第四十九話 【剣姫】VS【土下座】



「ははっ! やるなぁサイラス!!」


《攻撃を感知。脅威度判定:AA。回避行動アヴォイダンス



 やるなぁ、じゃないっ!! 強化された身体能力だから躱せたし視えたけど、今明らかに首筋狙ってきてただろ!? しかも真剣で!! 訓練じゃなかったのかよ!?


 短い期間だが、俺の師となったAランクハンターのミザリーとの訓練クエスト中。俺が持つ悩みの種であるユニークスキル【土下座】に興味を示した彼女によって、ピマーンの街近郊の魔境〝木霊の森〟の水辺で、唐突に彼女と戦闘を行うことになってしまった。


 ただの戦闘訓練ならばまだ良かった。しかし俺の身体はユニークスキル【土下座】の支配下に置かれ、戦闘用【土下座】と【コンバット土下座プログラム】のすべてを駆使しての真剣勝負となってしまっているのだ。

 しかもだ。これまで戦ってきたどの相手よりも強い最強の相手――飛ぶ鳥を落とす勢いの現役Aランクハンターである【剣姫】ミザリーも、自身の愛剣を抜いて完全に戦いに没入している。


 果たしてこの戦いが終わった時、お互い無事でいられるのだろうか……? そんな不安を胸に抱きながら、戦闘とスキルに翻弄され続ける俺だったが。



「集中を乱すなサイラス! 身体を巡る魔力を感じ、この最高の戦闘を眼に、脳に、身体に焼き付けろ!! 極限の状態にこそ活路はひらかれる!!」


「――――ッ!!!」



 そうだ。何を怖気付き、迷っているんだ俺は……!? 強くなると決めたんだろう!? 大切な仲間達を守れるように、心配させないようになると覚悟を決めたはずだろうが!!


 俺とミザリー双方の魔力が、まるで共鳴するかのように高まり続けていく。

 この眼に、脳に、身体にこの感覚を刻み込むんだ……! 俺のスキルの能力ちからを極限まで引き出してくれている、そんな彼女の期待に応えてみせろ、サイラス・ヴァン・シャムール!!



《対象:ミザリーの戦意並びに魔力上昇を確認しました。脅威度再解析。対象の脅威度をSに上方修正。【C・D・P】のレベルを5に設定します。レディ――――》


「同じ相手に本気を出すのは久し振りだ……。たとえ大怪我をしても責任は全て私が取る。全力で来い!!」


《――――ゴー・ユア・ヘッド》



 研ぎ澄まされた俺の五感は、周囲の総てを捉えていた。駆け巡る俺自身の魔力によって限界まで……いや、限界以上に強化された俺の身体は、まるで引き絞られ放たれた矢玉のように地面を蹴り抜いて、一瞬でミザリーとの間合いをゼロにしていた。



《【真・スライディング土下座】が回避されました。対象を再捕捉。着地点に座標指定し土魔法を起動します。【ジャンピング土下座・昇破】をアクティベートします》


「一瞬で剣士の弱点である足元を狙い打ちとは……! 合理的かつ容赦が無いな、サイラス!」



 俺じゃないんだけどねぇええっ!? なんなの【真・スライディング土下座】って!? 地面を滑る速度がエゲツなかったんですけど!? しかも今まで戦闘後まで残ってた手足の擦り傷とか一瞬で治癒してるしぃ!?


 目まぐるしい高速戦闘に、俺の素の思考能力ではとてもついてはいけない。しかしスキルによる強化が俺の感覚や知覚までにも及んでいるらしく、俺はミザリーが何をしているのかも、俺の身体が何を行っているのかも総てを捉えることができていた。


 だからと言ってそれを総て俺が理解できるかは、また別の話なんだけどな!?

 


「くおッ!? 着地点に土魔法とは……ッ!?」


《対象:ミザリーの空中への離脱を確認。【ジャンピング土下座・昇破】ヘッドオン、ナウ。ゴー・ユア・ヘッド》


「ツゥ……ッ!? 縦回転による遠心力で威力を増した頭突きだと……! しかも同時に突き出される掌底と膝による打撃と捌きの一体化攻撃とは……!!」



 ……と、いうことらしいですぅ!


 ミザリーが丁寧に解説した通り、【ジャンピング土下座・昇破】によって俺の身体は、土魔法で空中に打ち上げられた彼女へ向かって勢いよく跳躍した。そのまま身体を複雑に捻ったかと思うと、【土下座】の姿勢を取り、風魔法で加速と縦回転を加えられて突撃したのだ。そして下方から掬い打つように俺の額が振り抜かれ、ミザリーが咄嗟に構えた手甲ガントレットと激突した。両手は彼女の剣を牽制し、両膝は彼女が衝突を防ぐために折りたたんだ彼女の膝とぶつかり、ミザリーは【ジャンピング土下座・昇破】の威力によりさらに上空へと打ち上げられる。



「動きが奇抜過ぎて読みづらい……! そして殺気も無く攻撃の予備動作すら魔法で制御されている。なるほど実に興味深い……!!」


《対象:ミザリーの魔力の急上昇を確認。火属性の魔法攻撃と推測。対魔法防御【土下座障壁プロテクション】を展開します。同時に風魔法を発動――――ナウ》


「灼き焦がれるは我が意にて。万象燃え尽き灰燼と成さん――――【劫炎滅焦ヴォルケーノダンス】!」



 うおいっ!? 【劫炎滅焦ヴォルケーノダンス】って確かクラスSの超高等火魔法じゃねぇか!? それをたった二文節の詠唱で発動とか化け物かよ!? っていうか人間一人相手に撃つ魔法じゃないからぁあああッ!? あとここ一応森の中ぁああああああッ!!?? 山火事になっちゃうぅぅううううッッ!!??


 ――――視界が真っ赤な光に塗り潰される。人間の骨身など一瞬で灰すら残さず焼き尽くすと言われる地獄の業火が、奔流となって俺に降り注いでくる。しかし俺の身体はあろうことか、その炎の激流に向かって風魔法で上昇していた。五体を灼熱に晒して突進し、飲み込まれると思った瞬間。俺は再び空中で、しかも逆さまで【土下座】の構えを取った。



「バカなッ!? 避けろサイラス! 死ぬぞッッ!!」



 俺だって避けたいんだよぉおおおおおおおおおおおッッ!!??


 ミザリーが炎を生み出し撃ち放ってから一秒にも満たないその時間。高まった俺の集中力は、自身の身体が炎に飲み込まれるのを確かに目撃した――――が、熱くない……?

 思わず閉じてしまった眼を恐る恐る開いてみると、目の前は一面が燃え盛る炎だった。しかしその業火は俺の前に張られた透明な壁のような物に阻まれ、俺には届いていなかったのだ。


 確か、【土下座障壁プロテクション】って言ってたような……?


 ミザリーの高等魔法とせめぎ合うその壁がなのだろう。集中して観察してみれば、俺の両手、両膝、そして額に魔力が集中して渦巻いているのを感じた。上空のミザリーに対して腹を向けるという格好悪いことこの上ない構えではあったが、どうやらこれら五点により展開した結界のようなもので、彼女の大魔法を完全に防御しているようだった。


 そしてそれだけでなく――――



「そんなバカなッッ!!??」


《対象:ミザリーの火魔法の防御に成功しました。カウンタースタンバイ。【バレルロール土下座】ヘッドオン。ライク・ア・シューティングスター》




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