第7話 天使からサンタへのリクエスト
子供たちが全員食堂に集まって、賑やかにお昼ご飯を食べ終えると、美羽は、小さい子供たちを昼寝のために寝かしつけた後、そっと庭に出て跳び箱用のタイヤの上に座り、遠くの空を見上げて
いた。
街の向こうに見える遠くの山々の上には、太陽がまだ高い位置で温かい日差しを送ってくれている。
ほんのり温かい小春日和に、美羽はまるで一人ぽっちでこの世界にいるような孤独に襲われていた。
すると、また涙が溢れてきて、頬を伝って足元にポトリポトリと落ちた。
その庭に出る廊下の大きなガラスごしに、佳菜は美羽の様子をそっと静かに見守っていたのだった。
クリスマスコンサートが終わった後は、修道院の礼拝堂ではクリスマス最後を締めくくるミサの準備に大忙しだった。
裕星はこのミサが終わるまでには帰れるのだろうか? 美羽の心には更に不安の影がチラついていた。
いよいよ開催時間になると、美羽は招待した佳菜や孤児院の子供たちを一列目の座席に座らせた。
しばらくすると、時間通りに教会の鐘が響き渡り、キャンドルを持ったシスターたちが礼拝堂後方から並んで行進してきた。中央の祭壇前のキャンドルスタンドにキャンドルを1本ずつ置く様子は、少し照明を落とした場内で炎の明かりが揺れて輝き幻想的だった。
シスターたちが祭壇前で改めてゴスペルを歌い、クリスマスムード一色となった礼拝堂の座席に大人しく座っている孤児院の子供たちも、日頃世話をしてくれているシスターたちの美しい姿に見とれていた。
佳菜は目を輝かせて美羽だけを見ていた。美羽は佳菜と目が合いニッコリとして小さく手を振ると、佳菜も手を振りかえし、二人の絆の深さを感じて、佳菜は愛情に満たされた気持ちになれた。
自分が誰かに愛されていることを感じるだけで、本当に幸せな気持ちになれる。
まして10歳の幼い子供ならば、まだ母親の温もりが欲しいに違いない。
美羽は自分が佳菜の母親になったような気持ちで心からを守ってあげたいといつも思っていた。
「私は裕くんと一緒にパリに行かなくて良かったんだわ。きっとそれが正しかったんだ――」
美羽は唇を噛んで目を閉じた。
──今頃、裕くんはどうしているのかしら? あれから全く連絡もないわ。
弟さんとは会えたのかな? そして、二人で新しい生活が始まったのかしら? パリは寒いのかな? 雪は降ってるかしら?
裕くんはどこに住んでるのかな? エッフェル塔は見えるのかしら? 旅行雑誌で見た凱旋門やシャンゼリゼ通りの近くかな……?
美羽の心は、ついさっき裕星のことを諦めたことなどもうすっかり忘れたかのように、自分でも止めることができず、次から次へとパリにいる裕星の事を思って想像してしまうのだった。
ミサが終わると、美羽は子供たちを孤児院に送って行き、また礼拝堂の後片付けに戻ってきた。
礼拝堂ではシスターたちがミサの後の掃除や片づけを手際よく終えようとしていた。
シスター伊藤が美羽を見つけて近づいて来た。
「美羽、今日はご苦労様。子供たちはお部屋に戻りましたか? あなたも今日は疲れたでしょうから、ここは私たちに任せて、お部屋にお戻りなさい」と言葉を掛けてくれた。
「いいえ、シスター、私も一緒にお掃除します! 大丈夫です。今日はこれからもう何もすることがありませんから」
いつもなら、クリスマスは、裕星と一緒に食事の約束があるため、後片付けを終えるとすぐ飛ぶように帰って行ったのに。今夜の美羽はいつもとは全く違っていた。
しかし、その様子を、一旦孤児院の部屋に帰したはずの佳菜が、礼拝堂の柱の陰で見ていたのだった。
美羽達がやっと最後の後片付けを終え、シスターたちがお疲れさまと挨拶を交わし合い、それぞれの部屋に戻る途中、佳菜が突然、廊下から美羽の部屋の前に飛び出してきた。
「佳菜ちゃん? ああビックリしたわ! もうお部屋に戻っていたはずじゃ……」
「うん。でも、また来ちゃったの! 美羽さんが心配だったから」
「心配? 私の事を心配してたの? どうして?」
「美羽さん、もしかして、誰かとお別れしちゃったの?」
「えっ? どうして?」
「だって、佳菜には分かるもん。私が大切なお友達と別れた時や、ママが突然死んじゃった時みたいな悲しい顔してるもん」
「佳菜ちゃん……」
「ねえ、誰か死んじゃったの? それとも大切なお友達がいなくなっちゃったの?」
「佳菜ちゃん、心配しなくていいのよ。大丈夫よ」
「お姉ちゃん、私ね、今年もサンタさんにお願いしたいことがあるの。もうちょっとでクリスマス終わっちゃうけど」
「あれ? 佳菜ちゃんにサンタさんからのプレゼント届かなかったの?」
美羽は、例年クリスマスの朝に、孤児院に届く地元の方達からのプレゼントを、サンタさんからのプレゼントとして子供たちに配っていたのだが、まだ届いていなかったのだろうかと心配になって訊ねた。
「ううん、朝、プレゼントはもらったよ! でも、私の欲しいものではなかったの。私の欲しいものを本物のサンタさんに届けてもらいたくて……」
「――本物のサンタさんに?」
「うん。あのプレゼントは違うって知ってるよ。本物のサンタさんは私の願いをきっと叶えてくれるはずなんだ。だって、今までもそうだったもん」
「――ねえ、その願いを私だけに教えてくれない? サンタさんも忙しいと思うから」
「ダメだよ、願いを誰かに言っちゃったら叶わなくなるから、言わない!」
(どうしよう……。)美羽は佳菜がせっかく心を開きかけて来たのに、サンタが願いを叶えてくれないことが分かったら、また裏切られたと心を閉ざしてしまうかもしれないと思ったのだ。
美羽はもう一度、佳菜を孤児院に帰す途中で訊いた。
「ねえ、ちょっとだけでいいの。サンタさんへの願いを教えて。ほら、もう9時になっちゃったよ。今日は後3時間しかないから、サンタさんが忙しすぎて、願いのものを届けられないと困るでしょ? 私からもサンタさんにお願いしてあげるから、ね?」
美羽は必死だった。今、お店が開いている内に、早く佳菜の願いの物を買ってきてあげようとしていた。
佳菜はしばらく考えるように口を尖らせて首を捻っていたが、「じゃあ、ちょっとだけね。私、さっきのミサの時、神様にサンタさんに伝えてくれるようにお願いしたんだ。
それはね……あのね、美羽さんの大切な人を届けてくださいって」
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