第四十五話 【剣姫】との出逢い



 さて、ピマーンの街で無事にEランクハンターに昇格した俺だったが。



「素養は認めるが、動きに無駄が多過ぎる。それじゃあ消耗も早いし、魔物はともかく手練には通用しないぞ」


「はぁ、はぁ……! くっ……!」


「サイラス様……!」


「お兄ちゃん頑張れー!」



 俺達が持ち込んだ草原の脅威に関する調査が始まりはしたが、その裏付けや報奨の話がまとまるまでは身動きも取れなかったため、俺はギルドに相談して戦闘指南を受けていた。


 元から考えてはいたのだが俺はまだまだ弱く、戦闘面では現状、足手まといでしかないからだ。

 生家である公爵家で戦闘訓練を受けたアンネ――アンネロッテにも幾度も助けられているし、たまたま俺に発現したユニークスキル【土下座】に……あの忌々しいアナウンスの声に戦闘の度に追い詰められるのもゴメンだからな。


 俺が弱いままではアンネの負担も危険も増すばかり。そもそも未だ謎ばかりで詳細も分からないユニークスキルに頼りきりでは、この先の旅路の安全確保にも問題がある。そう判断し相談した俺に、いつも俺を助けてくれるアンネはギルドの制度を話して聞かせてくれたんだ。



「さあ立て。体力はこれから追々付けていくにしても、それでも戦うというなら技術を磨け。守りたい者が居るのなら、なおさら足を止めている場合ではないだろう?」


「ぐっ……! ああ、その通りだ……!」



 ハンターギルドには、受講料――という名の依頼料だな――を支払うことで、熟練ハンターから指導を受けられる制度があるそうなのだ。

 高ランクのハンターには後進を教育してもらいたいというギルドの思惑から端を発した制度で、銀貨十枚という駆け出しにはなかなか厳しくベテランには物足りない料金を支払うと、ギルド支部が滞在中の高ランクハンターに直接交渉し、指導を頼んでくれるというものだ。



「見た目は優男だが、良い気概を持っているな。魔力も高くそして魔法の種類も豊富に持っている。魔法剣士を目指すのは正解だろう」


「大先輩であるミザリーさんにそう言ってもらえるのは光栄だ。たとえお世辞でもな」


「世辞など言わんし、ミザリーでいい。ギルドに依頼を持ち掛けられた時は面倒とも思ったが、興も乗ったことだし、これからの五日間しっかりと面倒を見てやる。来い!」


「ああ!」



 Aランクハンターにして【剣姫】の二つ名を持つ黒髪の戦乙女、ミザリー。

 たまたまこのピマーンの街に滞在していた彼女と顔合わせをさせられた俺は、正直驚き過ぎて言葉を失ったものだ。


 ソロハンターとして異例の速度でAランクに昇格し、しくも俺と同じ魔法剣士として活躍する彼女の勇名は、貴族である俺の耳にも届いていたほどだったからな。そんな彼女にたったの銀貨十枚で稽古を付けてもらえるなど、ギルドの制度には感謝してもしきれない。


 とんでもない幸運に恵まれた。幸先が良い。


 この時の俺はこの願ってもない巡り合わせに、ただ胸を踊らせていたんだ。

 この時はまだ――――





「見極めが足りない。相手の一の行動で百の予測を立て、最善の行動を即座に取捨選択しろ。やり直しだ」


「ぐは……ッ!」



 すでに日も傾き始めた頃。

 ギルドの訓練場には、肩で息をし土まみれになった俺と、それを心配そうに見守るアンネとニーナ、そして息一つ乱さずに悠然と木製の長剣を構え佇む、【剣姫】ミザリーしか残っていない。



「集中力が途切れてきているぞ? 気を引き締めろ。せっかく十五手まで進んだというのに」


「分かって……いるっ」



 ミザリーの訓練は至ってシンプルだった。

 彼女の打ち込みを何手まで防ぎ、躱すことができるか。ただそれだけだ。


 ただそれだけだったのだが――――



「熟練者同士の打ち合いでは、敢えて隙を晒す搦手からめてを得意とする者も居る。しかしわたしの打ち込みに耐え続ければ、それが欺瞞ぎまんか本物かなど確実に判断が出来るはずだ。今度こそ二十手まで耐えてみせろ」


「ああ……! 来い!」



 漆黒の長髪を揺らす優雅な佇まいとは裏腹に、その見目麗しい乙女の訓練は苛烈で、容赦の無いものだった。


 ミザリーが繰り出す木剣による刺突を、弾くのではなく俺が持つ剣の腹に添えるようにして逸らし、受け流す。そうせねば次の攻撃に俺の反応速度が追い付かないからだ。

 逸らされた木剣を見るのではなく、ミザリー本人の足の運び、肩の動き、腕の挙動に整った顔の黒い瞳の動きなど……。それらを全体的に視て、即座に判断を連続して下し、身体に動けと……剣を振るえと命じる。


 二手、三手と彼女の剣戟を逸らし、止め、弾き。



「【風の槍ウィンドランス】」


「くっ!? 【火の壁ファイアウォール】!」



 時に織り交ぜられる魔法による攻撃を、次の挙動も考慮しつつ防ぎ。


 観て、考え、判断し、予測し。

 動いて、動いて、動いて――――



「ぐがぁッ……!?」


「十九手か……惜しかったな。まあ木剣ではこんなものだろう」



 俺の持つ木の短剣が遂には限界を迎え、半ばから砕け折れる。それと同時に彼女の袈裟に振るった剣が肩にめり込み、俺は思わず膝を着いた。

 肩を押さえ息も絶え絶えで見上げる俺に対し、ミザリーは変わらず息も切らさず、汗も滲ませずにそこに佇んで平静に評を下してくる。


 これが、Aランクの高み。

 滝のように流れる汗を拭いながら、俺はその美しい剣士の姿に、憧れを抱いたのだ。




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