第8話 呪われた愛に焦がれ……

 灯りの消えた暗がりの中、愛を求めた。

 腰を掴む手と、わたしの手が重なる。ペンだこの潰れた指が、わたしの指に触れる。


 ああ、へし折ってやりたい。

 この指さえ、この指さえなかったなら、

 あなたはわたしを見てくれたかしら。


「……わたしの……」


 耳を塞いだ手を離し、頬に触れた。


「わたしの、何が怖いの」


 はぁ、はぁ、と乱れた吐息が熱い。

 劣情れつじょうの宿ったあおが、私を見る。


「君の、愛は」


 掠れた声が耳を刺す。


「君の、愛は……所有欲、でしょ」


 頬を伝った雫ですら、美しい。


 あなたを欲しがることが

 あなたを求めることが

 わたしにだけ、トクベツな愛を欲することが


 そんなに、おかしなこと?


「じゃあ……あなたの愛は、なに?」


 尖った喉仏に触れる。

 指先に伝わる震えに、軽く爪を立てる。


「あなたは、わたしに、何を求めるの?」


 応援されたいんでしょう?

 正しい賞賛が欲しいんでしょう?

 わたしの声で、わたしの言葉で、「わたしよりも愛するもの」を、褒めたたえて欲しいんでしょう?


「僕は」


 言わなくていいわ。

 言い訳も聞きたくないわ。

 わたしより大切な、唯一の存在を、知ってしまったもの。


 嘘つき、嘘つき、嘘つき!!!


 どうせあなたの愛は、ハナからわたしになんか向いてなかった。そうなんでしょう?

 心の中でどれほど怨嗟えんさを紡いでも、私の手は震えるばかりで動かない。


「君に、愛されたのが嬉しかった」


 息も、声も奪えなかった指先は、薄い唇が言葉を紡ぐのを許した。


「色んな人に愛される君が、僕を見てくれたのが……」


 そんな、女になんて困らないような、キレイな顔と、トクベツな才能で、


「嬉しかった」


 そんな、ありきたりな恋をするわけないじゃない。


 細い首に、指がくい込む。逃がさないよう、絞め上げる。

 わたしの手で、わたしの想いで、すべて、すべて奪ってしまえる。


「……ッ!?」


 思わず、手を引っ込めた。

 わたし……今、何をしようとしていたの?

 カミーユはじっとわたしを見つめ、おもむろに胴体を起こす。絞められた首をさすりながら、呆れたように……もしくは自嘲するように、笑う。

 

「こんな僕は、愛せない?」


 蒼い瞳は逸らされない。

 深い蒼に滲んだ感情は、失望? それとも、期待?


「……僕自身を愛せないなら、そう言ってよ」


 痩身そうしんがわたしの上に覆い被さる。彼はわたしの髪を一束すくって、その上にキスをした。


 愛しているわ。

 愛しているから、愛してしまったから、愛さずにいられなかったから、


 こんなに、苦しいんじゃないの。

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