第五十四話 師から受け取ったもの



「それでは……始め!」



 アンネの号令で、俺は短剣を構えて前へと踏み出す。

 愛用の長剣を携えたミザリーとの間合いを詰め、力むことも身構えることもなく悠然とたたずむ彼女へと、成長した俺の全てを披露する。


 当然、【土下座】は無しで俺本来の実力で。



「【水弾アクアバレット】!」



 間合いを潰しながら牽制の魔法攻撃を放つ。彼女が得意としているのは火魔法なので、それと相性の良い水魔法での先制攻撃を仕掛けた。そんな俺の攻撃は目論見通り……とはいかず、ミザリーは身を捻って最小限の動きで【水弾】を躱していたが。



「くっ!? 逃がすか! 【風の刃ウィンドカッター】!」


「甘いッ!」



 互いに弧を描くように間合いを測りながら、訓練場を駆け抜ける。俺は走りながら、続けざまに視認しづらい風魔法の刃を複数飛ばす。しかしミザリーは、ステップで躱しあるいはその愛剣で打ち払って、円軌道から急速に切り込んでこちらに向かい間合いを詰めて来る。



「くっ……!? 【土の壁グランドウォール】!!」


「安易に魔法で防いでどうする!? 自分の視界が遮られるだけだろうが!」



 こんな時でも、やはり師匠は師匠なのか。

 手合わせの最中だというのに、ミザリーから指導を受ける。


 そしてそんな厳しい言葉と共に……俺が生成した土の壁は、彼女の卓越した剣技により斬り裂かれた。

 そして形を失い散り散りになる、壁だった土くれに紛れて。我が師がその刃を煌かせて、鋭い闘気と共に俺との間合いを詰め切った。


 ミザリーの愛剣が振るわれる――――



「っ……らぁ!!」

「ほう……!」



 横薙ぎにくびを狙った剣筋に俺の短剣を押し付け、力に逆らわないように剣の腹を滑らせて軌道を逸らす。俺の頭上を、彼女の愛剣が掠めながら通り過ぎていく。

 散々に打ち合った木剣での稽古を脳裏に思い浮かべながら、この数日で遥かに鋭さの増した俺の剣が反撃の軌道を描き、疾走すはしる。


 受けるだけで精一杯だった初日の訓練。

 木剣が折れるまで打ち続けられ、最後には俺の身体に打ち込まれたミザリーの剣が、今初めて俺の剣を防ぐために引き戻された。短剣を腕ごと捩じり込むようなその一突き……その突きの横腹を叩くようにして彼女の剣がぶつかり、俺の渾身の反撃が空を切った。


 だが、今のは惜しかったはずだ……!



「初日の頃とは雲泥の差だな。この短い期間によくそこまで腕を上げた!」


「お前のおかげだ、ミザリー。まだその身体には届かなくても、それでもここまでお前が俺を引き上げてくれたんだ!」



 その場で足を止めての、剣での打ち合い。

 ミザリーが振り、俺が弾き、俺が振り、彼女がなす。


 技量の差は歴然。しかしそれでも食らい付く。

 一太刀ごとに思いを込めて、一太刀ごとに全力で。


 彼女に貰ったものを、思いを、強さを、誇りを、剣に込めて振るい続ける。


 一瞬の鍔迫り合い。

 魔法で身体強化をしている以上、男女の膂力の差などあって無いようなもの。そうして拮抗した力を、示し合わせたような呼吸でお互いに弾き、距離を取る。



「優秀な弟子で、わたしは嬉しいぞ、サイラス」



 俺ごとき相手では相変わらず息も乱さないミザリーが、しかしその美貌に笑みを浮かべ、喜んでいるような弾んだ声で語る。

 彼女が放出している魔力が、纏う魔力がその密度を上げ、陽炎かげろうのように周囲の空気を揺らめかせた。



「今のお前ならきっと出来るだろう! わたしの教えを思い出し、今体得してみせろ!!」



 喜悦満面といった様子のミザリーが、ステップを踏みながら吼える。


 それはきっと……俺への彼女なりの贈り物だった。



「【魔法剣エンチャント】!!」


「なっ……!?」



 次の瞬間だ。彼女の身体から炎が噴き出したかと思うと、その炎は渦を巻いて


 これが俺やミザリーのような魔法剣士の奥義とも言うべき技――【魔法剣エンチャント】。

 ミザリーの愛剣を包み込んだ炎は、彼女が剣を振るってもそこから離れることも消えることもなく……美しい火の粉を引いて煌めいていた――――



「…………ははっ!」



 彼女と、木剣でひたすら打ち合った。

 魔法での攻撃を撃ち交わし、森で共に戦い、共に考えそして…………本気で戦い鎬を削った語り合った



「おおおおッ!! 【魔法剣エンチャント】ォッ!!」



 俺を導いてくれた。

 俺の可能性ちからを引き出してくれた。


 俺の憧れは、俺の師は……こんなにも遠く、まばゆく、強く、そして美しい――――


 ざわり、と。研ぎ澄まされた感覚が野次馬達ギャラリーのどよめきを拾った。しかし俺の意識は、神経の全ては剣と、そして師匠ミザリーへと注ぎ込まれる。


 意識を集中し、憧れを胸に抱きイメージと共に解き放つ。


 俺の剣を、彼女と同じ紅い炎が包み込んだ。



「うおおおおおおおおおおおッッ!!!」

「はぁああああああああああッッ!!!」



 炎を纏い火の粉の帯を引いて、二振りの剣が互いの渾身の力で振り抜かれ、ぶつかり合った――――





 ◇





「ん……ここは……」



 額に温かい物を感じ、重く閉じられていた瞼を薄らと開く。


 そこには、俺の顔を覗き込む良く知ったピンクの髪の女性と、琥珀色アンバーの髪の少女の顔があった。

 彼女達の背後には屋内だということがわかる天井とハリ。そして背中の柔らかな感覚から、俺はベッドに寝ていることが察せられた。


 意識が戻ったのに気付いたピンク髪の女性――アンネロッテが、俺の額に置いていた手の平をそっと退けて、優しく微笑んだ。



「お目覚めになりましたか、サイラス様。お加減は如何いかがですか?」


「お兄ちゃん、大丈夫?」



 アンネとニーナ。俺の身体を気遣ってくれる仲間の優しい言葉に引かれるようにして、俺はゆっくりと横たわっていた上半身を起こし、具合を確かめる。



「うん、何ともないよ。それで、ここは……?」



 首を回し、肩を回し。

 特に不調は見受けられなかったため、俺は次に状況を確認するために二人に尋ねる。



「ここはハンターギルドの施設内にある救護室です」


「お兄ちゃん、ミザリーお姉ちゃんと相打ちになって気絶しちゃったんだよ」


「そう……か」



 徐々に頭の中がハッキリとしてくる。

 訓練場でのミザリーとの試合で俺は――――土壇場で会得した魔法剣でもって彼女と打ち合い、そして…………



「そういえば、ミザリーは? 彼女のことだからきっと無事だろうが、どこに居るんだ?」



 それから記憶が無い。

 結果どうなったのかを尋ねると、アンネとニーナは変わらずに微笑んでから。



「ミザリーから伝言を預かっています。『魔法剣の習得と、ランクアップおめでとう』と」


「『この五日間、久し振りにとても楽しかったぞ』って言ってたよ」



 それは、俺に大切なことを教えてくれた師からの……憧れからの、別れの言葉だった。




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