第五十一話 嬉し恥ずかし、夢と膝枕



『さあ、サイ兄様。お疲れでしょう? ゆっくり休んでくださいね』


『エリィ……ありがとな。なんだかこの歳で膝枕っていうのも、少し気恥ずかしいけどなぁ』


『いいではありませんか。わたしが……エリィがして差し上げたいんですから、サイ兄様は気にせずに身体を休めてください』


『ああ。それじゃあ、お言葉に甘えて……』



 最愛の義妹いもうとであるエリィ……エリザベスの膝に頭を乗せ、疲れた身体を横たわらせる。

 成長したエリザベスを膝の上から見上げる。肌の色こそ白いものの、カサンドラ義母はは上そっくりに美しくなったなぁと、本当に感慨深くなる。



『ふふ。なんですか兄様? そんなに見詰められたら、エリィも恥ずかしくなってしまいます……』


『ははっ。ごめんよエリィ。本当に美しくなったなぁって、嬉しくてさ』


『イヤですわ兄様……。そんなことを言うと、本気にしてしまいますよ?』


『本当のことさ。エリィは本当に綺麗になったよ。カサンドラ義母上のように美人だし、義理とはいえ兄である俺もドキドキするくらいだ』


『サイ兄様……』



 熱っぽい瞳で俺を見下ろしてくるエリィに、冗談で言ったつもりだったのだが本当に鼓動が速まってくる。白いスベスベの頬は赤らんでいて、思わず手を添えてみると熱を帯びていて、そしてとても肌理キメ細やかで柔らかい。


 マズイぞ……! 俺とエリィは義理とはいえ兄妹きょうだいなのに、彼女の潤んだ瞳から目が離せない。


 歳で言えば十七、八歳という、立派な淑女に成長したエリィも、とろけたような表情で熱い吐息を俺に届かせてくるのだ。

 俺の頭の中もなんだかもやが掛かったように朧気になり、下から見上げる彼女の顔が段々と近付いてきていることにまるで違和感を感じていなかった。



『サイ兄様……。わたしは……エリィは、兄様のことがずっと……』


『エリィ……』



 俺達は兄妹のはずなのに……。


 だというのに俺は、彼女の近付いてくる紅い唇から目が離せない。

 そのまま、そっと目を閉じてしまったエリィに誘われるがまま、俺は自身も頭を持ち上げて、吸い寄せられるようにしてその唇へと自身のそれを近付け――――





「ん……、俺は……?」


「や……やっと目を覚ましたかサイラスっ。まま、まったく、心配をさせるんじゃない……っ!」


「ミザリー……?」



 どうやら俺は眠っていたらしい。目を開けるとそこには俺を見下ろす、Aランクハンターであるミザリーの……なぜか赤くなった顔があった。

 その背後にあるのは、樹々の枝の隙間から覗く青い空。そこまで確認してようやく俺は、彼女との戦闘の後で意識を失ったのだということを思い出してきた。


 彼女に言われるがまま戦闘用【土下座】を発動し、最後には熾烈な空中戦となって……そして二人一緒に墜落して、力と魔法を合わせてなんとか無事に着地した――――というところで、俺の記憶は途絶えている。

 特に身体から異常な痛みや違和感などは感じられないということは、大怪我をすることなく無事に済んだようだが……。



「痛む所は無いな? ならばそろそろ帰らねば、お前の仲間達を心配させてしまうぞ」


「俺は……どのくらい意識を失ってたんだ?」


「なに、ほんの半刻ほどだ。だがさすがに足が痺れてきたから……そ、そろそろ起きてくれると助かるな……!」


「……?」



 ミザリーの言葉に首を傾げるが、寝起きの頭が段々とハッキリしてくるにつれて、俺の今の状態がどうなっているのかを徐々に把握できてきた。

 どうしてミザリーの顔がこんなに近くで俺を見下ろしているのか……。そして目が覚めたのを確認したにも関わらず、どうして離れようとしないのか。



「――――ッ!? うおおッ!?」



 そう……! なんと俺は彼女に膝枕をされて寝ていたのだ。どうりで頭の下が柔らかいと思った……! っていやそうじゃなく、特に近しい間柄という訳でもないのに未婚の女性に膝枕などさせてしまって、俺は一体何をやってるんだ……!?


 慌ててミザリーの膝から身体を起こす。顔が熱くなっているのを自覚するが、それよりもミザリーに謝らなければ……!



「み、ミザリー、すまな――――」

「い、いや、謝らなくてもいいぞサイラス。またスキルが発動してしまうし、何よりもああしてお前を寝かせたのはこのわたしなのだからな」



 寛大にも俺のことを許す、と。そう告げるミザリーが、痺れていたにしてはやけにアッサリと立ち上がって、尻に着いた草きれや土埃をはたいて落とす。

 その仕草に揺れ、ヒラリとひるがえりそうになる彼女のスカートやあらわになっている太ももに、ついつい視線が吸い寄せられてしまう。



「ん? なんだサイラス? そんなにわたしの膝枕から離れるのが名残惜しかったのか?」


「バッ……!? こ、これは違……っ!?」


「ふふっ、冗談だ冗談。そんなに顔を赤らめられると、わたしまで恥ずかしくなってしまう」



 ぐ、ぐぬ……っ! 揶揄からかうようにそう言う割にはミザリーも顔が赤く見えるが、非は自分にあるためにそれを指摘することもできない。


 しかしそうか。彼女がしてくれていたから、眠っている間に……義理の妹エリザベスに膝枕をされている夢を見たんだな。

 夢の中とはいえ実の妹のように見守ってきたエリィと、一線を超えそうになってしまったという中々に危うい夢だったが……で目が覚めて良かったような、残念なような……。



「サイラス、身体の調子に問題が無いのなら街へと引き返そう。行けそうか?」


「あ、ああ。長時間足止めをすることになって、すまな――――」

「だから謝るな。そもそも、そうなる原因を作ったのもわたしなのだから。それじゃあ、帰ろうか」


「……ああ、帰ろう」



 促し先導を始めたミザリーの後を追うようにして、俺はアンネロッテとニーナの待つピマーンの街へと帰還したのだった。


 ……傾いた西日の加減なのか、帰りの途を先に行くミザリーの耳や稀に覗く頬が赤く見えたのは、気のせいだよな? 俺との戦闘で怪我や不調を抱えてしまったのでなければいいのだが……。




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