第14話 救助

勇人の部屋のドアがノックされる。

「どうぞ」

「あの……勇人さん。私と誠也さんを助けてくれてありがとうございます」

入ってきたのは、下位カーストの代表である金谷姫子だった。後ろに美亜と玲もいる。

「べ、別に大したことじゃないさ」

「謙遜するにゃ。勇人君はすごいにゃ。何回殺されかけてもよみがえってきて、うちたちがピンチになったら助けにきてくれて。まさにヒーローにゃ」

美亜はキラキラした目で、勇人を見つめてくる。

「……それに比べて、私たちは迷惑ばかりかけて、今までも勇人がいじめられていた時も何もできなくて……自己嫌悪」

頭をさげる玲に、勇人はこの一連のパニックホラーが自作自演のマッチポンプであったことに後ろめたさを感じてしまう。

「ま、まあ今までのことはいいさ。これから俺とも仲良くしてくれれば」

「うん。今度から、私たちのことは名前で呼んでくださいね」

姫子はにっこりと笑ってそう告げるのだった。

「……それにしても、私たち、帰れるのかゃ?」

「……一周間も助けがこないまま、漂流している。もしかして、帰れないかも」

不安そうな彼女たちを、勇人は慰める。

「大丈夫だ。そろそろ暴風雨も止むだろう。そうしたらきっと救助もきてくれるさ」

「そっか……そうですよね」

にっこりと笑う三人を見て、勇人は心の中で思う。

(生徒たちのメンタルもそろそろ限界だろう。桐人たちも逃げ出したことだし、そろそろいいか)

そう判断すると、ブラックナイトに命令してエストラント号を取り巻いていた磁気嵐を止めさせた。

同時に、停電させていた電気を復活させる。

「電気がついた!」

「水道も使えるようになったぞ!」

エストラント号に生徒たちの喜びがあふれるのだった。

そして、通信の回復に尽力していた誠也の努力も報われることになる。

「メーデー、メーデー。こちらエストラント号。弥勒学園の生徒たちと漂流中。救助を求む」

「こちら海上保安局。そちらの信号を受諾した。すぐに救助に向かう」

そう返事が返ってきて、誠也は安堵する。

「やれやれ、俺にとってはとんでもない初航海になったな。でも生徒たちを救えてよかった。人間にも悪い奴ばかり奴じゃないとわかったしな。母にいい経験をしたと報告できるぜ」

疲労のあまりへたり込みながら、誠也は満足の笑みを浮かべるのだった。

そして数時間後、海上保安局の救助艇が到着する。

「船内にいるのは、これで全員か?」

救命隊員の問いかけに、生徒たちはうなずく。

「そうか……けが人が多数いる。救助ヘリをよこしてくれ」

こうして慌ただしく救助活動が行われ、下位カーストの生徒たちと誠也、傷つき気絶している史郎たち男子生徒と美幸たち女子生徒がヘリコプターで運ばれる。

「待ってください。船から救命ボートで逃げ出した生徒がいるんです。彼らの捜索も……」

誠也がそう訴えるが、救助隊員は首を振る。

「今は君たちの救助が先決だ。それにこの暴風雨では、捜索活動は無理だ」

こうして、桐人たちの捜索は後回しにされてしまうのだった。

「しかし、いったい何があったんだ……」

船内の惨状を見て眉を顰める海上警察の保安員に、勇人は一つのUSBメモリーを差し出す。

「船内の監視カメラの映像データです。この数日何があったかが記録されています」

「わかった。参考にさせてもらおう」

こうして、このの生徒たちの行動記録は警察の手に渡った。

(くくく……なかなか楽しかったな。あとはもみ消されないように念のため船の保険会社にも動画を提出して、ついでにネットに晒してしまおう。そうしたら、桐人たちは社会的に抹殺されるだろう)

このマッチポンプ遭難劇で、桐人たちの人間性を暴いて晒すことができたと勇人は満足するのだった。


その頃、逃げ出した桐人たちは必死に暴風雨と戦っていた。

「ね、え。これって危ないんじゃない?」

何度も高波によってひっくり返りそうになり、真理亜が叫ぶ。

「こ、怖いです。桐人さん、何とかしてください」

「そうよ。逃げ出そうっていったのはあんたでしょ。男なら責任とりなさいよ!」

奈美と小百合も、必死にボートにすがりつきながら桐人に向けて怒鳴った。

「うるせえっ!黙っていろ」

桐人はそう怒鳴り返しながら、必死に救命ボートの姿勢を保とうとするが、ゴムに空気を入れただけの簡易的ないかだでは嵐に対処できず、木の葉のように揺さぶられる。

「おぇぇぇぇぇ……」

三半規管を激しく揺さぶられ、ボートの中は四人の吐瀉物にまみれた。

「く、くそ。死んでたまるか……」

それでも執念深くボートにしがみつく姿を、上空のブラックナイトが静かに監視していた。

「いい気味だな」

その様子を、運ばれた病院の一室でみていた勇人はほくそ笑む。

「奴らの命は風前の灯です。このまま見殺しにしますか?」

「いいや。彼らにはもっと苦しんでもらわないといけない。とりあえず、ギリギリ沈没しないように引力バリアーで守ってやれ」

勇人はナイトのそう指示を下した。

「奴らを暴風雨で遠くに運んで、なるべくエストラント号から引き離すんだ。すぐには救助されないようにな」

勇人の命令により、救命ボートは防雨風に流されてはるか遠くまで漂流させられるのだった。

そして数日後、暴風雨が止んだ後にまっていたのは、太平洋の太陽に照らされる灼熱地獄だった。

「暑い……」

何も遮るものがない大海原の中、容赦ない日差しに照らされて、四人は干からびる寸前だった。

「おい。もっと水をよこせ」

「何よ。さっきも飲んだばかりじゃない救命ボートに積まれていた非常用キットの水はあと一本なのよ。我慢しなさいよ」

桐人の問いかけに、真理亜が不機嫌に返す。彼らは船から脱出する際に飲食物を持ってこなかったので、最初から救命ボートに積まれていたキットのわずかな非常食だけで耐え忍んでいた。

「くそっ。なんでお前ら、飲み物を持ってこなかったんだ!」

桐人が責め立てるが、猛反発を食らう。

「何言ってんのよ。あんたがお金や宝石を持っていこうっていったんじゃない!何よこんなもの!たべられもしない財宝を優先させるなんて、バカじゃないの?」

真理亜は腹立ちまぎれに、カバンの中に入っていた札束や宝石をぶちまける。

「てめえ!なにすんだ!このアバズレ!」

「何よ!貧乏人の子供のくせに。帰ったらパパに行ってあんたなんか追いだしてやるんだから!」

醜く取っ組み合いをはじめる二人。奈美と小百合は止める気力もなく、ただすすり泣いていた。

「お腹がすきましたわ……」

「なんでこんなやつに従って船から降りたんだろう。エストラント号に残っていれば……」

今更後悔しても、船には戻れない。

「死ね!」

「きゃああああ!」

取っ組み合いを制した桐人が、真理亜をボートから突き落とす。

「た、助けて!」

「はっ、いい気味だ。そのまま死んでしまえ!」

桐人は罵声を浴びせると、奈美と小百合に向き直った。

「おい、お前たちも降りろ」

「えっ?」

「このままじゃ皆死んじまう。生き残るべきは俺なんだ!」

そういって、全力で二人を突き落とす。弱っていた二人

は抵抗もできずに、海に落下した。

「ざまあみろ。これで財宝も食料も俺だけのものだ!俺はなんとしてでも生きてかえって金持ちになるんだ!」

せまい救命ボートの上で桐人が高笑いした時、バタバタという羽音が聞こえてくる。

桐人が空を見上げると、救命ヘリコプターが近づいてきた。

「やったわ。は、早く助けて!このままじゃ溺れちゃう」

喜んで手を振り上げる三人と対照的に、桐人は唇をかんで悔しがった。

「くそっ!来るな!この宝は俺のものだ!」

完全にとち狂った桐人は、救命ボートのモーターを動かして逃げ出す。

「お、おい、なせ逃げるんだ」

「わからん。だが、海に落ちた少女を助けるのが先だ」

救命隊員たちは、逃げ出した桐人のことは一度置いて、真理亜たちの救助に専念する。

そして三日後、桐人は太平洋を漂っていたところを救助されるのだったが、その時には脱水症状で半死半生の惨めな状態で病院に担ぎ込まれるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る