第四十話 教会のシスターに【土下座】



《心よりの誠意ある嘆願を確認しました。ユニークスキル【土下座】をアクティベートします》



 教会の管理者であり、孤児院の院長でもあるバーバラさんに対しての俺の願い。それによって俺の持つユニークスキル【土下座】が発動し、身体の自由が利かなくなる。


 今回は屋内の、しかも木製の床で、しかも直前に徹底して掃除をしてある。スキルを使うことを見越してそうしたという打算的な行動だったが、そのおかげで今回は安心して【土下座】ができる。


 そうこう考えてる内に、俺の身体は流れるような動きでその所作をなぞっていく。

 姿勢よく立ち両膝を床に着き、正座の状態から真っ直ぐにバーバラ院長の目を見詰める。



「あ、あの……!? 何を――――」



 ――――ズゴォッ!!



 俺の両手が床に着くと同時、額が木の床に叩き付けられる。バーバラ院長の言葉を遮る形になってしまったが、それよりも俺は、木製の床のありがた味に打ち震えていた。


 あ……、あんまり痛くないぞぉおおおおおッ!!


 ここ最近、石やら地面やら水場の砂利やらと、やたらと過酷な場所で常に痛みの度合いが更新され続けてきた俺にとって、木の床のはまさに感動モノだった。


 決めたぞ。将来自分の家を建てる時は、絶対に木造建築にしよう。そして出来れば絨毯カーペットも敷こう。



「さ、サイラス殿!? 一体何をなさっているのですか!? 頭をお上げください!」


《ユニークスキル【土下座】の効果波及を確認。対象:シスター・バーバラの困惑が三九%上昇、動揺が四二%上昇しました。嘆願を続けてください》



 慌てるバーバラ院長の声が耳に、アナウンスの解析報告が頭に響く。

 ニーナの枷を外してくれた鍛冶屋のセルジオさんの時のように、困惑しきりな彼女に重ねて願いを伝える必要があるようだ。


 スキルによって上半身が起こされ、バーバラ院長の目線と合わさるように顔を向けられる。そして、口の戒めが解けた。



「バーバラ院長。勝手なお願いだというのは重々承知している。孤児院の経営も大変だろうに、無理を言っているのも理解している。だけどどうか、俺とアンネが依頼で留守をする間、ニーナの面倒を見ていてほしい。そして出来れば、あの子の自立の助けとなるよう色々とご教授も願いたい。あの子は商人の子で頭も要領も良い。決して貴女達に迷惑は掛けないと断言出来る。どうか……お願いしますっ!」



 我ながら虫の良い願い事をしているのは解っている。しかし全ては俺達の……そして何よりニーナのためなんだ。あの子の幸せと安全のためなら、俺は何だって――――



 ――――ズガアァッ!!(



「サイラス殿ぉッ!!??」



 あっ、あああ……、あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッッ!!??


 ゆ、床のがっ!? ささくれ立った木のトゲが額に刺さってるぅううあああああッ!!??

 油断した……ッ! 木製の床だからって完全に気を抜いてたッ!! 掃き掃除と拭き掃除のついでに床のヤスリ掛けもしとけば良かったああああーーーーーッ!!!



《ユニークスキル【土下座】の効果の追加波及を確認。対象:シスター・バーバラの困惑が四八%、動揺が三七%追加で上昇しました。危険は感知されませんでした。嘆願が届いた可能性は七六%です。解析報告を終了します》



 追加の嘆願と共に再び打ち下ろされた俺の額。バーバラ院長の悲鳴にも近い困惑した声も、アナウンスの淡々とした声もしかし俺には届いておらず、とにかく俺は予想だにしていなかった、木の棘が刺さった痛みに打ち震えていた。


 ぬぐぅぉおおおおお……ッ!! 多分一度目の【土下座】の衝撃で、老朽化の進んでいた床のケバがしまったんだろうなぁ……ッ!


 そんなことを考えて痛みをやり過ごそうと奮闘する俺だったが、不意に脇に手を差し込まれたのに気付く。

 すでにスキルの支配も解けている俺の身体はアッサリと起こされ、起こしてきた人物――バーバラ院長と間近で目が合う。



「どうか頭をお上げなさい、サイラス殿。貴方の誠意やニーナさんへの愛情は……ええ、それはもう痛いほどに伝わりました」


「院長……」



 慈愛に満ちた柔らかな微笑みを浮かべ、血が流れているのが分かる俺の額に手をかざし、何事か小声で呟く院長。

 次の瞬間、俺は額に熱を感じ、棘の刺さった痛みが徐々に引いていくのに気付いた。それはいつもの【土下座】後の自動治癒とは比べ物にもならないほど早いもので、俺はすぐに、院長が治癒魔法を掛けてくれているのだと分かった。



「貴方の願いを聞き届けましょう。ただし、ここに居る間は院の子供達と同じように扱いますので、そこは了承してくださいね?」


「ありがとうございます……! ニーナも同世代の子供達と触れ合えて楽しそうにしていますし、問題ありません。どうか、ここでしかできないような経験をさせてあげてください」


「あら、それが貴方の本来の話し方なのね? そちらの方が好印象ですよ?」



 あまりに優しいその言葉に、ついつい俺は昔の、旅の初期の頃のような喋り方に戻ってしまっていた。もっともそれに気付いたのは、続く院長の言葉のせいだったが。



「……今のは忘れてくれ。とにかく、心から感謝する。治癒魔法まで使わせてしまい、かえって申し訳なかった」


「旅の最中ですし、殿方も大変ですねぇ。そして全ての人は母なる女神様の子。迷える子羊を助けるのも教え導くのも、私共の使命のようなものです。それに貴方は、無責任に子供を放り出すような方には思えませんしね」



 ……徳の高い聖職者というのは、きっと彼女のような人のことを言うんだろうな。

 〝聖母のよう〟? へぇ、神の子を孕んだ聖母と呼ばれる存在が、前世の俺の世界には居たのか。そうだな、まさしく〝聖母〟のような慈しみに満ち溢れたシスターだよな。



「寄進や心付けも、必ず」


「ええ、ええ。貴方の信仰とお心のままに」



 こうして俺は、ランクアップとこれからの依頼遂行のために、安心してニーナを預けられる場所を得た。

 当然このままお別れだなんて、そんな酷いことはしない。ニーナが俺達について来たがっていることはちゃんと分かっているし、俺だってまだニーナを自立させて良いとは思えないしな。


 彼女が自ら望んで離れるならともかく、俺から放り出すようなことなんてしないし、しちゃいけないだろう。そんな中途半端なことをするくらいなら最初から期待なんかさせず、ディーコンの街で引き取り手を探していた方が良かったはずだ。


 そうとも。俺には、彼女を旅の友とした責任があるんだ。

 俺はこの謝罪の旅を完遂すると共に、ニーナを一人前に自立させることを改めてこの場で、奇しくも礼拝堂という場所で、母なる女神様に誓ったのだった。




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