第四十二話 草原の脅威



「アンネ。ゴブリンライダー相手に、お前なら何匹までなら勝てる?」


「そう……ですね。一対一ならば確実に。二対一だとややリスクは負いますが、勝てないほどではありません」


「決まりだな。俺がヤツらを引き付ける。ヤツらも狩りやすそうな足の遅い俺から狙うだろうし、お前はその間にヤツらを確実に倒して数を減らしてくれ」


「それではサイラス様の危険が大き過ぎます! 承服できかね――――」


「アンネ!!」



 背を預け合い、俺達を囲むゴブリンライダー達を牽制しながら作戦を練る。

 そして申し訳ないが、今回ばかりはアンネ……アンネロッテの言い分を通すつもりはない。


 アンネが俺の身を案じてくれているのは充分わかってはいる。だけど今はコイツらを倒すなり追い払うなりして、少しでも早く街に帰還して報告しないといけない。そして現状それを可能にできるのは、アンネの機動力と戦闘力だけだ。



「俺じゃヤツらの速度についていけない。だけど身を守るだけなら、魔法もあるしなんとかなる。俺を案ずるなら確実に一組ずつ手早く倒して、数を減らしてほしい。そうすれば俺の危険も負担も減るだろう?」


「ッ……! 分かりました。ですが約束してください。絶対に無茶をせず、冷静に防御に徹してください」


「ああ、もちろんだ。必ず無事に街へ……ニーナの元へ戻るぞ!」


「はい!」



 作戦が決まったのなら行動あるのみ。俺達がまず行ったのは、お互いを信じ守り合うのをやめることだった。

 俺がアンネから離れ駆け出すと、案の定くみしやすいと判断したのか、集団の殺意が俺に集中したのを肌で感じた。


 相手は素早く、統率も取れている。ならば多少効果は落ちても、一発の威力は犠牲になるが手数を増やし、少しでも当てて馬脚(狼脚?)を乱す。

 目と鼻の先で振るわれる剣や槍に比べれば、突進してくる獣の攻撃の方が防ぐのも躱すのも容易たやすいはず。あとは如何いかに連携を取らせないかが肝要になるだろう。



「地よ弾けろ、我が敵を穿て――――【岩の礫弾ロックバレット】!」



 走りながら魔力を放出し、素早く詠唱して術式を構築する。俺に追いすがるゴブリンライダー達に振り向きざまに、足止めと撹乱のために無数の石礫いしつぶてを撃ち放つ。



「ギャンッ!?」

「ガウッ!!?」

「ゴブァアッ!!」



 ヤツらが冷静さを失って連携を乱してくれればそれでいい。放った石くれがヤツらの余裕を剥ぎ取り、襲うのに躊躇ちゅうちょしてくれればなお良いだろう。


 俺は畳み掛けるように次の魔法を構築する。



「逆巻け風よ、其は切り裂く刃なり――――【風の刃ウィンドカッター】!」



 発動が早く、風で出来ているため視認しづらい無数の刃を立て続けに放つ。【岩の礫弾ロックバレット】で多少はひるみ、追跡の足を鈍らせていたゴブリンライダー達に【風の刃ウィンドカッター】が襲い掛かる。



「ギャウゥッ!!」

「ガアッ!?」

「ギャワンッ!?」



 よし、いける! 決定打には程遠いが、それでもヤツらの攻め手をくじき、当初取れていた統率も乱れ始めている。視界の端の方ではアンネが高速で動き回り、二本の短剣でゴブリンライダーと斬り結んでいる姿もチラリと見えた。



「ホントに頼むぞ……! お前に懸かってるんだからな、アンネ……!」



 曲がりなりにも主人なのに情けないことこの上ないが、人間はいきなり強くなれるものじゃない。

 幼少の頃から真面目に鍛練を重ねてきたアンネが強いのも、血筋に胡座あぐらを掻いて真面目に鍛えてこなかった俺が弱いのも、今は受け入れ、でき得る最大限の努力を。


 そう心に決めた時だ。俺の頭に、あの忌々しい無機質な声が響いたのだ。



《心からの嘆願を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします。敵意、害意、殺意を感知しました。状況レッド。戦闘用スキルを励起します。【コンバット土下座プログラム】をアクティベートします》



 頭の中に響くそのアナウンスは、かつてDランクという格上のハンターであるブロスとの決闘で発現したを起動させる。


 一瞬呆気に取られた俺だったが……だがこの場面での発動は正直ありがたいと、即座に思い直す。【C・D・P】を発動させた俺は確かにあの時、格上でしかも魔法で強化されていたブロスを圧倒できたんだからな。


 〝わらにもすがる〟?

 ああ、上等だとも。未だ弱いままの俺の、そしてアンネの生存確率が少しでも上がるのなら、藁にだってスキルにだって、何にだってすがってみせるさ……!



《状況スキャン……。対象をゴブリンライダー四体に自動補正しました。脅威度判定:AA。【C・D・P】をレベル3に設定します。レディ――――》



 身体は例のごとくスキルに支配され、放出し続けていた魔力は急速に練り上げられ、四肢を、身体を包み込んで巡り始める。複雑な強化や補助の術式が見る間に組み上げられ、身体の内側で力のうねりとなって、はち切れんばかりに膨れ上がる。


 俺は迫るゴブリンライダー達に向き直り、いつでも地を蹴れるようにやや前傾で構えを取った。



《――――ゴー・ユア・ヘッド》



 相変わらず淡々としたアナウンスの宣言と共に、俺の身体が弾き出された――――




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