大きなかばんを携えた真理亜、奈美、小百合もいる。

「何するんですか!」

「ご苦労だったな。その救命ボートは俺たちで使わせてもらう。お前たちまで乗せる余裕がないんでな」

桐人は高笑いしながらカバンを見せつける。その中には船で手に入れた札束や貴重品が入っていた。

「何考えているんですか?。こんな状況でお金になんの意味がありますか!馬鹿なことはやめてそれを捨てなさい。そうすれば、全員が乗り込めるはずですよ」

「うるせえ!てめえらみたいな下層民と違って、上級国民の俺たちにはどんな時にも金が必要なんだよ!」

桐人は卑しい顔をしていい放った。

「あんたたちも同じ考えなのかにゃ?クラスメイトより金が大事なのかにゃ?」

「……今は非常事態。みんなで協力しないと生き残れまない」

美亜と玲の詰問を、彼女たちは鼻で嘲笑った。

「クラスメイト?あんたらと私たちが?冗談じゃないわ」

「これは必要なことなのですよ。あなたたちまで連れて逃げたら、助かる確率が低くなりますし」

「友達でもないのに思いあがってんじゃないわよ」

三人は口々に罵りながら、荷物をボートに積み込み、はしごを降りていく。

「あばよ!」

桐人は救命ボートのモーターを動かす。四人を乗せた゜救命ボートは、エストラント号を離れていった。


「大丈夫ですか?」

姫子が誠也に駆け寄り、抱え起こす。

「あ、ああ。だが、体が麻痺して動かない。俺のことは放っておいて、船内に戻るんだ。外にいたら危険だぞ」

「嫌です。放っておけません」

姫子は細い体で必死に誠也を運ぼうとする。下位カーストの生徒たちが手助けしようと船内から出ようとしたとき、突然光のオーブが集まって、巨大な人型を取る。

「ギャハハハハ」

光の巨人は笑い声をあげながら、甲板で暴れ始めた。

「あ、あれはなんにゃ」

「まさか、巨大な船幽霊?」

それを見ていた美亜と玲から悲鳴があがる。

「このままじゃやばい。姫子を助けるにゃ」

「……でも、どうやって?」

外にとり残された二人を心配する。

((こうなったら、あの力をつかうしかない……で、でも、バレたら今でみたいに過ごせなくなるかも))

二人がためらっている間に、姫子と誠也は追い詰められてしまった。

光の巨人は笑いながら、姫子に手を伸ばす。

「もうだめ!誰か、助けて!」

姫子がそう叫んで目をつぶった時、誠也が最後の力を振りぼって、姫子を突き飛ばした。

「誠也さん!」

「逃げろ!ぐぁぁぁぁ」

誠也は姫子をかばって、巨人の前に立ちはだかる。

それを陰から見ていた勇人は、内心焦っていた。

(まずい。助けにいくタイミングを逃した。このままじゃヒロインのピンチを颯爽と救うヒーローの役がこなせない)

そう思っていると、誠也が光の巨人に捕まってしまった。

「ぎゃああああああ!」

電気エネルギーの塊である巨人に捕まった誠也の身体からは、バチバチと音がして火花が散っている。

「ええい!仕方ない。おい!その人を離せ!」

このままでは誠也の命が危ないと思った勇人は、仕方なく物陰から飛び出して、巨人に呼びかける。巨人は命令に従って素直に誠也を離し、勇人に向き直った。

(さあ、いよいよクライマックスだぞ。みんな、よーく見ていろよ)

全員の視線が集まるのを感じながら、勇人は船尾に備え付けられた消化用の放水ホースで巨人に立ち向かう。

「バケモノめ。お前は巨大な電気の塊みたいなものだろう。だとすると、弱点はこれだ!これでも食らえ!」

勇人はそう叫ぶと、放水ホースのバブルを開ける。プシューという音とともに、勢いよく水が飛び出した。

「ギャアアアアア!」

放水を浴びた光の巨人は、まるで塩をかけられたナメクジのように放電しながら水に溶けていく。

「どうだ。塩がたっぷり入った海水は。電気にも幽霊にもよく効くだろう」

勇人は高笑いしながら放水しつづける。しばらくすると、光の巨人は跡形もなく消え去った。

(よし。次はヒロインと抱き合うシーンだな)

勇人はニヤリと笑うと、姫子のほうを振り向く。

「金谷さん。大丈夫か?」

「誠也さん!」

振り向いた勇人が見たものは、気絶したに誠也に縋り付いている姫子の姿だった。

「えっと……ここは俺に抱き着いてきて喜び合うシーンなんだけど……」

「勇人さん!お願い!誠也さんを助けて!」

姫子は勇人の内心など知る由もなく、必死に頼み込んできた。

「わ、わかったよ。ええと……よし」

勇人は船尾に備え付けられていたAED救命装置を取り出して、誠也に心臓マッサージを試みた。

「ぐはっ!」

電気ショックを与えられた誠也は、息を吹き返して目を開ける。

「誠也さん!」

それを見た姫子は、涙を流しながら誠也に抱き着いた。

「あ、あの、俺は?」

その隣で、物欲しそうにウロウロするが、二人は抱き合ったまま動かない。

その時、ワーッという歓声が上がって、下位カーストの生徒たちが船内から出てきた。

「勇人君、すごいにゃ!」

「……かっこよかった」

美亜と玲が感極まって抱き着いてくる。

「それ、わっしょいわっしょい!」

興奮した生徒たちは、勇人を持ち上げて胴上げをした。

(ま、まあいいか。これも悪くない)

胴上げされながら、勇人はこのパニックホラースベクタルマッチポンプ映画が成功したことを喜ぶのだった。


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