第四十六話 先輩ハンターと食事会



「日も暮れそうだ。今日はこのくらいにしておこう」


「……ああ。胸を貸してくれて礼を言う」


「なに、元は気乗りしなかったが、引き受けた以上はちゃんとやるさ。まあ貸して誇れるほどの胸は無いのだがなっ」



 それは彼女なりの、場を和ませるための冗談なのだろう。確かに彼女の胸は、二十歳という俺よりも二つ、アンネよりも四つ上という年齢にも関わらずとても慎ましい。

 しかしそれでもその肢体は貧相ということもなく、鍛え上げられたしなやかな長い手足や俺の目線ほどの高さの身長など、女性らしさと凛々しさを兼ね備えた美しさを印象付けてくる。



「胸だけが女性の魅力とは限らないし、俺は美しいと思うけどな。とにかく今日はありがとう。貴女が教官になってくれて、本当に良かった」



 ようやく息も整い、膝を着いていた身体を起こしてから、そう改めて指導を引き受けてくれたことへの感謝を伝える。


 世に何人居るだろうか。現役の、しかも実質的な最高峰とも言えるAランクのハンターに手解きを受けられる、そんな幸運な者など。

 あるいは貴族や豪商であれば財貨を積んで、敬意を込めてか居丈高にかは分からんが、依頼することはできるだろうけどな。



「う、うつく……!? ま、まあ筋も良いし、最後のアレも剣が折れなければ防げていたしな……! 初日にしては上々だろう!」



 礼を言った俺に対して、何やら慌てた様子でそう評してくるミザリー。

 顔が赤く見えるが、夕焼けのせいだろうか……?



「サイラス様……!?」


「またなの、お兄ちゃん……?」



 ん? アンネとニーナは、どうしてそんな呆れたような顔をして俺を見てくるんだ?

 まあ何はともあれ、心配そうにはしていたものの、訓練中も黙って観ていてくれたんだから、二人のこともちゃんとねぎらわなきゃな。



「二人とも、付き合ってくれてありがとな。まだ訓練は四日あるけど、今夜は少し奮発した物でも食べようか」


「ホント!? それじゃまたシャロンお姉さんのお店がいいな!」


「こら、ニーナ……! サイラス様、あまり散財するのは……」



 俺の言葉にニーナはパッと表情を明るくし、飛び跳ねて喜んでくれた。しかしアンネからはジトッとした視線と共に、お小言を頂戴してしまう。

 いや、確かにアンネの言う通りなんだがな。この街に着いてから、路銀を貯めるどころか出ていくばかりだし。その内の何割かはお前達の衣服代だぞとは、恐ろしくてとても言えないが。



「うん? なんだ、三人とも今夜は外食するのか? ならばわたしが良い店に連れて行ってやろう」


「「「……は???」」」



 しかしそんなやり取りをしている俺達に、予想外な言葉が投げ掛けられたのだった。多分俺達は揃って間抜けな顔で彼女を……ミザリーを見返していたと思うな。





 ◇





「さあ存分に食べて飲んでくれ。遠慮などせずとも、わたしも高ランクハンターの端くれだ。翼竜ワイバーンの一匹も狩ればここの勘定など気にもならない金が手に入るからな」


「訓練だけでなく食事まで……。重ねて礼を言うよ」


「よせ、堅苦しい。五日間だけとはいえど弟子のようなものだ。わたしも師には良くしてもらったし、特に食べ物は大切だと、そう教えてもらったしな。どうしても気になるのなら、いつかサイラスも後輩に同じようにしてやればいい」


「……ああ、ありがとう。いただきます、ミザリー」


「「いただきます」」



 なんと言うか、本当にミザリーは器の大きい、できた人という印象だな。確固たる実力を持ち、Aランクハンターとして数々の実績も打ち立て、それでいて知り合ったばかりの俺のような駆け出しハンターにも対等に接してくれて、ご馳走までしてくれるなんて。

 聞けば彼女の師もこうして後輩を遇することが多かったそうだし、彼女の人柄はその師である人物に色濃い影響を受けているようだな……。



「そういえばサイラス」


「ん? どうしたんだ?」



 俺としてもこうして侮るでもなく、へりくだるでもない接し方をされるのは心地好く感じるな。

 そんな風に思いながら、俺達の収入では中々入れないような食堂で美味い料理に舌鼓を打っていると、ミザリーが真剣な顔をして声を掛けてきた。



「依頼を受ける時にギルドでチラリと聞いたんだが、なんでも草原でゴブリンライダー共に襲われたんだって?」


「ああ、そうだが」



 何かと思えばその話か。まあアレのせいで力不足を改めて痛感してギルドに指南を依頼したから、こうしてミザリーと知り合えたんだけどな。



「良く無事だったな。普通なら駆け出しのハンターが手に負える相手じゃないんだが」


「俺独りならそうだったろうな。仲間であるアンネ……アンネロッテが助けてくれたから、こうして美味い料理を食べていられる。彼女には本当に色々な面で助けられてるよ」


「サイラス様、私は当然の働きをしただけです。それに六組のライダーの内半数は、サイラス様が討伐したではありませんか」


「ほう……?」



 いやアンネ、そうは言うがはな……。


 あの戦闘はユニークスキル【土下座】が……スキルとあのアナウンスによって身体が操られて切り抜けたわけだし、正直に言って俺自身の力とは言えないだろう。だからこそこうしてミザリーを頼って訓練をしているわけなんだしな。

 しかしそのミザリーはアンネの言葉に興味を持ったようで、アンネと俺を交互に見比べてから、何やら考え込み始めてしまった。


 俺は不思議に思いながらも食欲には勝てず、ニーナがさりげなく大皿から取り分けてくれた品々を口に運んでは、調理法や素材などを考察していた。

 


「なあ、サイラス」



 しかし料理研究にいそしむ俺に、再びミザリーが声を掛けてくる。その顔は真剣そのもので、どこか有無を言わせないような雰囲気を醸し出していた。


 一体何を言われるのだろうか。もしややっぱり教官役は辞めると三行半みくだりはんを突き付けられるのだろうか。不安から若干及び腰になりながらも、そのただならぬ雰囲気に気圧され居住まいを正した俺に、彼女は。



「わたしとパーティーを組んでみないか?」



 そう、提案してきたのだった。




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