第四十八話 ミザリーのスキル講座
森に入ってから、何度か戦闘は体験した。まだまだ浅い領域のため、大体はゴブリンやコボルトなどの初級ハンターが相手取れるような低級の魔物だった。未だ俺の手には余る魔物に関しては、率先してミザリーが倒してくれていたしな。
そうして半刻ほど森の奥に踏み入った所に、湧き水が溜まったであろう綺麗な湖があった。
「さて、これから
湖の
「そう言われると咄嗟には浮かばないな。だが有名なものだと……【狂戦士】が使うとされている【狂化】スキルか?」
有名な英雄譚の中で、度重なる戦闘に狂った戦士が用いたとされるスキルの名を挙げてみる。
ミザリーはそれに満足気に頷いてから、真剣な顔で口を開く。
「まあその辺りが有名だろうな。かの伝説の傭兵が用いたとされるスキル【狂化】は、確かにオートスキルだ。発動条件は確か〝一定数の手傷を負うこと〟と、〝一定数の敵を打ち倒すこと〟だったはずだ」
伝記によればその傭兵団を率いていた戦士が戦った後には、敵兵は一人の例外も無く屍を晒すばかりだったという。そしてそれだけでなく……
「時には敵味方の区別も付かなかったらしいな。【狂化】スキルが発動すると極度の興奮状態となり、動くモノ全てに攻撃したくなるそうだ」
「それが……欠点ということか?」
「まあそうではあるのだが、先に利点から話そう。【狂化】を含めたオートスキルの利点は、使用者自身の成長と共にほぼ際限なく強化されるという点だ。そしてモノによっては〝派生〟したり、〝進化〟したりもする。【狂化】スキルは進化すると【狂化】から【狂花】……そして【狂華】となり、発動中はまさに一騎当千と言えるほど強力になる」
「それは……知らなかったな……」
向かい合って座っている間の地面に、スキルの進化の過程を分かりやすく書き出してくれるミザリー。
ということは俺のユニークスキルが色々と派生を繰り返しているのも、俺の成長具合に合わせてスキルが強化されたということだろうか。
「一方でそうして強力になる代わりに、欠点も大きくなっていく。先程サイラスが言った通り、欠点でもある興奮状態は、スキルの強化具合が強くなるほど酷くなったらしい。そして最後の【狂華】スキルに昇華された時だ。理性は完全に失われ、その戦士は文字通りの〝狂戦士〟へと成り果てたという。彼の後には、敵味方双方の
〝堕ちた英雄〟の末路というわけか……。ということは俺のスキルにもそのような欠点が付随しているのだろうか……?
「まあこれは、あくまでも【狂化】スキルに関する利点と欠点だ。お前の持つスキルがどんなものかは深く詮索はしないが……完全にデメリットと言えるかはサイラス、お前次第だからな」
一つ苦笑を漏らしてそう締め括ったミザリーは、穏やかな顔で俺を見詰めている。
考えろと、そう言ってくれているように感じた俺は、意を決して先程から訊きたかったことを口にする。
「……例えばだが、スキル発動中の身体強化状態のみを任意に抜き出したりとか……そういったことはできないのか?」
「ほう……? 【狂化】スキルで言うならば興奮状態を抑えつつ、身体のみを強化するようなものか。それはまたずいぶんと虫の良い望みに聞こえるな?」
そうは言いつつも、腕を組んで検討はしてくれるミザリー。俺も頼りきりにならないよう、一緒に考えを巡らせる。
「……サイラス。そのスキルによって身体を操られたのは、一体何回だ?」
「ん……?」
ミザリーの質問に頭を捻る。言葉通りに全ての操られた回数を数えるならば、それなりの数に
「そうだな……戦闘で操られたのが三回、それ以外を足せば全部で…………十二回だな」
「そんなにもか……。ん? いや待て、戦闘以外でも発動するスキルなのか?」
「そうなんだよな。そもそもの用途は戦闘とは別だと思うんだが……。さっきミザリーが説明してくれたのとはちょっと違うんだが、戦闘用
「……なんというか、さすがユニークスキルだな。デタラメと言うか……」
俺もそう思うよ、ミザリー。そもそも【土下座】は謝罪行為のはずなのに、どうして戦闘用なんかになるんだか……。
「ところでそのスキル、普段発動する時と戦闘用の時と、明確に発動条件に違いはあるのか?」
「違い? まあ今判明してるだけなら、魔力を放出しているか否かが関わっていると思うが……」
ミザリーにそう問われ、俺は何の気なしに普通に答えを返す。少し前にスキルのことを考察した限り……そしてこの間のゴブリンライダー達との戦闘を経験した限りでは、やはり〝戦闘中〟かつ〝魔力を放出している〟ことが戦闘用スキルを発動する鍵だ、と確信が深まったからな。
「ちなみにだが……発動条件などは尋ねても大丈夫だろうか……?」
遠慮がちな上目遣いでそう問うてくるミザリー。
俺は今さらだなと……そう苦笑しながらも、彼女のその気遣いに感謝していた。
俺より圧倒的に実力も実績も、ましてや知名度もあるにも関わらず、あくまでも対等に接してくれるミザリーに。俺はそんな彼女に隠し事をするのはなんだか嫌な気持ちになり、彼女に対して感じた
だから……
「心からの誠意ある〝謝罪〟もしくは〝嘆願〟。俺が把握している限りでは、それが発動条件だ。戦闘中など魔力を放出している状態だと、そのまま戦闘用の派生スキルが発動するようだな」
だから俺は、そう答えたんだ。
良くしてくれて……そして対等に扱ってくれたミザリーには、嘘も隠し事もしたくなかったんだ。
「……なるほど。今日の訓練内容が決まったな」
だからミザリーの、好奇心に色付いた瞳のことをすっかり忘れていたんだ。
「サイラス、魔力を練り上げろ」
急に鋭くなったミザリーの気配に押されながら、俺は言われるがまま魔力を放出し練り上げる。
それを確認したのだろう。ミザリーは俺の手を取って、
――――ムニュンっ♡
「――――え?」
俺の右手が、ミザリーの胸に置かれていた。
「んっ……! サイラス、
え、ちょ……!? はいぃッッ!?
俺の右手はガシリと捕まれて胸の上に固定され、事もあろうか彼女のもう一方の手によって開けたり閉じたり握ったり――――
「え……はぁっ!? お、おい、何して――――」
「誰にも触れさせたことなど無かったのになぁ〜。嫁入り前のわたしの穢れのない身体を……しかも胸をこんなに……んんぅっ……!」
ちょ、おま……っ!? 手を動かすな! まさぐらさせるなッ!?
「す、すまない……ッ!?」
思わず口を衝いて出た言葉。その言葉と共に(元々ミザリーのせいで自由は利いていなかったのだが)――――
《心からの誠意ある謝罪を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします》
「ちょっと待てぇええええええッッ!!??」
どうしてこうなった!? 俺はただこのスキルをコントロールしたかっただけで……! そのためにミザリーに相談したのに……!?
「
――――ッ!? そういうことか……!
彼女は……ミザリーは俺の〝戦闘用スキル〟を確認するためにこんなことを……!
「ミザリー、俺に敵意を向けろ! それで戦闘用スキルが発動するはずだ!」
俺の言葉に不敵な笑みを浮かべるミザリー。その華奢に見える身体から闘気が立ち昇り、敵意となって襲い掛かってくる。
そして次の瞬間――――
《状況スキャン……。対象をミザリーに指定しました。敵意・害意・殺意を感知。状況レッド。戦闘用スキルを全て励起します。【
これは……訓練と言えるのか……?
唯一自由になる思考の片隅で。
右手が伝える柔らかいモノの感触と、ミザリーから押し寄せる敵意とを感じながら、俺の身体は魔力によって強化されていった――――
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