第12話 船幽霊
史郎と不良生徒たちは、苦労しながら勇人の身体を甲板に運ぶ。
相変わらず外は暴風雨で、プールの近くのポールフラッグの先端には不気味な光が灯っていた。
「まさか、本当に殺すなんてな」
「あいつ、ヤバくないか?」
明らかな殺意を持って勇人を殺した桐人に恐怖を抱く。
「従わなければなにされるかわからねぇ。よし、こいつを海に捨てるぞ。一、二、さん!」
勇人の身体を放り投げようと持ち上げたとき、勇人の手が動いて史郎の服をつかんだ。
「うわっ!」
「こ、こいつ、生きていやがった!」
史郎とその取り巻きは、驚いて手を放す。床に放り出された勇人はゆっくりと体を起こし、彼らを睨みつけた。
「さすがに殺されてやるわけにはいかないんでな。抵抗させてもらうぜ」
「てめえ!」
恐怖を感じた不良生徒たちがテーザーガンを打とうとしたとき、高波が押し寄せてきて、甲板を襲った。
「うわぁ!」
波に足を取られ、流されそうになった隙に勇人はすばやい動きで接近し、力いっぱい拳を突き出した。
「ぐふっ!」
腹にパンチを受けた史郎が、吹っ飛んで壁に叩きつけられる。
「てめえ!」
「おっと。撃つなよ。お前たちも海水にずぶぬれだ。もし撃ったりしたら……」
「うるせえ!」
勇人の警告を無視して、引き金を引き絞る。勇人に針が刺さった瞬間、テーザーガンから電気が放たれた。
「ふっ。これがどうかしたか?」
勇人は高圧電流を流されても、平然としている。
「ば、ばかな。なんで平気なんだ」
「残念だが、電気を制御できる『魔人類(デモンズ)』である俺にテーザーガンは効かない。ほら、お返しだ」
男子生徒たちが動揺している隙に刺さった針を抜き、反対に投げ返す。針は不良生徒たちの身体に突き刺さった。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
海水でずぶぬれだった全身に高圧電流が容赦なく流れ込む。不良生徒たちは、白目をむいて気絶した。
「あ、あわわわわ……」
勇人に殴られた史郎は、腰を抜かして後ずさる。残酷な笑みを浮かべた勇人は、テーザーガンを拾いあげて史郎に狙いをつけた。
「お前には、今まで世話になったな」
勇人が引き金を引こうとした瞬間に、史郎はその場に土下座した。
「す、すまねえ。許してくれ。今までのことは謝る。ほ、ほら、俺のおやじの会社は南方財閥のライバル会社だろ。親父に命令されてお前をいじめていたんだ」
必死に自分は悪くないと訴える。それを聞いた勇人は、冷たい目で見下した。
「ふん、家の事情などガキの世界に関係あるか。ほら、かかって来いよ。それとも一人じゃびびって喧嘩もできねえなんちゃってヤンキーなのか」
テーザーガンを投げ捨てて挑発する勇人に、史郎は激怒する。
「調子のってんじゃねえぞ。勇人の分際で!」
痛みをこらえながら立ち上がって殴りかかるが、勇人に一発も当てられない。
「くそっ。なんで当たらないんだ」
「お前が遅すぎるからだよ」
殴りかかる拳を捕らえ、ひねり上げる。ゴキッという音がして、手首の関節が外れた。
「さあ、制裁の時間だ!」
勇人はブラックナイトで身に着けた格闘技のスキルを使い、史郎のありとあらゆる関節を外していくのだった。
「あががががが……」
甲板の上には、口から泡を吹いた史郎が倒れている。両手両足の関節が外れて一歩も動けない状態だった。
「マスター。やりすぎですよ。監視カメラで映像を録画していることを忘れないでください」
修羅と化した勇人の傍に、黒いチェスの駒が現れる。
「すまない。新しく手に入れた力を試したくてな。でもこんな雑魚どもじゃチュートリアルにもならないか。ナイト、今の場面は加工して、不自然な部分や拷問シーンを普通のアクションシーンに差し替えておいてくれ」
苦笑すると、勇人は空を見上げる。
「さて、いよいよパニックホラーの開始だな」
エストラント号の上空には巨大な真っ黒い結晶体であるブラックナイトが滞在しており、その下部から稲妻が発せられる。
稲妻は船に落ちると、無数の光のオーブになって船を取り囲んだ。
「海で無念の死を遂げた亡霊たちよ。我の敵を打ち倒せ」
勇人によって力を与えられた亡霊たちは、エストラント号の中をうろつくのだった。
上層階の客室
桐人に命令されて、下位カーストの生徒たちは倉庫にあったお菓子やジュースを運び込む。
上位カーストの女子たちはそれを見て目を輝かせた。
「やった。喉渇いてたんだよね。お菓子おいしい」
真理亜は何の遠慮もなく食べ物に群がり、食い散らかす。それを見て、姫子が声を荒げた。
「あなたたち、全部食べるつもりなんですか?もう食料はこれだけしかないんですよ!」
「ああん?真面目なだけの陰キャの癖に文句あるの?」
小百合が不機嫌そうに睨みつける。
「いいかげんにするにゃ。食料は皆で分けるにゃ」
「気に入りませんね。私たちがお腹を空かせていたのに、自分たちだけお菓子を食べて。庶民の分際で」
文句を言う美亜を、奈美が口汚く罵った。
「……少しでいいから、残して」
「お断りよ。地味女にあげる分なんてないわ」
パチーンという音がして、玲が倒れこむ。美幸は彼女の頬を思い切りビンタしていた。
「だ、大丈夫ですか?」
姫子は床に倒れた玲を抱えおこし、顔を上げてじっと睨みつける。
「なんだよその目。お仕置きしないといけないな?」
桐人が姫子に突きつけ、引き金を絞ろうとしたとき、怒鳴り声が響いた。
「おまえたち、何をやっている」
部屋に入ってきたのは、ただ一人だけこの船に残っていた船員、浦島誠也だった。
「ふん。生意気な陰キャにお仕置きしているだけだ。引っ込んでいろ」
桐人はうるさそうに怒鳴り返すが、誠也は引き下がらない。
「そんなことをしている場合じゃないぞ。外を見ろ!」
そういわれて窓の外に視線を向けた生徒たちが見たものは、キラキラと輝く光のオーブが船を取り囲んでいる光景だった。
「え?何あれ。綺麗」
「映えるー。知っているよ。これってウミホタルってやつでしょ?」
それを見た美幸たちリア充女子たちが、スマホを構えながら外に出てオーブに近づいていく。
「すごーい。神秘的」
「これってバズること確定だよね。」
オーブを掌に載せ、動画を取っていった。
「馬鹿!そんな得体のしれないものに、触れるんじゃない!部屋に戻れ」
誠也が必死で叫ぶが、美幸たちは気に求めなかった。
「あはは。なにマジになってるんだか」
「こんなのが危ないわけないでしょ。こんなに可愛いのに」
美幸が掌に載せたオーブに頬を寄せると、オーブの方もそれに答えるように身を摺り寄せていく。
次の瞬間、光のオーブに苦悶に満ちた人の顔が浮かんだ。
「えっ?」
次の瞬間、人面オーブが美幸の顔に貼りつき、バチバチという音が響き渡った。
「キャァァァァァ!痛い!」
美幸は振り払おうと必死に手を振り回すが、実体のないオーブは離れない。やがて美幸は顔に大やけどを負って気絶した。
他のオーブも一斉にリア充女子たちに襲い掛かってくる。
「た、助けて!」
その言葉を聞いて誠也がドアを開けようとしたが、その前に桐人がカギをかけた。
「何するんだ。彼女たちを見捨てるつもりか?」
「うるせえ!奴らが入ってきたら、どうするんだ!」
言い争っている間にも、オーブは次々と女子たちに覆いかぶさっていく。
「嫌あぁぁぁぁぁ!」
やがて、すべてのリア充女子が黒焦げになって廊下に倒れるのだった。
光輝くオーブが船外を浮遊している。それらはまるで意思をもつかのように、船外通路をうろついていたり窓に貼りついていたりした。
桐人と真理亜たち三人の女子、それと姫子たち下位カーストの生徒たちは、上層階層の船室に閉じ込められて一歩も外に出られない。
「くそっ。なんなんだこれは!」
「セントエレモの怪火は、まれに人を襲ったという記録がある。おそらくは人のもつ体内電気にひきつけられているんだろうが……」
癇癪を起した桐人に、誠也がそう答える。
「……違う。あれは勇人が言っていた、海で死んだ人たちの船幽霊」
玲そういった時、オーブの一体が窓に貼りつく。その表面につぶれた人の顔のような模様が浮かび、ギャハハという笑い声が響いた。
「きゃああああああ」
それを見た生徒たちから悲鳴があがる。桐人たちも恐怖のあまりパニックになった。
「じ、冗談じゃねえ。こんな幽霊船にいられるか!なんとかしろ!」
焦った桐人が、誠也の襟元をつかんで責め立てる。
「そうだな。救命ボートはまだ動くはずだ。危険だが、全員でここから逃げよう」
「わ、わかった。おい、てめららが先に行って用意しておけ。僕たちは史郎を呼んでくる」
そういうと、取り巻きの三人を連れて出ていく。
「……仕方ないな。君たちも協力してくれ。協力してあの子たちも運ぶんだ。」
誠也は下位カーストの生徒たちと共に気絶した女子たちを背負い、救命ボートがある船尾のほうに向かうのだった。
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