第13話 最終話 愛の狂想曲

 裕星はパリに到着した11月26日から今日までの1ヶ月間、コンドミニアムと公園、弁護士事務所と孤児院の往復しかしていていなかったことに気付いた。

 今日12月24日の夜に日本に向けて発てば、翌日には着く。


 今日は一日中、マリウスと最後のパリを満喫しようと計画していた。

 朝からマリウスを連れて、有名な巨大遊園地『ドリーミーランドパリ』へと繰り出した。


 ここならどんな年齢でも十分楽しめる場所だろう。初めての遊園地とあって、マリウスの喜び方は半端じゃなかった。どこに行くにも走って裕星を無邪気に振り回した。

 今まで子供らしいことすらできなかったのだろうと、裕星は不憫ふびんに思い、とことんマリウスに付き合ってあげた。


 そして帰りには、マリウスの案内で父の墓参りを兄弟揃ってすることが出来たのだった。





 幸運にも今夜のパリ発羽田行きのフランス航空の夜行便が取れた。

 年末年始シーズンとあってどの便も満席だったが、当日になってキャンセルが発生しギリギリに取れたのは奇跡というものだった。


 裕星はシャルル・ド・ゴール空港の待ち合いラウンジにいた。少し前にマリウスから最後の電話を受け、そして、別れの言葉を交わして空港に向かったのだった。


「マリウスなら大丈夫。きっと夢を叶えられるよ。パパを超えるバイオリニストになれる。また必ず会おう」と。




 フランス航空274便、23:20発、翌日25日、19:25分羽田着予定の飛行機に乗り込んだ。


 パリの上空から見る夜空は、クリスマスの電飾で普段よりもキラキラと輝いている。すると、まだ低空飛行の飛行機の窓に白いものがどんどんくっ付いてきた。――雪だ。


 さっき降り出した白い雪がまだ雲の下を飛ぶ飛行機の窓にも降りかかってきたのだ。


 ――Merci pour l'embarquement(ご搭乗ありがとうございます)


 機長の挨拶が、いつにも増してクリスマスの夜に相応ふさわしく明るい声で響いてきた。


 12時間半の予定飛行時間は、関東上空の大雪のせいで大幅に延びた。9時に到着した東京の夜は、シンとしてパリより冷えきっていた。すぐにでも美羽に連絡をしたかったが、何から話していいのか裕星は頭が混乱してまとまらずにいた。


 交通が麻痺してしまったせいで、すでに11時を回り、羽田からまっすぐ美羽の教会に向かう道は想像以上に混んでいた。裕星は渋滞のタクシーの中で、はやる気持ちを抑えていた。約束の時間はもうとっくに過ぎている。

 その上、もうすぐクリスマスも終わってしまう。都内なのにこれほど渋滞して車が進まないのも、クリスマス最後の夜のために繰り出した恋人たちのせいなのか。美羽への想いが溢れだしそうで早く逢いたい裕星には、クリスマスさえ恨めしくもあった。



 裕星はとうとう教会の近くまで辿り着いた。しかし、まだ渋滞で動けないタクシーの中で、目的地にはまだ少しあったが、もどかしくなり降りて歩くことを告げた。

 すると、裕星が先を急ぐのを阻むかのように雪が激しくなってきた。

 雪は止む気配もなく、裕星のコートと髪を真っ白に染めるほど激しく降っている。

──文字通りのホワイトクリスマスだな。


 裕星はブーツが滑りそうになるのを注意しながら、足早に教会へと向かった。

 駅へ戻る人の群れをかきわけながら、ひたすら歩く裕星の頭の中には美羽のことしかなかった。


 サンタは俺の願いを聞いてくれるのだろうか? 子供の頃は、サンタは必ずいると信じて疑わなかったのに、あれは親たちが子供に一年間いい子にするようにと創り出した空想の産物だと分かってからは、願いはもちろん、信じてすらもいなかった。しかし、今日だけは妙に願いを託してみたくなっている自分に気づいて苦笑いした。


 美羽に逢いたい――


 そしてサンタは裕星の願いを叶えてくれた。










 裕星の話を最後まで聞き終えると、美羽は瞳を潤ませて言った、


「裕くん、パリに行って本当に良かったね! 弟さんに会うことができて、きっと弟さんもこれからは何があっても、日本には裕くんがいると分かって心強くなれるわね!」


「ああ、そうだな。でも、サンタに願いを叶えてもらったような気がして、俺もとうとう神頼みするようになったかとお前の影響の大きさに驚いたよ」


「裕くん、神様はちゃんといるわよ! サンタさんもきっと神様のもうひとつの姿なのかもしれないわ。だって、ほら、私たちはそのお蔭で逢えたんだもの!」

 無邪気に笑う美羽の天使のような笑顔に、裕星はいつにも増して心からの愛しさを覚えた。



 窓の外は、未だまだ降り続く雪で景色も見えないほど白かった。

 家路を急ぐ人々も段々まばらになり、レストランの古い骨董品のような柱時計が夜中の12時を告げた。ボーンボーン……早く、この音が終わらないうちに……、裕星は美羽の目を見つめて言った。


「美羽、今年は誕生日を一緒に祝えなくてごめんな。美羽のことはこれからもずっと大切にしたい。これから何があっても一緒にいよう。愛してる。これ、俺からのプレゼント」



 美羽は、裕星が差し出した小さな箱を開けると、箱の中には裕星が渡しそびれていたステディリングがあった。それは、今裕星が左薬指にしているものとお揃いのリングだった。


 美羽は声も出せず驚きながら、震える指でリングをそっと取り出すと、同じように左薬指に嵌めた。プラチナが土台の小さなダイヤが散りばめられ、その真ん中には、美羽の誕生石である神秘的なブルーのタンザナイトが美羽のイメージピッタリに上品に小さく一粒められていた。

 美羽はしばし手を掲げ我を忘れて指輪の美しさにみとれている。

 それを嬉しそうに見つめる裕星だった。




 裕星の帰国は、マリウスと佳菜サンタからの贈り物だったのかもしれない。美羽にもサンタが願いを叶えてくれたのだ。

 クリスマスが終わる12時少し前の、貸し切りの隠れ家レストランのテーブルで、二人はやっと愛を誓い合った。


 積雪のせいで電車も動かない。車の通りもまばらで、深夜の真っ暗な空から舞い降りた真っ白な贈り物で道は埋め尽くされてた。今夜は朝まで二人きりで語りつくせないほどの愛を一晩中ささやいていたことだろう。


 



 追記: 


 まだ日も登らない26日の4時半、寮の部屋にコッソリ戻った美羽は、ベッドにゆっくり潜り込もうとしたが、ふと、裕星の手紙のことを思い出した。


 机の引き出しをゴトゴト開けて封筒を取り出し、ハサミを入れて封を切った。

 真っ白い封筒から出てきたのは、南の島のパンフレットだった。何枚か色んな南の島の観光案内が同封されている。美羽は不思議に思って、封筒の奥を覗こうと、少し開いて逆さにした。


 すると、その拍子にヒラリと落ちてきた小さなメモには、裕星の字でたった一言こう書いてあった。



「新婚旅行の参考にしろ」――あの時、永遠の別れをしたはずだったパリに発つ前の裕星の本当の気持ちだったのだ。


 ――春は必ず来る 2人を包み込み

 そして愛で満たしてくれる 奏でるのは私の愛の狂想曲


 美羽は、裕星サンタからの手紙を読んだとたん、あの日歌った洋子の曲『Rhapsody of Love』の二番のフレーズが頭の中でBGMのように流れてきて、今年一番の幸せで心が満たされた。


 後5日で今年も終わる。冬の寒さも本格的になっていくのに、美羽の心の中にはもう暖かい春が訪れていたのだった。





 運命のツインレイシリーズPart7『ホワイトクリスマス編』終

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