第五十三話 訓練最終日の内容



 早いもので、現役Aランクハンターであるミザリーに訓練をしてもらえる師事期間は、今日で最終日の五日目を迎えていた。


 ハンター稼業の最前線でその腕をふるう彼女の指導は、時に苛烈を極めた。しかしその内容は非常に濃く、俺の中に戦闘への心構えや技術など……ありとあらゆるモノを深く刻み込み、格別な得難えがたい経験となった。



「あっという間の五日間だったな。なぁサイラス……わたしはお前に、何かを一つでも残せただろうか?」



 そんな俺の師であるミザリーが、ハンターギルドへと一緒に向かう道すがら……教えを乞うた俺とは逆の立場でしかし、俺と似たような感慨を口にする。



「得るものばかりだったに決まってるだろ? 俺にとっての憧れだったお前と過ごしたこの五日間……一体どれだけのことを教えてもらったか……」


「そうか、そうであったなら……わたしも嬉しく思うぞ」


「ああ。改めて、こんな駆け出しに付き合ってくれて礼を言うよ。本当にありがとう」



 面映おもはゆく思いながらも、俺は正直な胸の内を彼女に伝える。

 そんな俺の言葉に、若干だが照れくさそうに頬を染めたミザリーも、その美貌に惚れ惚れするような微笑を浮かべて頷いてくれた。



「サイラス様、そしてミザリー。感慨にふけっているところ大変申し上げにくいのですが……まだ朝も早い時間です。少々気が早いのではないでしょうか?」


「なんかもうお別れするみたいな話してるけど、今日はまだ始まったばっかりだよー?」


「「うぐ……っ!?」」



 そんな俺達に溜息を添えて、酷く冷静な指摘を入れてくる、同行するアンネロッテとニーナ。


 その物言いに、感傷的な気分から一気に引き戻される。

 そうだった……! 遂に訓練最終日だという思いが手伝って、ついつい彼女への感謝が先走ってしまった……!


 見ればミザリーも似たような心境だったらしく、恥ずかしそうに頬を赤らめて視線を逸らしている。



「ま、まあ、感謝してるのは本当のことだし、別に礼を言うくらい良いじゃないか……! なあ、ミザリーっ?」


「う、うむ……! そうだなサイラスっ……!」



 二人揃って照れ隠しにそっぽを向いて、ジトリとしたアンネとニーナの視線から逃れようと、若干だが進む足を速めてしまう。そんな俺とミザリーを、やれやれと苦笑しながら。アンネとニーナはそれでも笑いながら、優しく見守りながら後を歩いてついて来てくれた。



「そ、そういえば、今日の訓練の内容をまだ聞いてなかったな。ギルドに向かっているが、今日は何をするつもりなんだ?」



 それもまたなんとも照れくさくて。

 俺は羞恥を誤魔化すようにして、ミザリーへと質問を投げ掛ける。



「ん? それはな……」



 俺の質問に、ミザリーは。

 綺麗な整った顔に子供のような……どこか悪戯イタズラめいた笑顔を浮かべて、言葉を返してきたのだ。





 ◇





「フ……ッ!!」

「せィッ!」



 ギルドの訓練場に、長剣と短剣のせめぎ合う金属音が響き渡る。

 俺の目の前で、まるで真剣そのもので剣を交えているのは、アンネロッテとミザリーだ。


 アンネの二振りの短剣での連撃を、ミザリーが最小限の動きで弾き、防ぐ。返すミザリーの横薙ぎを、アンネが二本の短剣で絡めるように逸らしてなす。

 目まぐるしく攻守を入れ替えて、まるでお互いの力量を確かめるかのように……。二人の剣舞はどこまでも加速し、後を追うように、尾を引くように火花が舞い散っていた。



「ミザリーもアンネも……なんて速さだ……!」


「うぅ……! あたしには全然見えないよぉ……!」



 見学しているのは俺とニーナだ。他にも訓練場を利用していたらしきハンター達や、ギルドの職員らしき人物等もその戦いに見入っているが……俺はそんなこと気にもせずに、二人の手合わせに没入していた。


 そして――――



「「はぁッ!!」」



 寸でのところで停まる二人の攻撃。

 片やアンネの二振りの短剣は、ミザリーの喉元と胸を突く形で。片やミザリーの長剣は、アンネのくびを断つ位置で停められていた。



「これまで……だな」


「そうですね。お手合わせ、ありがとうございました」



 二人同時に剣を引いて、それぞれの鞘に納める。

 どうやら手合わせはこれまでのようだ。



「二人ともお疲れ様。良い試合だった」


「アンネお姉ちゃん、ミザリーお姉ちゃんお疲れさまー!」



 俺はタオルを、ニーナがコップに入った冷たい水を手に持ち、決着のついた二人の元へと歩み寄り声を掛ける。二人は汗はかいてはいないがタオルを受け取り、ニーナの頭を撫でては喉を潤していく。



「どうだったミザリー? アンネの腕の程は」


「正直予想以上だな。だいぶ対人戦に偏りが観られるが、魔物相手でも数をこなして慣れれば問題無いだろう」



 そうだろうなぁ。アンネは元々、シャムール公爵家の戦闘侍従としての訓練を受けている。その目的は主人の身辺警護が主なのだから、対人戦特化なのは頷ける話だ。その訓練の効果の程は、旅に出た初日の対盗賊戦で俺もまざまざと見せ付けられている。


 その後の度重なる戦闘にしても、ゴブリンやゴブリンライダーなど、魔物相手にも彼女個人が苦戦しているところは見たことがない。往々にして、足を引っ張っていたのは主に俺なんだよなぁ……。



「さあ次だ。サイラス、剣を取れ」



 そんな風に改めてアンネに対して申し訳なく思っていると、充分に喉を潤したのか、ミザリーから声を掛けられる。


 彼女から告げられた、訓練の締めくくり……真剣での最後の手合わせ。

 その時が、いよいよ迫っていたのである。





 先程のアンネとの試合のせいか、続く俺との手合わせに至っても見物人の数は減った様子がない。むしろ口伝くちづてに誰かが広めたのか、野次馬の数はさらに増えていた。


 だがそれもそうだろう。大陸全土をまたいで根を張るハンターギルドに所属するハンターの内、最高峰とされるSランクハンターは、両手で数えられるほどしか居ない。

 そんな〝生ける伝説〟とも〝人外〟とも評されるSランク達を除けば、Aランクでしかもソロ活動を主とする【剣姫】ミザリーは、まさに全てのハンター達の憧れでもあるのだから。


 そんな彼女の、試合とはいえ真剣での手合わせに興味を持つのは、野心や功名心のあるハンター達なら当たり前のことだろう。



「魔法の使用有り。いずれかが致命的な攻撃を受けたと判断された場合もしくは、降参された場合試合終了です。お二方、ご用意はよろしいですか?」


「ああ」

「いつでもいいぞ」



 アンネやミザリーほどの実力者同士の手合わせならば、審判など置かずともお互いに力量を読み合い、安全(?)に試合を行える。しかしだいぶ格の落ちる俺との試合では、アンネが審判として仲立ちを行い、危険と判断した時は即座に試合を止めるとのことだ。


 ちなみにだが、今回の手合わせでは俺のあの忌々しいスキルに出番はない。


 そもそも発動させるには謝罪か嘆願をする必要があるのだが、そう都合良く謝ることなど無いしな。

 …………さすがに衆人環視の下で、森の時のように胸を揉ませるなんてことは、ミザリーもしないだろうし。


 誓って言うが、残念だなんて思っていないぞ。本当だぞ。


 そして。



「それでは……始め!」



 観衆に見守られた訓練場に、アンネロッテの鋭い声が、響いたのだった――――




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