第12話 父親サンタのプレゼント

「お兄さんには日本に帰って欲しいと思ってるんだ」


「どういうことだ? よく知らない人間だからか?」


「そう言うんじゃないよ。僕だってもう12歳だし、知らない大人とだって暮らせるよ。だけど、お兄さんにはお兄さんの大切な人達がいるだろ?


 日本からここに来て、僕のために縛り付けたくないんだ。家族だから一緒にいないといけないってことないと思うんだよ。僕は、ママが死んだ今でもずっとママと一緒いると思ってる。


 パパは僕が生まれる少し前に死んだってママから聞いたけど、ママの事をとても愛してくれてたって聞いて安心した。だけど、きっと日本にいたときは、お兄さんの事も愛していたと思うんだ。僕にはわかる。パパがどうしたかったのか。


 パパは、お兄さんと僕を会わせたかったんだ。ただそれだけだよ。

 だって、お兄さんだってパパが死んで寂しい思いをして日本で暮らしてたんでしょ?


 僕が生まれたことで、ここに血の繋がった兄弟がいるよって、会わせてくれようとしたんじゃないのかな?


 あのさ、こないだ、パパの形見かたみの手帳を見て分かったんだよ。日本語で書かれていたから、おばさんたちには読めなかったみたいだけど、僕には日本語を勉強していたママから、パパの国の言葉を習っていたから少しなら分かるんだ。


 その中にさ、お兄さんの名前と、子供の頃の写真があった。いつも持ち歩いていたみたいだよ。大好きな息子『裕星』って。この字、難しい日本語で読めなかったけど、図書館で日本の辞典を調べたら分かったよ。


「ねえ、Yusei、あなたが僕のお兄さんなんでしょ?」

 マリウスは真っ直ぐに裕星の顔を見つめて微笑んだ。


「マリウス……」

 裕星は驚いてマリウスの顔を見つめた。


「この写真のときよりはずっと大人だけど、僕には分かるよ。今のYuseiは、僕の持ってる写真の若い頃のパパにすごくよく似てるから。とてもハンサムで素敵なお兄さんで良かったよ」

 そう言いながら、マリウスの目には涙が光っていた。


「――ごめんな。本当のことを言わなくて……。本当のことを言ったら、嫌われて、もう二度と会えない気がして……、兄だということをすぐ言えなかった。知ってたんだな――」


「うん。実はね、あの池で最初会ったときビックリしたんだ。写真のパパが天国から会いに来てくれたって思ったんだよ! だから、すぐにYuseiが僕のお兄さんだって分かったよ。日本から来たって言ってたもんね。


 それに、ラ・メールブルーのYuseiって言ったら、こっちでもかなり有名だよ! ラ・メールブルーのことくらい、僕にだって分かるよ!」アハハと笑った。


「なあんだ、バレてたのか……。俺の方が子供だったな。君に色んなことを学んだよ。

 君は本当に強いな。さすが親父の子供だよ。そして、夢のために頑張っていて、俺は弟が誇らしいよ」

 裕星がマリウスの目を見つめていると、マリウスは黙って裕星に近づきギュッとハグをした。


「お兄さん。会いたかった! パパの手帳の写真を見てからずっとずっと会いたかった――。

 本当はあのアパートにお兄さんが来たとき、すぐに会いたかったんだ。でも、おばさんが部屋に鍵を掛けて会わせてくれなかったんだ。仕方ないよね。おばさんたちにとって僕はただのお金にしか見えないんだろうから――」



 やっと事情が呑み込めて、裕星も思い切りマリウスを抱きしめた。兄弟がいることで、お互いが生きることの支えになっていくだろうと、生前、父親は二人をどうにか会わせようとしたのだろう。

 この地球上でやっと会えた兄弟は、しばらくの間、涙が零れるに任せて抱きしめ合っていたのだった。



「だけど……」

 マリウスが裕星から離れて話し出した。

「さっき言ったことは本当だよ。僕は孤児院に入る。だから、Yuseiには日本に帰って欲しいんだ」


「でも、せっかく会えたばかりなのに、いいのか、それで? 俺は父親に君の養育を任されたんだよ。会うために来たと言っても、弟を孤児院に入れて帰るのは気が引ける」


「僕はもう12歳だよ! 後6年で大人だからね。その6年をお兄さんの人生を振り回しても一緒にいたいなんて思わないよ!」


 大人びたことを言うマリウスの言葉を裕星は驚きと共に黙って聞いていた。


「それに、Yuseiには日本に大切な人がいるでしょ? 嘘を言っても分かるよ。絶対いるよね? その指輪、それさ、ステディリングでしょ?

 僕にとってもここは大切な場所なんだ。ママとパパのお墓があるからね。

 だから、プロのバイオリニストになるまで僕は孤児院で暮らす」

 マリウスが指さした裕星の左手薬指には、キラキラと小さなダイヤが嵌めこまれたシンプルな指輪があった。


 まだ美羽には渡せずにいたのだが、裕星の薬指のリングは、今回、美羽の誕生日に渡そうと急いで作ったペアのステディリングの片方であることを見抜かれ驚いた。



「12歳を甘く見ちゃいけないよ。もう恋人のいるクラスメイトだっているんだからね」とマリウスが笑った。



「でも、君はそれでいいのか? 俺が日本に帰って誰も身内がいなくなっても寂しくないのか?」


「大丈夫! 今までと変わらないだけさ。それに、今までよりも自由になれるし……今は、お兄さんが日本にいると思うだけで力強い気持ちが湧くんだ」

 キラキラと瞳を輝かせ裕星を真っ直ぐに見た。


「だから、Yuseiの大切な人のために僕がサンタになってあげるよ。Yuseiは日本に帰って幸せになって欲しい。僕もなるからさ! これが僕のクリスマスプレゼントってことにしてね!」

 ニコニコしながら悪戯いたずらっぽい目で言った。


「マリウス……。あ、そうだ、俺もサンタから預かってた君へのプレゼントを持ってきた」

 これ、と出したのは、父親が裕星に預けていた形見のバイオリンだった。


「これは?」


「サンタ、つまり君のパパからのプレゼントだよ。大切にしてた世界にふたつと無い最高のバイオリンだ。これからパパと同じ道を行く君にプレゼントするよ」

 それは、世界でも数少ない伝説のストラディバリウスだった。裕星はバイオリンをマリウスに渡すと、マリウスはバイオリンを震える手で触れていたが、涙を流してギュッと胸に抱きしめた。


「メルシー! ありがとう、Yusei! パパの大切なバイオリンを弾けるようになるよう頑張るよ。ありがとう!」

 何度も礼を言って、バイオリンを抱きしめて泣いていたのだった。




 裕星とマリウスは翌日から弁護士を介して手続きを始めた。


 マリウスの希望通り、18歳までの間は父親の残した遺産で孤児院から国立の音楽学校に通う。

 遺産も全て弁護士が管理して、18歳になるまでは行きたい学校への学費や生活費を支払うことになった。そして、18歳になってからは、マリウス自身が父の残りの遺産を全て受け取る手続きをしたのだった。

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