第五十二話 お説教と四面楚歌と【土下座】



「は……?? 現役Aランクハンターの彼女と真剣勝負をした……!?」

「ふぇぇ……ッ!?」



 バツが悪いことこの上ない。


 魔境と呼ばれる〝木霊の森〟からピマーンの街に帰ってきた俺は、時間も夕刻ということもあり、ハンターギルドより先にニーナとアンネを迎えに行くため、留守中預かってくれている教会の孤児院へと足を向けた。

 そうして合流した早々に二人には、一足先にシャロンの働く食堂に席を確保しに行ってもらい、俺とミザリーはその前にギルドに寄って依頼の報告と魔物の素材の売却を済ませた。


 そしてギルドで成果を受け取ってから店で合流し、今日の依頼と訓練の内容を話して聞かせた結果……この反応だ。

 まあ魔物相手に訓練を積むために魔境に入ったのに、パーティーの仲間同士で本気で戦ったりすれば、こんな反応になるのも分からないでもないんだけどな……。



「サイラス様? 一体何がどうなれば、そのような事になるのでしょうか……?」



 アンネの顔が怖い。いや、無表情なのはいつも通りなんだが、圧が……! 威圧感がとんでもないんだが……!?



「お兄ちゃんケガしてない!? ミザリーにイジメられたの!?」


「なんてことを言うんだ、人聞きの悪い。いじめてなどいないぞ? むしろわたしの方が良い一撃を貰ったほどだ。アンネロッテほどに胸が無かったおかげで、大層痛かったなぁ」


「「胸っ!!??」」



 うおいミザリーっ!? 何言って……って、アレは不可抗力だと思うんだが!? そもそもあの時の攻撃も、というか一連の戦闘中の全ての行動も、俺の意思なんてどこにも無かったんだがッ!!??



「どういうことですか、サイラス様!?」

「お兄ちゃん、ちゃんと説明して!!」



 そりゃあ同じ女性である二人にとっては聞き捨てならないよなぁ!?


 美味しそうな料理もそっちのけで、二人に詰め寄られた俺は何と説明すれば良いものか高速で思案を巡らせる。

 あの時は俺のユニークスキル【土下座】の戦闘用派生スキル、【スパイラル土下座・きわみ】とあと何て言ってたっけ……? ああそうだ、【土下座手技四十八手】とやらの【触腕指】でもってミザリーの防御を突破し、頭からミザリーの控えめな胸に一撃を――――


 ――――うん、無いな。つまり俺は交際している訳でもない女性の胸に思いっきり飛び込んだということだ。話を聞いただけでは完全に変態の所業だ。


 非常に不味マズい。良い言い訳が何も浮かばない……!

 っていうかミザリー!? お前はなに顔を背けて笑いを堪えてんだよッ!!?? お願いしますので助けてください!?



「くくく……っ! まあ二人とも、サイラスを責めるのはそのくらいにしてやってくれ。わたしが戦闘用のスキルを使ってほしいと頼んだんだ。アンネロッテなら、スキル発動中のサイラスに自由が利かないことも知っているのだろう?」



 つい本気で戦いに没入してしまったがな、と。ミザリーは悪びれもせずにそう肩を竦める。そんなミザリーに二人は未だ疑いの目を向けていたが、しばらく睨んでいたかと思うと二人揃って溜息を吐いた。



「まあ、当の本人がそう仰るのでしたら……致し方ありませんね……。サイラス様もご自分がなさった事はご理解いただけているようですし」


「だけどお兄ちゃん!? もうよそのお姉さんのオッパイに攻撃しちゃダメだよ!?」


「人聞きが悪すぎるッ!!?? い、いえ、なんでもないですはいッ! 以後気をつけますっ!!」



 なんなんだ一体コレは……!? 俺はどうしてここまで二人に責められてるんだよ!? 納得いかないけど二人の目が怖いんだよぉおおおおッ!!??



「ん……? 少しお待ちください……?」


「ほえ? どうしたの、アンネお姉ちゃん?」



 二人の剣幕に戦々恐々と震えていると、急に我に返ったかのようにアンネが何事かを考え込み始めた。

 俺はようやく食事にありつくことができると胸を撫で下ろして、とりあえずずっとお預けを食らっていたエールをひと飲みする。


 はぁ……、生き返るな……!

 魔物との戦闘に薬草類の採取、それに極み付けには現役最高峰でもあるハンターとの真剣勝負だったものなぁ。


 何の肉かはわからないが、甘辛いタレで焼かれた肉料理を頬張って堪能し、再びエールをあおってその相性の良さに打ち震える。


 生きて帰って来られて良かった……と。

 具体的には、主にミザリーの剣撃とかミザリーの大魔法とかミザリーの――――



「スキルが発動したということは、サイラス様が謝罪を為されたのですよね? 一体ミザリーに、のでしょうか?」


「――――んぐっふ……ッ!!?? ぐふっ!? げほっ、ゲフンッ!?」



 アンネのまさかの指摘に、エールが通ってはいけない方へと入り込み、派手にむせ込む俺。


 ミザリーへの謝罪……。その言葉と同時に、彼女の胸を揉みしだいてしまったその光景と感触が脳裏に呼び覚まされてしまった。

 そうだ、その事もあったんだった……!?



「ああ、それはサイラスがわたしの胸を揉んだせいだな。けがれを知らぬわたしの胸を、そうと知っても繰り返し繰り返し――――」


「…………サイラス様?」

「お兄ちゃん……!?」



 うおおおおおおおおいいッッ!!??

 いや合ってるけど! 事実だけどもッ!? だからってなんでそんな誤解を招くしかしない言い回しで……!? っていうかアレはお前が俺の手を取って自分で揉ませたんだろうがあああああッッ!!!



「サイラス様……? それは一体どういうことですか?」

「どういうことなの!? お兄ちゃん!!!」


「いやあの、そのですね……?」


「「はっきり!! 詳しく!!!」」


「ご、ごめんなさああああああいいッッ!!??」



 無理! こればっかりは無理だッ!!

 そもそも揉んだのは事実だしたとえミザリーに〝させられた〟にしても、それで謝ってスキルが発動したということは、逆に言えば俺にとってもやましいことだと、そう考えていたってことだし――――



《心からの誠意ある謝罪を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします》



 やかましいわド畜生があああああッッ!!!

 俺の味方は居ないのか!? どうすりゃいいんだよこんなのよおおおおおおおッ!!??



「いやぁ、サイラスの仲間は賑やかで楽しいなぁ。くく……っ」



 お前も笑ってんじゃねぇよおおおおおおおおお!!!!

 助けろくださいお願いしますミザリー先輩ぃぃぃぃぃぃぃぃッッ!!??


 ん? 〝四面楚歌しめんそか〟?

 前世の俺の記憶が呼び覚まされ、故事にならったらしい言葉が浮かび上がってくる。


 なるほど、味方が居らず援軍も望めない、絶望的な状況を表すのにピッタリな言葉だな。間違いなく、まさに今の状況だ。

 ってそうじゃねぇだろ!? どうせ思い出すならこの状況を好転させる知恵を出してくれ前世の俺ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!




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